「画面が見えているかのようだった」──視覚障害者へのユーザー調査で、私たちが“思い込み”に気づかされた話。アクセシビリティ[中編] 

ゼロバンク・デザインファクトリー(※)の長島です。フロントエンドエンジニアとして働いています。

※ゼロバンク・デザインファクトリーは、ふくおかフィナンシャルグループの一員で、みんなの銀行のバンキングシステムを開発しています。

みんなの銀行では、“アクセシビリティ”を「より多くのお客さまが、より多くの利用環境から、より多くの場面や状況で情報やサービスにアクセスできること」と定義し、改善に取組んでいます。主にスクリーンリーダー(音声読み上げソフト)における挙動改善を目的とし、2023年1月から定期的に機能改善のリリースを続けています。

アクセシビリティをテーマにお届けする本連載。3回目は、視覚障害のあるお客さまにご協力いただいたユーザーインタビューとユーザビリティテストについてです。フロントエンドエンジニアのキム・ジョンア、デザイナーの鶴大輝とともに実施したこの取組みについて、実施前の状況から実施後の変化までを3人で振り返りながら、それぞれの立場で得た気づきと学びをお話しします。

本記事では、デザイナーとエンジニアが視覚に障害のあるお客さまへのユーザー調査を通して得た、以下のような学びや気づきをお届けします。

・私たちの「思い込み」を覆した、ユーザーのリアルな操作実態
・なぜエンジニアもユーザー調査に参加するべきなのか?
・多くの人が誤解しがちな「アクセシビリティ」と「UX」の本当の関係

未知の領域への挑戦。私たちが頼りにした「デザイン思考」

長島 今回、視覚に障害のあるお客さまへのユーザーインタビューとユーザーテストを実施するにあたり、鶴さんがFigmaに分かりやすくプロセスをまとめてくれました。まずはその図について説明していただけますか。

 はい。これまで障害のある方に直接お会いする機会がなく、ユニバーサルデザインやインクルーシブデザイン(※)にも正直詳しくありませんでした。ただ、基本的なアプローチは「デザイン思考」をベースに進めれるだろうと考え、その考えを軸に進めました。

※インクルーシブデザイン:性別、年齢、国籍、障害の有無といった多様な背景を持つ人々を、デザインの初期段階から積極的に巻き込み、一緒にモノやサービスを創り上げていく考え方のこと。

デザイン思考について説明すると長くなるので大枠だけお話しすると、これは特定のフレームワークや手法というより、「デザイナーのように物事を考える思考法」という概念です。

それを可視化したものに「ダブルダイヤモンド(※)」といったプロセスがあります。

※2005年にデザインカウンシル(英国のデザイン振興を目的とする公的機関)によって提唱され、現在ではサービスデザインやUXデザイン、新規事業開発、さらには業務改善など、幅広い分野で活用されています。

The Double Diamond(The Double Diamond by the Design Council is licensed under a CC BY 4.0 license.

「ダブルダイヤモンド」とは、発散と収束を繰り返しながら解像度を高めるアプローチで、大きくは取り組む課題を定義するフェーズと解決策を考えるフェーズに分けられます。

まず、ユーザーインタビューや市場分析などを通してユーザーの声に耳を傾け、課題をできるだけ多く洗い出します。次に、その中から「この一つか二つの課題を解決すれば、本質的な課題が解消される」という核心部分を見極め、課題を定義します。課題が絞り込めたら、今度はその課題をどう解決するかというアイデアを再び発散させ、最適な打ち手を考えていく、という進め方です。

これをサービスの開発完了まで広げたものが「トリプルダイヤモンド」と捉えていただければと思います。

この考え方を基本的に、課題を発見し、最適な解決策を考え、その効果を検証する。このサイクルを回すのがデザイン思考の基本です。

準備を進める中で学んだ「インクルーシブデザイン」は、提供者側だけで考えるのではなく、当事者であるユーザーの声を聞き、一緒に解決策を創り出していく手法だと理解しています。

私たちもユーザーインタビューの後、お客さまと一緒にATMへ行き、どうすればスムーズに入出金できるか試しましたね。

長島 ありがとうございます。

今回のユーザー調査を通して、ユーザーリサーチやデザインというものが、いかに専門的な知識とスキルを要する領域であるかを再認識しました。

課題を解決するのはフロントエンドエンジニアの役割ですが、だからといってフロントエンドエンジニアだけでユーザーインタビューをすれば良いかというと、決してそんなことはない。効果的な質問を投げかけ、得られた情報から根本的な問題を特定し、それに対し有効的な打ち手を考える。

こうしたプロセスは、本来デザイナーのように専門的なスキルを持つ人が中心となって進めるべき領域なのだと痛感しました。専門家である鶴さんと一緒に進められたのは、本当にありがたかったです。

私たちの“思い込み”が、次々と覆された

長島 その上で鶴さんにお聞したいのですが、普段は主に障害のない方を対象に調査をされていますよね。今回、視覚に障害のある方にお話を聞いてみて、普段の調査と比べてどんな点が違いましたか? あるいは、逆に同じだと感じた部分はありましたか?

