しまなみ海道、広島「生口島」で移住者増の理由。シャッター商店街”徒歩圏内のまちづくり”で活気、地元民にも刺激 「SOIL Setoda」等

しまなみ海道で結ばれる瀬戸内海の島の一つ、生口島(いくちじま)の住所は広島県尾道市瀬戸田町にあたります。ここには、地域の人と交わりながら、また、国内外からの旅行者や移住者を受け入れながら、島の自然のように穏やかな街づくりを進める人たちがいます。人口9000人にも満たない島に訪れたゆるやかな変化について、株式会社しおまち企画の籠田亜紀(かごた・あき)さん・永野優風(ながの・ゆう)さんと、島の人たちにお話を伺いました。
高級ホテルの進出を機に開催されたワークショップが発端

「SOIL Setoda」の目の前にある港近く。穏やかな内海と緑豊かな島影が連なる、のどかな島の風景(撮影/朝比奈千明)
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶしまなみ海道。そのほぼ中間に位置する生口島は、瀬戸内の海運と塩田によって栄えた港町です。日本画の巨匠・平山郁夫の生地として知られ、記念館もあります。戦後は、島内に建立された耕三寺への参拝客でにぎわいました。しまなみ海道が開通すると、多くのサイクリストたちが島を訪れるように……。
しかし一方で、街にある商店街にはシャッターが閉まったままの店も多く、人口は減少を続けていました。
そんな中で持ち上がったのが、空き家のまま放置されていた、かつての島の豪商・堀内家の邸宅を高級ホテルとしてよみがえらせるというプロジェクト。そしてそれに先駆けて、尾道市や開発企業の担当者と、商店街の店主といった街の人たち、年齢も性別も異なる人たちが一緒になって、街の魅力や課題を話し合う「しおまちとワークショップ」が2019年から3年に渡り開催されました。
街の人たちの声も取り入れながら、2021年3月にはホテル「Azumi Setoda」と、地域の人も楽しめる銭湯+交流施設の「yubune」が誕生。しおまち企画が運営する「SOIL Setoda」も、2021年4月に開業しました。
その後も、街には総菜店や飲食店、ゲストルームなどがオープン。コロナ明けのインバウンド需要や働き方の変化などもあり、島には、ワーケーションなどで中長期の滞在をする人、移住を決める人も増えているといいます。

「SOIL Setoda」(右)、ショップハウス(中央)、その奥に「Azumi Setoda」「yubune」、さらにしおまち商店街が続いていく。優しい日差しと海辺の風が心地よい(撮影/朝比奈千明)
外から来る人を受け入れる“土壌”を体現した「SOIL Setoda」
「SOIL Setoda」は“街のリビングルーム”がコンセプト。1階には海を見下ろす雁木(がんぎ)のような段々で構成されたラウンジがあり、井戸端会議を楽しむ街の人や、観光情報に目を通しながら計画を立てる外国人グループ、船待ちの間に自習に余念のない学生など、さまざまな人が利用していました。

「SOIL Setoda」のカフェ・レストラン「MINATOYA」から海を望む(撮影/朝比奈千明)
同じフロアには、地域ならではの食材や料理を楽しめる薪火料理の食堂「MINATOYA」、道を挟んだ向かいには築140年以上の蔵を改築した、コーヒーロースターの店「Overview Coffee Setoda Roastery」もあるので、食事するもよし、港の船を待つ間にコーヒーを楽しんでもよし。自由な時間を楽しめる空間になっています。

見事な梁を現し(あらわし)にした「Overview Coffee Setoda Roastery」。左のスペースにはコーヒー焙煎の機械も(撮影/朝比奈千明)
さらに2階には個室4室と、ドミトリー1室の計5室のゲストルームがあり、1泊だけの気軽な滞在から、中長期滞在まで、幅広いニーズに応えてくれます。個室のうち3室からは美しい瀬戸田の海を一望することもできます。

海に面したゲストルームからの眺め。昼のきらめく海も美しいが、朱に染まる夕景や朝の風景も見事だという(撮影/朝比奈千明)

「SOIL Setoda」の宿泊者は、商店街の中にあるコワーキングスペース「Soil work」の利用も可能。長期滞在しながらのリモートワークにも便利(撮影/朝比奈千明)
「ワークショップで街の人から上がったのは、『気軽にコーヒーを飲んでおしゃべりする場所がない』という声。その声を汲んで、とにかく開放的で、誰でも気軽に訪れ、ふれあうことができる場所を目指しています」と話す籠田さん。「この島に暮らして街の人と仲良くなると、体調が悪いと『大丈夫?』とみかんを持ってきてくれたりして(笑)。港町だからか、皆さんとてもフレンドリーで、島の外の人でも自然と受け入れる土壌があるんですよね」

