相続した都内の屋敷林、マンションにせず”村”にした13代目地主。お店やアトリエを持てる賃貸で守りたかった風景と人付き合いとは 東京・練馬区「種音」

相続した都内の屋敷林、マンションにせず”村”にした13代目地主。お店やアトリエを持てる賃貸で守りたかった風景と人付き合いとは 東京・練馬区「種音」

東京都内にある広大な屋敷林が、賃貸住宅やお店のある集落「種音(タネ)」として2024年11月に生まれ変わりました。オーナーの上野さん夫妻が両親から土地建物を相続した際、家や庭を残しつつ、地域の人たちのために何かできないか、と考えたことから計画がスタート。今では魅力的な人々が集うようになりました。上野さん夫妻にお話を聞きながら、今の姿をお伝えします。

屋敷林の風景を、次世代に残したい

かつて東京都の郊外エリアでしばしば目にした雑木林や緑の多い邸宅も、昨今の宅地や建物開発で、気づけばあまり目にしなくなりました。それでも「この豊かな緑を守りたい」そう思う家主や、地主さんはいるのではないでしょうか。

練馬区の田柄エリアにある“なりわい集落”「種音(たね)」は、「豊かな屋敷林を守りたい」という強い思いを持った、40代の夫妻が営むタウンハウス。

沿道からのぞむ種音。豊かな植栽に屋敷林の名残を感じる(写真撮影/片山貴博)

沿道からのぞむ種音。豊かな植栽に屋敷林の名残を感じる(写真撮影/片山貴博)

都営大江戸線「光が丘」駅から14分、東京メトロ「平和台」駅から21分、東武東上線「下赤塚」駅から21分と歩くと少し距離はありますが、3路線使える便利なエリアです。
昔懐かしい商店街の名残を感じながら住宅街を歩いていくと、ひときわシンプルでスタイリッシュなスペースが見えます。

400坪弱の広大な敷地には、かつて上野さん一家が暮らしていたお屋敷と庭、そして新しくできた、なりわい集落「種音」があります。入口には塀も仕切りもないため、誰もがふらりと入れる開かれた庭が印象的です。

奥には以前達也さんやご両親、祖父母が住んでいたお屋敷の姿が。現在は交流スペースとして利用している。右手には上野さん夫妻が営むカフェ「gak」がある(写真撮影/片山貴博)

奥には以前達也さんやご両親、祖父母が住んでいたお屋敷の姿が。現在は交流スペースとして利用している。右手には上野さん夫妻が営むカフェ「gak」がある(写真撮影/片山貴博)

「種音」は、お店と賃貸住宅で構成された集落です。賃貸住宅だけでなく、お店もあるのが“なりわい集落”たるゆえん。
木々に囲まれるように立つ賃貸物件となる建物は12戸。

「種音」の敷地全体図。豊かな緑が印象的(写真提供/種音)

「種音」の敷地全体図。豊かな緑が印象的(写真提供/種音)

敷地内には全部で12戸の賃貸建物があり、その横にオーナー一家の暮らす住宅があります。

住宅には3つのタイプがあります。1つ目が通称「あきない住居」で、1階に約25平米の店舗スペースが設けられた店舗兼用住居。2つ目は通称「なりわい住居」で、1階に約10平米のアトリエスペースが設けられたアトリエ付き住居。3つ目は、生活空間だけを備えたタイプの住居です。

この建物をつくったのは理由があってのこと。この周辺は低層住宅地域で、店舗が少ないことを上野さんが気がかりに思っていたからです。「せっかく種音をつくるなら、このエリアに少しでも憩いの場を」と建物を生み出しました。

店舗は2店舗オープンしており、カフェ「gak」やエステサロン「dear..f 」があります。そのほか作家さんやアーティストのアトリエなども。

「なりわい住宅」エリア。大きな窓が印象的な建物。広い庭があり、住民たちがここで立ち話をしたり、くつろいだりしている(写真撮影/片山貴博)

「なりわい集落」エリア。大きな窓が印象的な建物。広い庭があり、住人たちがここで立ち話をしたり、くつろいだりしている(写真撮影/片山貴博)

オーナーである上野達也(うえの・たつや)さん・綾子(あやこ)さん夫妻はこの土地で農家として代々土地を守ってきた13代目。2020年に父が他界し、築60年ほどの屋敷の土地を相続することに。

