「人間の内面を描いているので、ここまで心を打つものになっているのだなと思います」映画『サブスタンス』を怪談作家・梨はこう観た

デミ・ムーア完全復活!第97回アカデミー賞では主演女優賞含む5部門にノミネートされたほか、本年度賞レース主演女優賞を次々と受賞! 今最もHOTな超話題作『サブスタンス』が公開中です。
【ストーリー】50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベス(デミ・ムーア)は、 容姿の衰えから仕事が減少し、ある再生医療“サブスタンス”に手を出す。 だが薬を注射するやいなや、エリザベスの上位互換“スー(マーガレット・クアリー)が、 エリザベスの中から現れる!若さと美貌に加え、エリザベスの経験を武器に、 たちまちスターダムを駆け上がっていくスー。 だが、一つの心をシェアするふたりには【一週間ごとに入れ替わらなければならない】 という絶対的なルールがあった。しかし、スーが次第にルールを破りはじめてしまい―。

本作の魅力や感想について、『かわいそ笑』(イーストプレス)などで知られ、インターネット上で 主に活動する令和時代を代表する怪談作家の梨さんにお話を伺いました!
梨さん:https://x.com/pear0001sub [リンク]
――まずは『サブスタンス』をご覧になった率直な感想をお聞きできますでしょうか?
もう、最高でしたね。ラスト30分くらいからはずっと膝を叩きながら(面白すぎるでしょ…!)って思っていました。ホラー映画を観る時に何となくオチを想像しちゃったりするのですが、『サブスタンス』は想像の3段階ぐらい先をいっていたので、すごいなと。
人気のピークを過ぎてしまった女優のエリザベスが自分の美を追求していく、というストーリーで、“ボディホラー”というジャンルとして、 1人の内面にどんどんフォーカスしていく、半径2、3メートルぐらいの話なのかなと思っていたら、想像を超えてきました。もっとパーソナルな話になっていくかと思ったら、パーソナル部分もちゃんと描かれた上で、とんでもない飛躍を見せてくれたので感動しました。
――私も観て、予告編などから受ける印象のさらに上の上を行ってくれたので大変感動しました…!
綺麗な女性が老いに逆らえずに焦りを感じるって、有体な言い方をすれば現代的というか共感性が高いテーマじゃないですか。Xで日本の女性の俳優さんが“老けた”という比較画像がバズっていて。Before /Afterの画像のAfterは役作りのために老けメイクをしているものだったらしいのですが、そういう悪意って本当に周りに溢れていますよね。
ネタバレになるので詳しくは言いませんが、後半からラストに向けて超絶展開を迎えていく『サブスタンス』が現実感をとらえている所が凄いなと思いました。「ファンタジー映画だよね」とは一ミリも思わなかったんですよ。そのリアリティーラインの積み上げ方が素晴らしいなって。
――とんでもない展開も多いですけれど、その中でも心理描写が切なかったり、可哀想だったり、「もうやめてあげて!」という感情にもなりました。
そうそう、「自業自得じゃん」とかは思えないんですよね。エリザベスとスーが、2人で1人という設定ですけれど、どちらもものすごく共感出来る人間して描かれているなと思ったんです。老いによって仕事が無くなって自信を失ったエリザベスが、学生時代のご友人に会って、「君はずっと可愛い女の子だ」といったことを言われ、デートをすることになりウキウキしながらメイクをしているシーンで、私、本当に、本当に泣きそうになったんです。もう“感情”としか言えないんですけど、感情を映像数十秒で表せるのって本当にすごいよなと思って。これはモンスターのお話では無くて、一人の人間の内面を描いているのでここまで心を打つものになっているのだなと思います。

