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生化夜話 第47回 美しすぎる相関性が生んだ思い込み – 乳酸と筋肉疲労

生化夜話 第47回 美しすぎる相関性が生んだ思い込み - 乳酸と筋肉疲労

今回はGEヘルスヘア・ジャパン株式会社 ライフサイエンス統括本部さんのサイトからご寄稿いただきました。
※すべての画像が表示されない場合は、https://getnews.jp/archives/482762をごらんください。

生化夜話 第47回 美しすぎる相関性が生んだ思い込み – 乳酸と筋肉疲労

生化夜話 第47回 美しすぎる相関性が生んだ思い込み - 乳酸と筋肉疲労

(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
https://px1img.getnews.jp/img/archives/2013/12/lactate.jpg

まずは、ちょっとした頭の体操です。

・ 観察された事実1:多量の物質Xが存在する場合、症状Yは重度である
・ 観察された事実2:少量の物質Xしか存在しない場合、症状Yは軽度である
・ 導かれる結論:Xを減らすことで症状Yを軽減することができる

さて、この結論は正しいでしょうか?

正しいかもしれませんし、間違っているかもしれませんね。物質Xが症状Yの原因である可能性もありますが、それとは逆に症状Yの結果として生成されたのが物質Xである可能性もありますし、全く別の原因Zがあって、XとYはともにその結果かもしれないのです。

全貌が明らかになっていない系について、得られた相関性だけで解釈してしまうと、間違った結論に達してしまうことがあります。

しかし、それでも現象に因果関係を見出そうとするのは、考える生き物としての人間の性でしょうか。明瞭な相関関係がある場合、特に陥りがちかもしれません。

最近ではあまり言われなくなりましたが、筋肉にたまった乳酸が筋肉疲労の原因物質であるとする説も、多数のデータに裏付けられた見事な相関関係の産物でした。

生化夜話は主に生化学の技術やツールの研究を扱っていますが、今回は趣向を変えて乳酸悪者説の成立と拡散について振り返ってみたいと思います。

案外古いその起源

乳酸の発見者はスウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレです。薬学、化学で多くの発見をしましたが、論文刊行の遅れから酸素や窒素の発見を逃した残念な研究者としても知られています。シェーレは1780年に酸っぱくなった牛乳の乳清から新しい種類の酸を単離しました。彼は、新しい酸をMjolksyra(ミルクの酸)と命名しました。

運動と乳酸の関係に最初に言及したのは同じくスウェーデン人で、化学の大家イェンス・ヤコブ・ベルツェリウスのようです。ベルツェリウスは、狩猟で捕獲されたアカシカの筋肉に乳酸があることを19世紀初頭に発見しました。

乳酸と筋肉の疲労の関係が大きく取り上げられるようになるのは、それから約100年が過ぎた20世紀はじめのことでした。

筋肉を連続して収縮させると、力が落ちてきます。つまり疲労です。1907年、ケンブリッジ大学のウォルター・モリー・フレッチャーとフレデリック・ガウランド・ホプキンズが、乳酸と筋肉の疲労に関する重要な研究成果を発表しました。彼らは、細胞がどのようにエネルギーを得ているのかを研究しており、その一環として筋肉の疲労や回復にも関心をもっていました。60ページを超える長い論文で、嫌気的条件下で電気刺激によって動かした両生類の筋肉に、乳酸が蓄積することを示しました。運動に伴って乳酸が蓄積することを実験的に示したのは、この研究が最初のようです。

それまでの彼らの研究で、酸素を吸うと疲労が回復する、運動をしても疲労するのが遅くなることや、酸素呼吸することで筋肉に含まれる乳酸がなくなることなどを明らかにしていました。こうした既知の現象も考え合わせ、筋肉の疲労には乳酸が関わっているのではないかと推測しました。

ケンブリッジ大学でフレッチャーとホプキンズが指導した学生の一人に、アーチボルド・ヴィヴィアン・ヒルという青年がいました。ヒルも筋肉を材料にした代謝の研究を行い、師であるホプキンズよりも早い1922年に、筋肉で発生する熱の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞しました(ホプキンズは、ビタミンの発見で1929年にノーベル生理学・医学賞を受賞)。

第一次世界大戦でオペレーションズリサーチのチームを率いるなどした後、最終的にユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに職を得たヒルは、カエルの筋肉や血漿を使って乳酸を測定し、1929年に疲労の原因は乳酸であるとの仮説を提唱しました。

美しすぎる相関性の罠

その後も、疲労したカエル筋肉のエンドポイント解析や運動で消耗させたヒトの血液の解析で、乳酸が増加していることが示されるなど、疲労と乳酸の関係を示すデータが多くの研究者から示されました。

さらに時代が下って、1960年代から70年代にかけて、バイオプシーやNMRによって、運動する筋肉の中で何が起きているかの研究が進み、乳酸生成の過程が明らかになりました。

ノーベル生理学・医学賞も受賞した筋肉研究の大家ヒルが提唱し、その後に得られた数多くのデータで作り上げられた乳酸悪者説は、大雑把にまとめると次のようなロジックでした。

1. 運動してATPを消費すると、それを補うためにホスホクレアチンからATPがつくられます。ホスホクレアチンも少なくなると、今度は解糖系でピルビン酸とATPがつくられます。

2. 激しい運動を行うには、そのエネルギーを賄う大量のATPが必要になり、解糖系の反応が活発に行われます。しかし、ミトコンドリアはすべてのピルビン酸を処理できず、ピルビン酸が余ります。そのピルビン酸が乳酸に変換されます。

3. 筋肉に乳酸が溜まると(乳酸はほとんど解離しているので)H+が大量にでき、それが筋肉のアシドーシスを引き起こし、これが疲労による悪影響、つまり筋肉の収縮を妨害する原因であるとされました。

(乳酸やH+の生成については、他の説も提唱されました。ピルビン酸から乳酸ができる過程ではH+は生成されず、H+はATPの加水分解でできたものではないかとする説や、乳酸が強いアニオンなので、そのために水が解離してH+ができているとする説もありました)

1976年、ワシントン大学のロバート・フィッツとジョン・ホロジーは、カエルの筋肉を使って、筋肉の収縮の強さと乳酸の量の継時的な変化を調べました。彼らは、疲労による収縮力の低下と、乳酸の蓄積に、強い直線関係があることを示しました。

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