屋敷のある土地をどう活かそうか?と考え始めた当初は、大手ゼネコンやハウスメーカーに設計の依頼をしていましたが、提案はどれもお屋敷の土地の一部を売却して、その資金でマンション開発をしましょうというものばかり。どこか心の中に違和感を感じていました。

「今も周りにマンションが十分ある。自分たちが願っていることなのか? それに、今まで暮らしてきたお屋敷や庭を本当に取り壊してしまっていいのかという思いが拭えなかったんです」と達也さんは振り返ります。

やっぱり違和感を無視してはならない。「かつての風景を残して人のなりわいや営みが感じられる場をつくりたい」と約2年かけて進行していた土地売却、マンション建設計画を中断し、白紙に戻して新たな行動を立ち上げることにしました。

扉を開ければ顔を合わせて会話が始まる、そんな関係を求めていた

上野さん夫妻が、なりわいのある集落にしたいと思ったのは、ただ暮らすための住宅なのではなく、店舗兼用住居やアトリエ付き住宅、店舗が敷地内にそろったエリアだと、自然と人の交流や営みが生まれるのでは?と想像していたからでした。

「過去にマンションやアパートで暮らしていたこともありますが、お隣さんと話すことはない。こんなに近い距離なのに誰が住んでいて、誰と誰につながりがあるのかがわからない。集合住宅の便利な面に助けられていましたが、寂しさも感じていました」と達也さん。

頭に描いていたのは、実家で暮らしていたころのご近所付き合い。地主一家の子どもとして街をゆく人たちからいつでも声をかけられ、そして家にはさまざまな人が往来していたあのシーン。

「知らず知らずのうちに誰かと話していたんですよね。幼いころの記憶を、現代の形で再現したいなと思ったのです」(達也さん)

オーナーの達也さんは、上野家の13代目。農家から地主となり、代々土地を守ってきている(写真撮影/片山貴博)

オーナーの達也さんは、上野家の13代目。農家から地主となり、代々土地を守ってきている(写真撮影/片山貴博)

「人の会話や交流のある場づくりを」と考えてから建築雑誌を読むほか、インターネットでコミュニティ賃貸住宅のモデルを探し続ける日々。そこで出合ったのが神奈川県藤沢市にある「鵠ノ杜舎(くげのもりしゃ)」でした。

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「2軒並ぶ建物の玄関が向かい合う形になっているんです。扉を開けたら嫌でも顔を合わせるし、あいさつするじゃないですか。こういう建物たちが並んでいたら、自然とコミュニティが生まれるなってワクワクしました」(達也さん)

顔を合わせる近い関係の住まいに夢を膨らませた達也さん。そしてもう一つ。上野さん夫妻には野望がありました。それは、二人そろっていつかは「自分の店を営みたい」と思っていたこと。
暮らすスペースで自分たちも手を動かし、誰かと話をし、楽しむこと。「せっかくこの場所を良いものにするならば、自分たちの理想もしのばせよう」と計画しました。

なかでも綾子さんは、近隣の練馬春日町にある食雑貨・パン・カフェメニューを扱う人気ショップ「コンビニエンスストア高橋」で2020年からスタッフとして働いており、いつかは自分の店を構えたかったのだそう。

開店直後からふらりと常連さんが訪れる。昼時になるとあっという間に満席に(写真撮影/片山貴博)

開店直後からふらりと常連さんが訪れる。昼時になるとあっという間に満席に(写真撮影/片山貴博)

人気商品はgakプレート(1800円)。フムスやソーセージ、パテが味わい深い。チキンと舞茸のサンドイッチ(1400円)もお腹がはち切れそうになるほどのボリューム。アルコールもカフェドリンクも幅広く取り扱う(写真撮影/片山貴博)

人気商品はgakプレート(1800円)。フムスやソーセージ、パテが味わい深い。チキンと舞茸のサンドイッチ(1400円)もおなかがはち切れそうになるほどのボリューム。アルコールもカフェドリンクも幅広く取り扱う(写真撮影/片山貴博)

「『コンビニエンスストア高橋』での経験を活かしたいと思ったんです。自分が子どもを持ってママ友やパパ友と関わるようになってきて、みんなで気軽にお茶ができるおしゃれで開放的なカフェに行きたいと思っているのですが、近所にそういう場所がないよねって。なら、つくればいいんだ!という思いもありました」

