『まだ猫は逃げますか?』レビュー:背筋らしい不穏さは魅力的、デベロッパーによる今後のアプデに期待したい作品
小説が大ヒットし、劇場映画化もされたホラー作品「近畿地方のある場所について」。その作者である背筋がシナリオを手掛けたホラーゲーム『まだ猫は逃げますか?』がリリースされた。
本作の発表を聞いてから、筆者はリリースの日(2025年10月27日)を今か今かと楽しみにしていたが、ついにその日を迎えた! もちろん当日に自腹で購入したので、レビューをお届けしたい。
猫の視点から家族の記憶を集めるホラーアドベンチャー
『まだ猫は逃げますか?』は、猫を主人公としたホラーアドベンチャーゲームだ。プレイヤーは主人公である猫を操作し、不穏な空気が漂う民家を探索、その家で暮らしていた家族の記憶を集めていく。
ところで、本作のシナリオを担当している背筋と言えば、モキュメンタリー・ホラーをイメージする人が多いだろう。というのも、代表作「近畿地方のある場所について」はもちろん、短編「口に関するアンケート」など、モキュメンタリー・ホラーを執筆しているからだ。
モキュメンタリー・ホラーとは、ドキュメンタリー風のホラー作品のこと。「風」なのでドキュメンタリーではなく、あくまで架空の話なのだが、ドキュメンタリー的な構成にすることで「もしかして、本当にあったのかもしれない」という臨場感を生み出すことができるのが特徴。当然、臨場感が高い分、強い恐怖を味わうことができる。
ただ本作は、モキュメンタリー・ホラーではない。もちろん、ホラーではある。だが、ドキュメンタリー的な見せ方を狙っているわけではないようだ。
このため、「近畿地方のある場所について」的なホラーを求めてプレイすると、少し肩透かしを食らったように感じるかもしれない。しかし背筋は、決してモキュメンタリー・ホラー専門の作家というわけではないのだ。長編「穢れた聖地巡礼について」はモキュメンタリー・ホラーではなかったし、ムック「このホラー小説がすごい 2024年版」に掲載されていた雨穴、梨との鼎談においても、モキュメンタリーだけに特化するわけではなく、ホラー作品であれば挑戦したい旨の発言をしていた。
このため本作をプレイする場合も、モキュメンタリー・ホラーだと断定的に始めるのではなく、「背筋ワールドの一作」という姿勢で楽しむべきだろう。
では、モキュメンタリー・ホラーという枠にとらわれない場合に、背筋が特徴とする怖さとは何だろうか? 筆者は「不穏さ」だと思う。
たとえば代表作である「近畿地方のある場所について」の場合、ドキュメンタリー風であるかどうかという点ではなく、複数の怪談や怪異の報告が集まり、共通点と思しき要素が重なっていくことによって、不気味な何かが立ち上がってくる……そうした「不穏さ」が怖さを生んでいる。モキュメンタリー・ホラーであることは「近畿地方のある場所について」の魅力には違いないが、怖さそのものではないように思う。
また、モキュメンタリー・ホラーというスタイルを採用していない「穢れた聖地巡礼について」では、オカルト本出版企画のために、心霊スポットに関する偽考察をでっちあげていく……という物語が描かれている。これは言い換えるなら、仕事……すなわち自分の生活(欲望)のために、デタラメな記事を作り上げるということだ。しかも心霊スポットにまつわるデタラメなので、「なにかよくないことが起こりそう……」という「不穏さ」を感じずにはいられない。
こんなふうにして「不穏さ」を補助線にしていくことで、本作『まだ猫は逃げますか?』も、まぎれもない「背筋ワールドの一作」だと考えることができる。
後で詳しく触れるが、ゲームメカニズム的な面で本作の恐怖の中心となっているのは、「男」とのチェイス要素だ。本作の舞台である家の中には、どこか心霊的な雰囲気を持つ「男」が出現し、ホラーゲーム「青鬼」の青鬼よろしく、主人公の猫を追い掛け回す。「男」に捕まってしまうと抱き上げられ、ゲームオーバーになる。
ちなみに、主人公である猫がひどい目に遭うことはないので、猫好きの人は安心して欲しい。筆者も大の猫好きで、猫がひどい目に遭うゲームはもちろん、ホラー映画でもあまり観たくないと思うタイプだが、本作はまったく嫌悪感を覚えずにプレイできた。
ゲームメカニズム的な面で本作の恐怖の中心となっているのは、「男」とのチェイス要素と書いたが、この恐怖は「追いかけられながら逃げる」というスリルがもたらすものであって、背筋の「不穏さ」という方向性とは若干性質が異なる。では、何が不穏なのかといえば、やはりシナリオだ。
本作でプレイヤーの直接的な目的となるのが、「記憶」の探索。家の中には、家族の思い出の籠った品が散在しており、こうした品々を主人公が調べると、家族のかつての「記憶」が再生されていく。
「記憶」は非常に短いもので、それ単体では何が起きているのかわからない。ただ、複数の「記憶」を総合すると、この家族に「何かがあった」ことが浮き彫りになっていき、「不穏」な空気が漂い出す……。こうしたシナリオの見せ方はモキュメンタリー・ホラーでこそないものの、「近畿地方のある場所について」に近い見せ方だと感じた。