 はい。ここが今回最も驚いた点なのですが、調査にかかった時間も、体感も、普段とほとんど変わりませんでした。

当初は、アプリの操作に時間がかかるだろうと想定し、通常の2~3倍の時間を確保してスケジュールを組んでいました。

ところが、実際にテストを始めると、目で見て操作する方とほとんど変わらないスピードで操作されていたんです。そこが一番の衝撃でした。

まるでアプリの画面が見えているかのようにお話しされるので、私たちが変に気を遣って「こうしてみては?」と誘導するよりも、ごく普通に接する方が、かえって本質的なお話を聞けると気づきました。

これまでは正直なところ、「ちゃんと使っていただけているのだろうか」という不安がありましたが、私たちが想像していた以上に「普通に」使っていただけていたことに、ただただ驚きました。

長島 私もそれが一番の驚きでした。

事前にお客さまからいただいたご意見の中に、「Box(貯蓄預金)が使いにくい」というものがありました。「使えない」ではなく「使いにくい」という表現だったので、きっとTalkback(Androidのスクリーンリーダー)と指の操作を併用されている弱視の方だろうと、お会いするまで思い込んでいたんです。

キムさんにも「弱視の方だと思うので、一緒にお話を聞いてみませんか」と声をかけていました。ところが、インタビューでお話を伺うと、その方は先天性の全盲の方でした。

全盲の方が、スクリーンリーダーだけでBoxを操作できていた。その事実に、頭を殴られたような衝撃を受けました。「モバイルアプリをアクセシブルにしたい」と言いながら、自分自身が「ここはきっと使えないだろう」という無意識の決めつけをしていたことに気づかされた瞬間でした。

 今思い出しましたが、その方はアプリを何度も使ううちに画面構造を記憶されていて、どの辺りにどのアイコンがあるかを予測しながら操作されていましたね。

画面の上から順番に指をスライドさせて項目を読み上げるのではなく、操作したい機能があるであろう場所を直接タップしてフォーカスを当てる、という使い方をされていました。

この様子を拝見して、私たちが「目の見える人」にとって使いやすいものをきちんと作れていれば、その構造はスクリーンリーダーを使う方にとっても記憶しやすく、結果的に使いやすいアプリになるのだと実感しました。

長島 本当にそうですよね。ユーザーはアプリを使う中で「このアプリはこういう構成で、こういう流れで操作する」というメンタルモデル(※)を頭の中に作り上げていく。そのモデルに沿って、シンプルで一貫性のあるデザインになっていれば、ユーザーは次に何が起こるか予測できる。

※メンタルモデル:ユーザーがプロダクトやサービスを利用する際に、その仕組みや操作方法について無意識に抱いている「心の中のイメージ」のこと。

これは、目の見える見えないに関わらず、すべての人に共通するのだと痛感しました。「人間中心設計を実践することが、そのままアクセシビリティの改善につながる」と聞いたことがありますが、まさにその通りなのだと思います。

コードの裏側にいる「ユーザー」をもっと知りたい。エンジニアがユーザー調査に参加した理由

長島 次にキムさんにお聞きしたいのですが、私と同じフロントエンドエンジニアという立場で、本来は直接ユーザーのお話を聞く機会はそう多くないと思います。今回、ユーザー調査への参加を希望してくれたのは、どうしてですか?

キム まず、アクセシビリティとは関係なく、純粋にユーザーの方から直接お話を聞ける機会が貴重だと感じ、参加したいと思いました。それに、私たちがアクセシビリティのテストをする時は、どうしても画面を見ながらスクリーンリーダーを操作してしまいます。日常的に使われている方が、どのようにアプリを操作しているのかをこの目で見てみたかった、というのも大きな理由です。

実際に参加してみて、鶴さんや長島さんと同じように、熟練した方のスクリーンリーダーの使い方は全くの予想外でした。そして調査を通して最も強く感じたのは、フロントエンドの技術的な対応ももちろん重要ですが、それ以上にUX全体を考えることがいかに大切か、ということです。

例えば、同意確認のチェックボックスにチェックを入れないと次に進めない、といった挙動も、ラベルとして読み上げられる情報だけではなく、普段からアプリを使っている経験から推測して操作されていました。改めてUXの重要性を痛感しました。

「アクセシビリティ向上=UX低下」という大きな誤解

長島 そうなんですよね。アクセシビリティを向上させようとすると、「アプリのデザイン性が損なわれる」「かえって使いにくくなる」といった声が挙がることがあります。アクシシビリティとUXが、まるでトレードオフの関係にあるかのように捉えられてしまう。

キム ええ、よく聞きますね。

長島 ですが、本来はその逆のはずです。

『blog / bookslope』で公開されている下の図が分かりやすいのですが、まず土台として「アクセシビリティ(アクセスしやすさ)」があり、その上に「ユーザビリティ(利用しやすさ)」が成り立ちます。そして、その両方が満たされて初めて、「UX(心地よさや満足感といった体験)」につながっていく。

The User Experience Honeycomb(出典:『blog / bookslope』https://bookslope.jp/blog/2012/07/evaluationuxhoneycomb.html)

そもそもサービスにアクセスできなければ、使いやすいも何もありません。つまり、アクセシビリティの確保なくして、真のUX向上はあり得ないのです。この考え方がもっと広まれば、「アクセシビリティ対応はデザイン性を損なう」といった誤解も減っていくのではないかと思います。

キム そうですね。

長島 もちろん現実には、特定の障害や状況、端末などの組み合わせによって、一方を優先すれば一方が不便になるといったトレードオフが発生する場面もあるかもしれません。しかし、マクロな視点でみれば、アクセシビリティとユーザビリティは決して矛盾するものではないはずです。

おわりに

この連載[中編]では、デザイナーとフロントエンドエンジニア、それぞれの立場からユーザー調査で見えた気づきと学びを振り返りました。私たちの「思い込み」を覆し、プロダクト開発の原点に立ち返らせてくれる、非常に貴重な機会となりました。

最終回となる[後編]は、「デジタルバンクがアクセシビリティに取組むことの可能性と責任」をテーマにお届けします。どうぞお楽しみに。

※この記事はオウンドメディア『みんなの銀行 公式note』からの転載です。

(執筆者: みんなの銀行)

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