――SNSが当たり前になった世界で、「美しさ」に対する欲求みたいなものも、実際どんどん膨れ上がっている感じがしますよね。
私はインターネットの作家なので、毎日インターネットに触れているわけですけれど、嫌でもそういう側面を見ちゃうんですよね。インスタグラムも一時期すごかったじゃないですか。「女性は何キロ以下じゃないとダメ」とか、「理想のBMIはこれ!」みたいな投稿で溢れかえっていて、実際に中高生の健康問題につながる影響力を持ってしまった。
実際問題美や若さを求めてしまう気持ちは誰しもが否定出来ないものだと思いますし。 エリザベスさんも十分美しいのになぜそうなってしまったのか。型にはまった言い方になってしまうかもしれませんが、マッチョイズムのある映像業界の中で一つの尺度が決まっていて、彼女自身もそれを追い求めてしまったんでしょうね。ここも、物語の結末に触れるのでぼかしますが、最後にエリザベスがした行動にすごく感動して。エリザベスとスーが単なる対立構造では無い所が素晴らしかったです。スーが単純なヴィラン、ファムファタール的な存在として描かれていない所が良いですよね。
――梨さんはご自身の著書の中でも“ルール”を設定したお話を書かれていますが、『サブスタンス』もルールをベースに進んでいきますね。
『サブスタンス』のルールが面白い所って、元の自分も生まれ変わった自分も両方存在している所ですよね。単に生まれ変わったわけではなく、新しい自分でいつづけたいから、古い自分からは出来る限り目を背けたいと願ってしまう。「1週間交代が絶対」というルールがありますが、それをどうにかして破りたい、破らないといけないという脅迫観念を持ってしまうっていうのは、多くの人が共感出来ると感じました。そのルールを破ってしまって、実際ヤバいことになって、これからもっともっとヤバくなるということは2人とも絶対分かっているんだけど、それでもどうにもならないっていう所が、「こいつらバカだな。ルール守りなよ!」なんて思う人はいないと思うんですよね。
――『笑ゥせぇるすまん』的な悪魔の囁きというか…抗えないですよね。
今回は喪黒福造的な人は出てこないですし、コミュニケーションは電話口でしかとっていないですけれど、怖いですよね。エリザベスは美しく、セックスシンボルであり続けたいという想いで電話してしまいましたけれど、これに似た欲求って誰しもが持っていると思います。
SNSでよく「もし俺が老害になったら後ろから刺してくれ」みたいなことを言っている人っているじゃないですか。精神的にも肉体的にも醜くなっていくことに対する恐怖って、絶対ありますよね。肉体的な醜さだけじゃなくて、社会的に自分が老人側に行ってしまうということの恐怖、自分がこれ以上汚くなるのが怖いという恐怖って、ものすごく真に迫ったものとしてあると思います。
――すごく分かります。
それに加えて、ここ数年「FOMO(Fear Of Missing Out)=取り残されることへの不安」という言葉が出てきて、ざっくり言うと「みんなが『GQuuuuuuX』観ているから、私も観ないといけないのかな」みたいなもので。ちょっとでも立ち止まってしまったら、周りから置いていかれて、置いてかれている人というラベルを貼られてしまうのではないかという恐怖として「FOMO」という概念がもう医学の論文でも取り上げられているんですね。『サブスタンス』における“現役”への執着というのは現代的でありながらもすごく普遍的なテーマだと思っていて。R15指定ではありますが、ティーンの方や若い方に特に観ていただきたいなと思いました。ホラーが苦手であっても観てほしいなと。