優しい日差しと海辺の風が心地よい「MINATOYA」のテラス席で話してくれた籠田亜紀さん(撮影/朝比奈千明)
土壌=SOIL。
「SOIL Setoda」はまさにそんな島の気質を体現したような施設となっています。
大きな開発より、地域の暮らしに根差した“点”の開発を連ねて
続いて「SOIL Setoda」に開業したのは、1階が店舗、2階が宿泊施設となるショップハウス。しおまち企画では、今後もこの施設モデルでの展開を進めていく予定だといいます。
「シャッターが閉まった店舗がちょっと営業するだけで、商店街の雰囲気は変わっていくはず。大きな商業施設を一つドンと建てるような開発ではなく、街の人も観光客も活用できるような、暮らしを豊かにしてくれるお店をちょっとずつ増やしていけたら」。根底にあるのはそんな思い。
さらには、「コロナ禍を経て柔軟で多様になった働き方や、増え続けるインバウンド需要など、宿泊ニーズに応えながら、街の関係人口を増やしていくことにも力を入れています」(籠田さん)
そんなショップハウス1棟目となる施設には、1階に食にまつわるアイテムを扱い、お弁当や総菜を販売するショップ「ひ、ふ、み」、2階には3室のゲストルームが、2023年にオープンしました。
「ひ、ふ、み」の弁当や総菜は、地元の方にも人気。「今日はちょっと手抜きをしたいと思ったとき、気軽に買えるおいしい弁当があるのはうれしいでしょう? 総菜も、毎日のように買いにいらっしゃる常連さんもいますよ」(籠田さん)

ショップハウス1棟目「ひ、ふ、み」の外観。1階はホテルのレセプションと、レンタサイクルやSUP体験などのアクティビティの受付も兼ねている(撮影/朝比奈千明)

「ひ、ふ、み」店内。古い家屋をリノベーションした店内は、土壁もどこか懐かしい雰囲気。弁当などは奥のカウンターで販売する(撮影/朝比奈千明)

2階のゲストルームのうち2室には、潮風が心地よいテラススペースを設置。テラスからは海も見える(撮影/朝比奈千明)
移住者が増え、空き家が減り、街がにぎわう、好循環を目指して
「ひ、ふ、み」店長の木村さんは島の外からの移住者。それだけでなく、お話を伺った籠田さんも、レセプションで笑顔を見せていたスタッフも、「MINATOYA」で調理スタッフとして働く男性も移住者だといいます。
「わたしは仕事で何度かこの島を訪れるうち、この島の豊かな自然やおいしい食材、穏やかな時間の流れ方にハマり、東京から移住を決めました」と籠田さん。「ひ、ふ、み」店長の木村さんも、籠田さんの仕事を手伝うために1カ月の長期滞在を体験し、移住を決意されたそう。「料理人の木村さんとしては、生産者と近い関係・場所で店を出せる点にも魅力を感じたようです」(籠田さん)

「ひ、ふ、み」で扱う弁当や総菜の一例。地元野菜を豊富に使い、手軽においしいごはんが楽しめると人気(撮影/Ayato Ozawa)

生口島や周辺の契約農家から届く新鮮な野菜たち。普段あまり見かけない珍しい種類もあり、店頭でも販売している(撮影/朝比奈千明)
「MINATOYA」で働く瀧澤 友樹(たきざわ・ゆうき)さんも「ここは島といっても、橋でつながっているので、電車や新幹線に乗れる尾道や三原まではすぐ(車で1時間以内)ですし、空港も近い。『移住するなんて勇気がある』というような言い方をされることもありますが、それほど高いハードルを感じたことはありません」と笑顔。「関東から移住して4年になりますが、楽しく過ごしていますよ」と話してくれました。
商店街にシャッター店が多いのには、建物の老朽化や、それによる物件販売の難しさなどもあるといいます。しおまち企画では、そんな店舗を買い取って改装し、2階をゲストルームとして運用しながら、1階には多様な店舗の誘致を検討していく計画だそう。
「ゲストルームが増えれば、長期滞在希望者の受け入れがしやすくなります。入居可能な店舗物件があれば、島外から出店も考えやすくなるでしょう。店舗の数や種類が増えれば、街もにぎわいを増すはずですし、地元の方の働き口も増えていきます。最近では、私たちの取り組みを知って、『あそこの空き家が売り出されるらしい』とか、情報をくれる地元の方も増えてきました。
移住者も暮らしを重ねればもう『地元人』。自分たちの住む大好きな島を、もっと良くしていきたいという気持ちはきっと同じですね」(籠田さん)
住民も「人が増え、にぎやかになってきた」と実感。旅行者と話す楽しみも
籠田さんに続いて、商店街を案内してくれたのは永野優風(ながの・ゆう)さん。同じく東京からの移住者ですが、街を歩きながら永野さんが声をかけると、お店の人が親しみのこもった笑顔を見せてくれます。

