グラフで見る日本の科学研究の後退
日本の論文の発表数って減っていたのですね。一つの目安かとは思いますが、科学技術の研究が伸び悩んでいるのではと心配になります。今回は佐藤翔さんのブログ『かたつむりは電子図書館の夢をみるか』からご寄稿いただきました。
グラフで見る日本の科学研究の後退:日本の2005-2009の論文生産数は1999-2003の水準より減少
Impact Factor(編集部注:学術雑誌の影響度を測る指標)等の算出元としても有名な『トムソン・ロイター』の製品の一つに、『Essential Science Indicators(以下、ESI)』というものがあります。
・Essential Science Indicators
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Essential Science Indicators は、トムソン・ロイターのデータベースから得られる学術論文の出版数と被引用数のデータに基づき、研究業績に関する統計情報と動向データを集積したユニークなデータベースです。
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※『トムソン・ロイター』社ホームページ/製品とサービス/Essential Science Indicators より引用
http://science.thomsonreuters.jp/products/esi/
ESIは科学者や研究機関、国、雑誌単位での論文数・被引用数等のランキングを、分野別に見ることが出来るというツールで、自分のような研究評価や計量書誌学を扱う人間はもちろん、研究機関が自分の相対的な立ち位置を調べたりするのにも有益な情報が得られます。
国ごとの論文発表数、それらの総被引用数および平均被引用数の推移を、1999年分から調べることができます。
1999-2003、2000-2004等5年区切りごとの数字しか見ることができないのですが、ある国の研究が盛んになっているのか衰退しているのか、それに質あるいは影響力が伴っているか*1、ということをグラフや表にして見せてくれる優れものです。
以上が前置き&トムソン・ロイターの宣伝*2。
ここから本題。
2010年3月1日にESIのデータがアップデートされ、2009年分も含めた1999-2009年の11年間のデータが調べられるようになりました。
そこでこの11年間の総論文出版数、上位10ヵ国の出版論文数の推移(分野問わず)をグラフに示したものが図1です。
図1.1999-2009年の論文出版数上位10カ国の出版数の推移
この手のグラフを描くといつもアメリカが飛びぬけていて他がよくわからなくなるわけですが(苦笑)、アメリカを除いてあらためて描いたものが図2です。
図2.1999-2009年のアメリカを除く論文出版数上位9カ国の出版数の推移
まず目につくのは中華人民共和国の大躍進。
2004-2008年期でついに日本・ドイツを抜いて世界2位の論文生産国に上り詰めたわけですが、2005-2009年期でも変わらず伸び続けています。
中国が科学研究の世界で国際的な地位を高めていることは最近よく話題にのぼりますが、グラフにしてみるとあらためて他の先進諸国が伸び悩んでいる中で一国気を吐いている様がわかります。
そしてもう一つ、注目すべきは赤い線で示した日本の動向。
他の各国がわずかとはいえ、年々論文数を増やしているの対し、日本だけは伸び悩んでいるばかりか近年になって漸減傾向を示しています。
2003-2007年期の対前期減少率は0.1%とごくわずかでしたが、2004-2008年期には-1.7%、2005-2009年期には -5.0%と減少の幅はどんどん大きくなっています。
2005-2009年期はリーマンショックの影響もあってか他の各国でも微減傾向は示していますが、最も減少幅が大きいのは日本です。
2003-2007年期まで世界第2位の論文生産国であった日本は 2004-2008年期に中国だけでなくドイツにも抜かれていますが、これもドイツが伸びたのではなく日本の論文生産数が減少したためです。
現在でもドイツは 2003-2007年期の日本の論文生産数に追い付いていないばかりか、2005-2009年期にはドイツでも論文生産は減少しています。
しかしそれを上回るペースで日本の論文生産数は減少しています。
さらに各国の動向を比較するために、各国の1999-2003年期の論文生産数を1として値を標準化したグラフが図3です。
図3.1999-2009年の論文出版数上位10カ国の出版数の推移(1999-2003年を基準に標準化)
中国の伸びはもう触れたのでいいとして(それにしても1999-2003対2005-2009が2.5というのはすごいですが)、他の各国も基本的には1999-2003年期の値に比べ 2005-2009年期の値は増加している中、日本だけが2005-2009年期の値が1を下回っています。
この5年間の論文生産数は、1999-2003年の論文生産数の水準を下回っているわけです。
ずいぶん前から中国の躍進等によって日本の科学研究の国際的な競争力が落ちているということは言われていたわけですが、実際にはそのように相対的に日本の科学研究が後退しつつあるというレベルの話ではすでになく、絶対的に見ても(日本自身の中で見ても)論文生産数を基準に取った場合、近年の日本の科学研究は衰退期に入って来ていると言えます。
他の国が伸びたのではなく、日本が落ちたのです。
とは言え、論文生産数だけで科学研究を測ろうなんていうのはまあ無茶な話でもあり。
「日本はこの11年間で量(論文生産数)より研究の質の充実に力を入れたんだ!」というような反論もありうるでしょう。
そこでESIで被引用数を見てみると、日本の論文1本あたりの平均被引用数は過去11年間漸増し続けています(1999-2003年が平均3.85回に対し2005-2009年は5.03回で約1.3倍)。
ただしそちらも絶対的に見れば伸びているという話であり、相対的に見ると論文生産数上位10ヵ国はだいたいどこも11年間で1.3倍前後増えています。
10ヵ国全体での伸び率を1とした場合の日本の伸び率は約0.97なので、平均被引用数は伸びていると言っても世界的な被引用数増加傾向の流れの中にあるだけ、量から質に転じたとは言い難いと言えるでしょう*3。
あくまで『トムソン・ロイター』のESIのデータに依拠した結果であり、厳密なことを言うには他のデータベースでも検証してみる必要や、特許出願数など論文以外の成果も見てみる必要がありますが。
ESIに依拠する限りにおいては、日本の科学研究は相対的な競争力が衰えたというだけではなく、純粋に生産数も落ちているというのは確かなようです。
その原因がどこにあるか、というのはまた別に考える必要がありますが……。博士後期課程学生の減少とか、教員が研究以外のことに圧迫されて時間がないのでは、とか……。
それにしても、法人化以後の競争の流れで国立大学はどこも研究は力を入れないといけないはずなのに、法人化前の5年の方が法人化後の5年より生産数が多いというのはなんなんでしょう?*4
政権交代後は科学研究関係の予算はこれまで以上に厳しくなるとも考えられ、さて2006-2010年期にこのグラフはどうなることやら。*5
*1:被引用数に質を代替させることに賛否はあります
*2:なお筆者はこの件について特にトムソン・ロイターからなんらかのオファーを受けたりということは一切ありません、あしからず
*3:あとは競争的資金の投入などの競争を促す政策の中で、いわゆるホット・ペーパー等の特別影響力の強い論文が増えている可能性はありますが、さすがにそこまで手を出すとブログの範疇(はんちゅう)を超えるので今回は保留
*4:この数字には国立大学以外も含まれます
*5:データ作成時の都合等によるもので案外ころっと増加に転じるかも知れません
編集部注
こちらの記事は2010年3月24日に集計したデータをもとに書かれています。
執筆: この記事は佐藤翔さんのブログ『かたつむりは電子図書館の夢をみるか』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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