――『サブスタンス』はエリザベスの欲求を巧にくすぐってきますけれど、梨さんはここをくすぐられたら、怪しいものに手を出しちゃいそう…というものはありますか?
こういう仕事をしている人ってみんなそうだと思うのですが、とにかく時間が無いんですよね。「5億ボタン」※は、インターネットにつながっているのであれば押しちゃうかもしれません。
※5億年ボタン:このボタンを押すと押した者の意識は何もない異次元空間に転送され、そこで5億年の時を過ごす。そして5億年経過後に押した者は元の世界に戻され、100万円が手に入るが、この際押した者は記憶を消されるため、押した者の自覚では押した直後に100万円が手に入るというものになる。2001年にクリエイターの菅原そうた氏が発表。
――以前アニメーションのクリエイターさんにお話を伺った時も、「5億年ボタン押して、ひたすら作品作りしたい」とおっしゃっていました。
時間が足りな過ぎて、その5億年という時が魅力に感じてしまうんですよね。少し話は変わりますが、以前私が「行方不明展」※という展示に関わったのですが、「ここではないどこかに行きたい」という人のための展示でした。死にたいとまではいかないけど、ふらっと消えてしまいたくなる欲求を持っている人って結構いるだろうなと。異世界転生モノが大人気なのも、自分の記憶を持っていながら全然違う世界に行けるというところが魅力的でもあるのだと思いますし。ある種の現代的な逃避願望という点でも『サブスタンス』の描写は徹底しているなと。「本当の自分はこうじゃないんだ」「こうだったら、上手くいくのに…」という心理描写が絶妙ですよね。
※「行方不明展」レポート:https://getnews.jp/archives/3550307/ [リンク]

――今、若い世代の方がホラー作品を好む傾向にあると思うのですが、どう感じられていますか?
私は2000年生まれなのですが、私と同世代の人たちって子供の頃にテレビで怖い番組がやっていなかったんですよね。近藤亮太監督(『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』、『イシナガキクエを探しています』)等とお話した時に、「あの心霊特集怖かったよね」といった話題には入れないというか。テレビで心霊特集なんて年に1回あったら良い方だと思います。宜保愛子さんもこの仕事を始めてから知りました。
なので、興味を持った怖いモノや怖い話は自分から掴み取るしかなかったんですよね。2ちゃんねるとか、SNSとか。そういう意味でも必然的にインターネットで活動をすることになったのですが。
――梨さんは新しい世代のホラー作家としてすごく影響力をお持ちですよね。
ありがとうございます。でも私なんかよりも、「変な家」(雨穴著)と「近畿地方のある場所について」(背筋著)の功績があまりにも大きいと思います。昨年のハロウィーンの時期に街を歩いていたら、4歳くらいのお子さんが雨穴さんのコスプレをしていて!小さなカオナシかなと思ったら、雨穴さんだったんです(笑)。
――可愛い!将来有望ですね。
大森時生さん(テレビ東京プロデューサー、TXQ FICTION)とお話していた時に、以前はホラーの企画として、大森さんが今やられている様なテイストの資料を出すと「あれ、白装束の髪の長い女性の霊は出ないの?ホラーじゃなかったの?」と言われていたそうなんです。ホラー=お化け、お化けじゃなかったらホラーじゃないという観点が強かったそうなのですが、ここ数年で一気に変わったみたいで。それこそ「変な家」もそうですし、『サブスタンス』もそうじゃないですか。『サブスタンス』にお化けは出てこないですけれど、ホラーでしかないですよね。“ホラー”というものが包括する概念がめちゃくちゃ広がっているのが今だと思うので、怖いモノを観たい若い世代の方に『サブスタンス』がぶっささってくれれば、将来その中から素敵なクリエイターが生まれるのではないかな、なんてことも思ったりします。
――みんなの感想が今からとても楽しみです。今日は楽しいお話を本当にありがとうございました!

『サブスタンス』
50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベス(デミ・ムーア)は、
容姿の衰えから仕事が減少し、ある再生医療“サブスタンス”に手を出す。
だが薬を注射するやいなや、エリザベスの上位互換“スー(マーガレット・クアリー)が、
エリザベスの中から現れる!若さと美貌に加え、エリザベスの経験を武器に、
たちまちスターダムを駆け上がっていくスー。
だが、一つの心をシェアするふたりには【一週間ごとに入れ替わらなければならない】
という絶対的なルールがあった。しかし、スーが次第にルールを破りはじめてしまい―。
(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS

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