しおまち商店街の入り口。手前が耕三寺で、商店街は港から耕三寺へと続く参道にもなっている(撮影/朝比奈千明)

街を歩きながら商店街を紹介してくれた永野さん。人と関わりながら街を元気にする仕事と、東京ではできない経験ができるこの島が気に入り、移住を決意(撮影/朝比奈千明)
しおまち商店街は全長約600m。その中に50を超えるお店が軒を連ねます。シャッターが閉まったままのお店もまだありますが、TVなどでもよく紹介されているという有名なコロッケ店や、古民家を改装した趣のある自転車カフェ&バー、アウトドア用品店、昔ながらの食料品店や菓子店など、さまざまな店があり、そぞろ歩きも楽しめます。

(撮影/朝比奈千明)

商店街周辺にいくつかあるという「幸せの黄色いポスト」(上)や商店街のオリジナルマンホール(下)など、レモン色のフォトスポットも探してみて(撮影/朝比奈千明)
50年以上も土産物店「亀井堂」を営む亀井さんに話を聞いてみました。
「港の近くに新しい施設がいくつもできて、街が変化してきているという実感はあります。サイクリングブームで自転車に乗って観光する人の姿もよく見かけるようになりました」と明るい笑顔。「外から来た人たちが島のために奮闘している中、自分たちにも商店街を何とかしたいという思いはありますね」
瀬戸田名産のレモンに関する商品を集めた店内には、棚にたくさん並んだ地元産のレモンと一緒に、存在感のある墨文字の案内が随所に。「文字も絵も、全部私が書いているんです。商品紹介もだけど、お客さんとの話のきっかけにもなるでしょう?」と亀井さん。
おすすめの「レモン芋けんぴ」を購入すると、「これも持っていきんさい」と瀬戸田の無農薬レモンをおまけに一つ。そんなご近所付き合いのようなやりとりも、この商店街の魅力だなと感じました。

瀬戸田のレモンを使った商品がところ狭しと並ぶ「亀井堂」の店先に立つ、店主の亀井さん。親しみやすい笑顔で旅行者を出迎えてくれる(撮影/朝比奈千明)
明治時代から続くという老舗のお菓子処「向栄堂」の向井さんも、街の変化を楽しんでいる一人です。
店内のショーケースに並ぶのは、素朴な味わいのレモンケーキやロールケーキ。そしてその脇にある会計台には、いつもいくつかのパンフレットが用意されています。「街を訪れる人が増えて、おすすめスポットなどを聞かれることも増えて。説明しやすいようにパンフレットを置いています」と向井さん。
商店街近くのおすすめスポットとして、平山郁夫が眺望を絵にしたという向上寺を勧めてくれました。「季節ごとに花もたくさんあるのできれいですよ」

向栄堂の向井さん。地元で長く愛されているロールケーキはシュー生地とスポンジ生地を重ねて甘酸っぱいジャムを挟んだ優しいくちどけのお菓子(撮影/朝比奈千明)
「しおまちとワークショップ」から6年。交流施設の開業やショップハウスの展開など、瀬戸田の港から耕三寺までの1km圏内で進む「徒歩圏の街づくり」。そこには地元の人や移住者の垣根なく、島で日々の暮らしを楽しみながら、自分たちの街の魅力を生かしていく、緩やかな開発のカタチがありました。
取材を通じて印象的だったのは、移住者の方のフットワークの軽さ。移住について「抵抗があった」という人にお目にかかれないほど、みんな「この島なら」という思いを口にしていました。
裏を返せば、この島が、ここに暮らす人が、それだけ外に開かれているということかもしれません。
少しずつ変化を続けるこの街を次に訪れるとき、どんな店が、どんな人が増えているか、少しドキドキするような、そんな気持ちになりました。
●取材協力
SOIL Setoda
住みたいまち しおまち
しおまち商店街

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