【連載コラム】マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」第7回-『きみは四葉のクローバー』(こうし)と ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」
このマンガを読むとあの曲が脳内に鳴り響く…。
それは逆もまた然りで、時にマンガと音楽が出逢う奇跡みたいな瞬間がある。本連載では、そんなマンガと音楽の邂逅に恵まれた瞬間をマンガライターのちゃんめいが徒然なるままに綴っていきます。
<紹介する作品>
・『きみは四葉のクローバー』(こうし)
・ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」
タイムリープものが好きだ。誰かを救うため、あるいは自分の人生にリベンジするため、主人公たちは果てしない“もしも”の道を選び直す。命をかけて運命に再交渉を仕掛ける……現実ではありえない未知への高揚感に胸が高鳴る瞬間だ。しかし同時に、どれだけやり直しても変えられない運命の無情さが立ちはだかることもあり、そこから滲むやりきれなさもまたタイムリープの魅力だ。その切なさですらどこかロマンチックに胸を打ち、物語に他にはない輝きを宿す。
だが、そんな輝きに浸る暇すら許さないタイムリープものがある。それが、こうし先生の『きみは四葉のクローバー』だ。
主人公の宇一は、勉強もスポーツも完璧で、クラスの人気者だった。しかし小学校を卒業すると状況は一変する。中学では学校での過酷ないじめに直面し、家庭でも両親の不仲や不安定な日々に心を削られていった。絶望の中で、彼の世界は暗く閉ざされていく。
高校生になったある日、そんな彼の前に、かつて小学生時代に転校してしまった幼馴染で、初恋の相手でもある “よつは” が隣に戻ってくる。彼女の変わらぬ明るさと優しさは、沈んでいた宇一の心にそっと光を差す……。
というのが宇一側の視点の話であり、本作の主軸はよつは側にある。実は、彼女は未来からやってきたタイムリーパーで、宇一が絶望の末に自ら命を絶つという未来を変えるため、半年前の過去に戻り奮闘しているのだ。
宇一にとってよつはは、幼馴染にして初恋の相手という大切な存在だ。しかし、よつはにとっては、幼い頃に自分を救ってくれた、さらに特別な存在だった。幼馴染や初恋の域を超えた深い思いを抱くからこそ、タイムリープへの思いも並々ならぬものになる。最愛の人を救うため、何度でも時を遡り、未来を変えようとする。その姿はまさにタイムリープの王道だ。
だが、本作の凄さは、そんな王道的なピュアさだけではない。よつはは感情に任せて無鉄砲に動くのではなく、コナンばりの洞察力で最悪のルートを回避する。何度でも時を跨ぎ、宇一を救うだけでなく、黒幕を特定し、問題を根本から断ち切ろうとするのだ。タイムリープのピュアさよりも、怒涛のサスペンスが前面に押し出される、骨太で力強い作品なのである。
そんな本作を読んでいて、よつはの姿は“秒針に懸命に逆らうタイムリープヒロイン”というよりも、“秒針を噛むヒロイン”だと強く感じた。もちろん、この表現は私のオリジナルではなく、ネット発アーティスト “ずとまよ” こと
彼らのデビュー曲である「秒針を噛む」は2018年6月4日にYouTubeにMVとして投稿され、現在では1.4億回以上の再生を記録している(2025年8月現在)。正直、この曲自体は『きみは四葉のクローバー』のようなタイムリープとは直接関係がない。むしろ、もっと切実な恋愛の歌だ。偽りの愛、すれ違う想い……表面上は問題がなくても、お互いの気持ちは通じ合わず、本心を伝えられない。共に過ごした時間は取り戻せず、終止符を打つこともできない。そんな恋愛のもどかしさを歌った曲である。にも関わらず、『きみは四葉のクローバー』を読んだとき、この楽曲が真っ先に頭に浮かんでしまったのだ。
まず、この曲はタイトルにもある通り、秒針=時間の象徴に“噛む”という動詞を重ねた印象的な比喩を用いている。単なる時への停止願望や逆行衝動ではなく、能動的に介入する意思を示す表現だ。また、切迫したリズムや心拍の速さは、よつはの繰り返される行動と呼応しているように思える。さらに、歌詞の一節がよつはの姿と不思議なほど重なった。
肺に潜り 秒針を噛み
白昼夢の中で ガンガン砕いた
でも壊れない 止まってくれない
演じ続けるのなら
「秒針を噛む」 / ずっと真夜中でいいのに。
よつはは、人知れず孤独の中で何度も時間を巻き戻し、最愛の人の死を食い止めるため、時間に“噛みつく”。冷静で論理的に行動し、どんな手を尽くしても最悪の未来は変わらない。その無情さを感じながらも、歩みを止めない力強さが脳裏をよぎる。
また、過去をやり直す中で、これまでのルートでは得られなかった宇一との小さな幸せに出会うこともある。それは白昼夢のような一瞬でありながら、最終的には未来を変えるための行動につながる。壊れそうで壊れない世界の中で、よつはが覚悟をもって立ち向かう切迫感が、この曲を通して鮮やかに浮かび上がるのだ。
今回改めて読み直して思ったが、やっぱりこの作品はすごい。よつはのヒロイン性もさることながら、彼女は時を跨いで宇一の隣に立ち、励まし続ける。そのおかげで、宇一も最初のルートではなしえなかった精神的成長を見せ、逞しく成長していく。
それは、ともすればラブコメとしてフレッシュな気持ちで読み進められるものの、骨太なサスペンスと不穏さがその期待を一気に爆発させる。漫画としてもジェットコースター的な読み心地で、とても革新的な作品だと思う。
そういった革新的さでいうと、「秒針を噛む」が、公開からわずか1週間で新人のMVとしては異例の20万回再生を記録 したという、“ずとまよ”の鮮烈な登場と重なる。つまり、改めて思うのは、『きみは四葉のクローバー』と「秒針を噛む」は、ジャンルは違えど、どちらも革新的なクリエイティブ作品だということだ。
タイムリープの漫画も、切実な恋の楽曲も、どちらも独自の方法で時間と感情を操り、読者・聴き手を惹きつけてやまない。だからこそ、『きみは四葉のクローバー』も、ずっと真夜中でいいのに。も、ジャンルの違いを超えて、これからもますます目が離せない……いや、1秒たりとも目を離すことなどできないだろう。
●マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」は毎月1日22時に掲載予定です
プロフィール
ちゃんめい
マンガライター。マンガを中心に書評・コラムの執筆のほか作家への取材を行う。宝島社「このマンガがすごい!2024、2025」参加、その他トークイベント、雑誌のマンガ特集にも出演。オールタイムベストは『鋼の錬金術師』(荒川弘)。
https://x.com/meicojp24
https://chanmei-manga.com/
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