次から次へとオーダーが入り料理を用意する、大忙しな綾子さん(写真撮影/片山貴博)

次から次へとオーダーが入り料理を用意する、大忙しな綾子さん(写真撮影/片山貴博)

2020年に構想が始まってから、理想を描き上げたのが2022年のこと。その後約2年半をかけて建設を進めて、2024年11月に「種音」が誕生しました。

想像以上に人が集まり、自然と交流してくれている

「種音」は決して立地がいいとはいえない上に、家賃も周辺相場より高いため、入居者が集まるだろうかと不安に思っていたそう。ところが蓋(ふた)を開けたら続々と入居者が決まっていきました。

「皆さんネットで探して偶然見つけて入居を決めたという感じで。思ったよりも都内の他区からの引越しの人が少ないんです」という達也さん。

「都心部ではできない豊かな緑に囲まれた暮らしがしたい」「静かに暮らしたい」「お隣さんとのつながりが欲しい」「アトリエを構えながら一つの場所で生活したい」なんていう声もあったよう。上野さん夫妻が描いていた入居者さんが集まって驚いたそうです。

上棟式の様子。近所の方がたくさん訪れ、その瞬間を見守った(写真提供/上野達也さん)

上棟式の様子。近所の方がたくさん訪れ、その瞬間を見守った(写真提供/上野達也さん)

2024年11月に開催したオープニングイベント。「gak」のテラスで寛ぐ姿、お庭のベンチで語らう家族の姿がほほ笑ましい(写真提供/上野達也さん)

2024年11月に開催したオープニングイベント。「gak」のテラスでくつろぐ姿、お庭のベンチで語らう家族の姿がほほ笑ましい(写真提供/上野達也さん)

そんな入居者がすぐにお互いが近い関係になれるようにと、「種音」の工事期間中には上棟式、建物が完成したときにオープニングイベントも開きました。入居者はもちろん近くに住む地域の住民たちが次々訪れてくれて当日は大にぎわい。なんと500人近くが来場したのだそう。

「なんてことのない生活道路に、普段は見ることのないたくさんの人があふれている姿にびっくりしてしまって。こんなにも多くの人が気にかけてくれ、楽しみにしてくれていたんだなと感慨深くなりました」(上野さん夫妻)

イベントには上野さん夫妻の知り合いや、入居者さんがお店を出してくれた(写真提供/上野達也さん)

イベントには上野さん夫妻の知り合いや、入居者さんがお店を出してくれた(写真提供/上野達也さん)

「最初は自分のやることがあまり理解されないのかな?と、少しネガティブに思っていたこともあります。でも、自分が描いていたものがこうして受け入れられることを目にすると、地域に何か少しは還元できているのかも、と最近は感じています。いずれ自分の子どもたちが建物を継いだときに、ここに住みたいと思ってもらえるような場所にしたいですね」と二人はほほ笑んでいました。

入居者は20代、30代、一番年齢が上の方で40代前半。40代のオーナー夫妻とも年齢が近いからこそ、気軽に話せるのかもしれません。

「自分はこのエリアの兄貴のような気分でいます。なんでも気軽に話して!って友達感覚で接しているつもりです。みんなからは“達兄(にい)”って呼ばれてます(笑)」

2025年5月に開催した寄り道マーケットの様子。2日間の開催で500人以上が集まったそう。何もかもが想像以上で「嬉しい悲鳴だった」という達也さん(写真提供/上野達也さん)

2025年5月に開催した寄り道マーケットの様子。2日間の開催で500人以上が集まったそう。何もかもが想像以上で「うれしい悲鳴だった」という達也さん(写真提供/上野達也さん)

マーケットには、なりわい住宅に暮らす方もこの場を盛り上げようと積極的に出店(写真提供/上野達也さん)

マーケットには、なりわい集落に暮らす方もこの場を盛り上げようと積極的に出店(写真提供/上野達也さん)

単身の入居者、カップル、DINKS、ファミリー世帯とスタイルはさまざまですが、それぞれ関わりやすい者同士で交流が始まっているそう。

「庭先で立ち話をしたり、ご飯を食べたり、お茶をしに行ったり。若いカップル同士でお互いの家で夕飯を食べていることもあるみたい。自分たちが閉店後に店で夕飯を食べていると、どこからともなく入居者さんが来るんです。ここが第二のリビングになってみんなで飲んでいることもあるんですよ。こんなに距離が近くなるとは思っていなかった。家族が増えた感じです」と顔をほころばせる達也さん。

