【連載コラム】マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」第2回 ー『ねずみの初恋』(大瀬戸陸)と忘れらんねえよ 「喜ばせたいんです」

【連載コラム】マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」第2回 ー『ねずみの初恋』(大瀬戸陸)と忘れらんねえよ 「喜ばせたいんです」

このマンガを読むとあの曲が脳内に鳴り響く…。

それは逆もまた然りで、時にマンガと音楽が出逢う奇跡みたいな瞬間がある。本連載では、そんなマンガと音楽の邂逅に恵まれた瞬間をマンガライターのちゃんめいが徒然なるままに綴っていきます。

<紹介する作品>

『ねずみの初恋』(大瀬戸陸)
・忘れらんねえよ 「喜ばせたいんです」

誰かを好きになるって突き詰めるとどういうことなんだろうか。「相手のことをもっと知りたい」「守りたい」など色々な説があげられるけれど、俺たちのヒーローは泥くさくも真っ直ぐにこう叫ぶ。

喜ばせたいんです たいんです
笑顔が見たいんです 見たいんです
ただそれだけなの

忘れらんねえよ / 「喜ばせたいんです」

勝ち負け関係なく、仕事や恋愛において真正面から戦う俺たちをいつだって全力で讃えてくれるロックバンド・忘れらんねえよ。「喜ばせたいんです」は、結成満10周年イヤーを飾るアルバム『週刊青春』に収録されている1曲だ。この曲の根底にあるのは苦しいほどの「好き」という気持ちで、ボーカル・柴田はその気持ちの正体を“好きです”という言葉を一切吐かずに愚直にストレートに解き明かす。

喜ばせたい、笑顔が見たい。だから、人は相手のことをもっと知りたいし、この世のあらゆる辛いことから守りたいと願うのではないだろうか…。冒頭であげた例も掘り下げていくとこの曲に帰結するように思う。

柴田が叫ぶ、このシンプルにして究極の解。歳を重ねるごとに薄まっていったり、忘れてしまいがちな恋愛の初期衝動を思い出させてくれる名曲だ。そして、「喜ばせたいんです」に到達するまでに幾重にも重なる、たくさんの「〜してあげたい」。この等身大の真っ直ぐさには聴くたびに胸を打たれる。

君の力になりたい 重い荷物持ってあげたい
泣いてるときに ハンカチ差し出したい
君の文句言うやつを ぶん殴ってあげたい
君の好きなもの 大好きと言いたい

忘れらんねえよ / 「喜ばせたいんです」

そんな恋愛の大名曲「喜ばせたいんです」だが、この曲を聞くたびに私はあるマンガのことを思い出す。その名も『ねずみの初恋』(大瀬戸陸)。本当に「喜ばせたいんです」を地で行くようなマンガなのである。

気弱で純情な青年・碧は、ある日ゲームセンターで出会った少女・ねずみに一目惚れをする。甘酸っぱく不器用な告白を経て晴れて彼女と同棲生活を始めるが、実はねずみの正体は殺し屋。物心ついた頃からヤクザに人を殺す道具として育て上げられたと言うハードな過去をもつ。

ねずみと関わってしまった碧は、口封じのためにヤクザ組織に攫われ壮絶な拷問を受けるが、彼女への想いは変わらない。もちろん、ねずみも碧との幸せな生活を守りたい。結果、ねずみが提案した「碧を立派な殺し屋に成長させて組織に貢献させる」という条件によって一命を取り留め、2人の幸せのために碧は殺し屋としての新たな人生を歩み始める。本作はそんな2人の命懸けの“初恋”を描いた作品だ。

同棲しているのに「かわいい」の言葉すらスムーズに言えない碧。そしてようやく吐き出した「かっ・・・・かわいい・・」の言葉にいちいち顔を赤らめるねずみ。2人の間には常に駆け引きなしの超ピュアな熱が漂うが、“殺し”のシーンになると空気は一変。血で血を洗うようなバイオレンスの応酬に、ねずみの殺し屋としての狂気性を見せつけられるなど、なんというか天国と地獄の落差が春の気圧くらい激しい作品だ。

過激で残酷なシーンが多い作品ではあるが、碧がゲームセンターでねずみが眺めていたクレーンゲームのぬいぐるみを取ってあげようとする瞬間。ねずみのお誕生日に背伸びしてちょっと良いレストランを予約した時。そして、碧が初めて殺し屋の仕事をする直前にねずみのことを思う時間…。この作品には碧の苦しいほどの「喜ばせたいんです」が溢れている。

どんな理由があろうと人を殺めるのは肯定できないけれど、碧のどこまでも不器用でも真っ直ぐなたくさんの「〜してあげたい」に触れるたび、この物語は誰がなんと言おうと純愛だと思うし、心が打ち震えるのだ。

――星の降る夜ひとつ 願いが叶うなら。「喜ばせたいんです」で柴田は「君のそばにいさせてというだろう」と歌っているけれど、『ねずみの初恋』に出会ってしまった私は碧とねずみの幸せと喜びを願ってやまない。

●マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」は毎月1日22時に掲載予定です

プロフィール

ちゃんめい
マンガライター。マンガを中心に書評・コラムの執筆のほか作家への取材を行う。宝島社「このマンガがすごい!2024、2025」参加、その他トークイベント、雑誌のマンガ特集にも出演。オールタイムベストは『鋼の錬金術師』(荒川弘)。
https://x.com/meicojp24
https://chanmei-manga.com/

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