また、マップのつくりについても非常に「不穏さ」を感じさせるものとなっている。ごく普通の一軒家に見えて、スイカに複数の包丁が突き刺さっていたり、地蔵が飾られていたり……と、明らかに普通ではない点が存在する。そしてステージが進むと、普通ではない部分がさらに増えていく。
直接的な怖さは感じなくとも、ステージを追うごとに「なんかヤバい家だ」という「不穏」な気持ちが強くなっていくのだ。マップの構築にまで背筋が関わっているかどうかわからないが、筆者としては背筋的な「不穏さ」を十二分に感じた。
ゲーム部分には課題が多い!? 今後のアップデートに期待
ここまで本作について「背筋がシナリオを手掛けたホラー」という観点から話してきたが、次は敵とのチェイスを前提としたホラーアドベンチャーゲームとしての側面にフォーカスを当てたい。
本作の流れは、追跡してくる「男」を避けつつ、ステージクリアに必要な「記憶」をすべて探索し、出現した出口へ向かう……というもの。出口に入るとステージクリアとなり、ストーリーパートで物語が描かれ、次のステージに移る。
「追跡者とのチェイス」という要素を持つゲームは少なくないが、実はゲームによってその性質が少しずつ異なっている。たとえば対人対戦が前提の「Dead by Daylight」では、「どちらに進むか? どこに隠れるか?」という心理的駆け引きがメイン。一方、一定時間逃げ続ければ必ず逃走成功となる「青鬼」では、マップに引っかからずに逃げ続けるためのアクションゲーム的操作技術がメインとなる。
では本作はどこに主眼を置いているかというと、パズル性だろう。「男」の行動パターンを確認した上で、どの順番で探索を進めるべきか? を考えるパズル性。
また、探索ポイントの中には、大きな音を出して「男」を引き付けることができるポイントがある。こうしたポイントを使い、いかに安全なルートを築き上げるか?
ここには、ルート構築パズル的な楽しさが存在している。
本質がルート構築パズルだからだろうか、本作はアクションゲームとしては変則的な操作形式となっている。ジャンプや高い場所からの飛び降りを行う場合、まずジャンプ先や着地点を確認、アイコンが表示されたら探索と同じボタンでジャンプ/飛び降りという形式をとる。つまりアイコンが表示されなければ、ジャンプすることも飛び降りることもできないのだ。
これはつまり、ジャンプ/飛び降り可能な場所が固定ポイントのみであることを示している。また、ジャンプ/飛び降り可能な場所であっても、アイコンが表示されるまではアクションが行えないので、「男の追跡を逃れたい」という切迫したシーンではまどろっこしく感じてしまう。この点はちょっと残念だなと感じた。
また、本作には追跡者である「男」に捕まってしまう以外にも「制限時間」という制約があり、ゲームオーバーになりやすい。ゲームオーバーになると、そのステージの最初からやり直しだ。それまでに集めていた「記憶」はゼロになってしまうので、再び集め直すことになる。
もっとも「記憶」がゼロにさえならなければ、「1個記憶を獲得しただけで、わざと男に捕まってゲームオーバーし、即コンティニュー」というパターンを繰り返すだけでクリアできてしまう。それではあまりにカンタンすぎてしまい、恐怖もスリルもあったもんじゃない。
ただ、ならばせめてイベントシーンやムービーパートをスキップ可能にしてほしいと感じた。操作可能なゲームパートならまだしも、操作不能な場面を繰り返し見せられるのは、さすがにストレスだ。
リリース直後の本作は基本的にイベントシーンやムービーをスキップできなかったが、その後のアップデートによって一部のスキップに対応。また、制限時間の緩和も行っている。
とはいえ、個人的にはまだちょっとストレスに感じる部分が少なくない。やはり、一度見たイベントシーンやムービーを繰り返し見るのはどうにも退屈だ。できれば、さらなるアップデートで、再生済みであればすべてスキップできるようにしてほしいと感じている。
個人的に、背筋らしい「不穏さ」を十分に楽しむことができたので本作のストーリー面はとても気に入っている。
一方で、ゲームパートには若干作りの粗さを感じている。移動可能な場所の検証に相当な手間がかかるだろうから、ジャンプ/飛び降りという操作形式そのものを修正するのは難しいとしても、アイコンが表示される個所の判定はもう少し大きめにしてほしいし、繰り返し言及しているイベントシーンやムービーパートのスキップにも対応して欲しい。
というのも本作は、「記憶」を集めた数によってエンディングが変わるようになっている。これはつまり、繰り返しプレイが前提であるということ。そうであれば、ストレスを感じにくいつくりになっていないと、長くプレイもしづらい。
ただ幸いなことに、本作のデベロッパーは細かくアップデートを行い、内容を改善してくれている。課題に感じる部分はここまで書いてきたようにまだ残っているものの、個人的には背筋によるシナリオを楽しめることとリーズナブルな価格、そして積極的に内容改善をしてくれるデベロッパーの姿勢から、充分にプレイする価値のある作品だと思う。
(文/田中一広)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。