「種音」が誕生して半年が経過し、顔の見える関係がぐんぐんと育っているようです。

住人Yuriさんが見たなりわい集落の面白さ

上野さん夫妻から見た姿とは視点を変えて、住人から見た「種音」の姿も気になります。「gak」でゆっくりとお話を伺った後、なりわい集落に暮らすYuriさんの元へお邪魔しました。

メゾネットの建物の一角には、小さな土間があり、Yuriさんは「dear..f」を営んでいます。エステサロンと韓国で買い付けたメイクアイテムや食器、インテリア雑貨を販売するサロン兼ショップです。

「もともとは池袋にある『暮らしのアトリエ』というテーマで内装や外観など世界観にこだわった賃貸集合住宅に住んでいました。オーナーさんがこだわりのある方で、アーティストやクリエイターなどが住んでいたみたいです。『種音』を見つけたのはちょうど引越ししようと思っていたときなんです。景観が良くて落ち着いた場所を探していて、一目で気に入り、入居を決めました」(Yuriさん)

Yuriさんは銀座で長年エステサロンを営んでおり、もう1店舗開店したいという願いもありました。まさに暮らしと商いを両立できる場所だったのです。

「dear..f」のサロンスペース(写真撮影/片山貴博)

「dear..f」のサロンスペース(写真撮影/片山貴博)

「サロンはもちろん、自分で買い付けた韓国のメイクアイテムや、うつわ作家さんのアイテムも販売したいなと思って。銀座の店舗だとスペースがなく、また日々訪れる人はせわしないなか、クイックに疲れを取りたい、といらっしゃる人が多いんです。だから、器をゆっくり見るという環境でもなく……。ここは、喧騒(けんそう)から離れたゆとりのある場所としてぴったりでした」

施術スペースの横には、韓国メイク用品や陶器などを扱う食器棚とリラクシングスペースも。柔らかなカーテンをかけてプライベート空間と仕切りをつくっている(写真撮影/片山貴博)

施術スペースの横には、韓国メイク用品や陶器などを扱う食器棚とリラクシングスペースも。柔らかなカーテンをかけてプライベート空間と仕切りをつくっている(写真撮影/片山貴博)

引越してきて間もなく半年がたとうとしているYuriさん。

「やっぱり仕事が終わってすぐに自宅でくつろげるのはいいですよね。移動の時間が減りましたし、銀座のお店はスタッフに任せることもできましたし。スタッフの成長の機会にもなるし、自分も穏やかな気持ちで施術にのぞめます」とほほ笑む。「それに……」と言葉を続けるYuriさん。

「とにかく住人同士が仲良しなんですよね。困ったことがあったらいつでも相談できるし、ガラス戸を開けると顔を合わせられる。今までこんなこと経験したことがないから毎日がとても楽しくて」とYuriさんは笑います。

住人の中にはグループLINEがあるようで、楽しいイベントのお誘いや、困ったことなど気軽な雑談が飛び交います。

「『おしょうゆ足りないから誰か貸して』ということがあれば『今日うちで夕食食べませんか』というお誘いがあることも。『庭で野菜を育ててみようよ』なんて声が出て、今みんなで野菜を育てているんです。育つ様子を観察する毎日がとっても楽しいです」

愛犬と共に暮らしを楽しむYuriさん(写真撮影/片山貴博)

愛犬とともに暮らしを楽しむYuriさん(写真撮影/片山貴博)

こうしたやりとりは、達也さんから勧められて始まったわけではないそう。住人同士がなんとなくお互いに顔を合わせて声を掛け合ってつながっていったのです。

「私は犬とともに一人暮らししていますが、寂しいなんて思ったことがないですね。今、穏やかな幸せに包まれた環境で暮らせていて満たされた気持ちです」と満足そうに話してくれました。

豊かな庭や風景を残して、人の商いやなりわいなどができる空間は、地域の人たちが集まり交流できる場となり、この場所を愛して価値を感じてくれる人が街中に増えていく。街や地域の価値を上げる取り組みになるでしょう。

●取材協力
・種音
・gak
・Dear..f

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