タイムポートに併設のホテルでの事件〜ロブ・ハート『パラドクス・ホテル』

作者ロブ・ハートは、出版社ミステリアス・プレスの編集者を経て、2013年に単行本デビュー。私立探偵アッシュ・マッケンナが活躍するシリーズなど、コンスタントに作品を発表している。日本ではすでにディストピア小説『巨大IT企業クラウドの光と影』と、犯罪小説『暗殺依存症』が翻訳ずみだ(ともに早川書房刊)。
本書は、時間離脱症という奇病に罹ったジャニュアリー・コールを主人公とする、2022年発表のSFだ。有名書評誌〈カーカス・レビュー〉の年間ベストブックリストに選ばれた。
過去へのタイムトラベルが実現し、アメリカ政府の運営によるタイムポートが設置され、ここからさまざまな時代への便が出発している。利用客が従うべきルールは、「見るだけで手に触れてはいけない」だ。歴史を変えようとしたり、過去から何かを持ちだそうとする不埒者は、時間犯罪取締局の取り締まりを受ける。
ジャニュアリー・コールは時間犯罪取締局の腕利き調査官だったが、時間離脱症の発症で任を解かれ、タイムポート併設のホテルへと転属になった。役職は警備主任である。
時間離脱症は、不随に、知覚が違った時代へスリップしてしまう。タイムトラベルのように大きな時間スパンではなく、どうやら自分の人生の範囲内らしい。また、タイムトラベルは過去へだけだが、時間離脱症は未来に飛ぶ場合もある。スリップが持続するのは長くても一分ほどだが、症状が進行すると日常の行動に支障をきたすようになる。
そんなジャニュアリーの身に、いくつものトラブルが同時期に降りかかる。
まず、赤字がつづくタイムポートとホテルを民間に売却するための交渉会議がはじまろうとしているが、アクの強い要人たち(不動産王、中東の皇太子、IT投資家、多数の企業を経営するCEO、底意を秘めた上院議員)が参加するため、警備も波乱含みだ。
そのタイミングでタイムポートが全便欠航となり、混乱はホテルにまで拡大。欠航の原因は不明だ。
また、過去から密輸されたと思しき三匹の恐竜の子が、ホテル内を駆けまわる。
きわめつけは、ジャニュアリーが客室で発見した死体だ。しかも、その死体は彼女だけにしか見えない。幻覚? いや、時間離脱症のスリップが見せた未来の光景ではないのか。
タイムトラベルや時間離脱症というアイデアに着目すれば、時間テーマのSFと言えるだろう。その一方で、ジャニュアリーが見た死体をはじめ、いくつもの犯罪・疑惑・暴力をめぐっての展開は、ミステリ調の筋立てとなっている。しかし、時間ロジックのパズルや事件の謎解きは、この小説において付随的な興味にすぎない。
繰り返し描かれるのは、ジャニュアリーが背負っている記憶だ。彼女にはメーナという恋人がいたが、メーナは事故で亡くなっている。ジャニュアリーはいまだにメーナへの想いが拭えず、またその死に対する負い目から逃れられない。ことあるごとにジャニュアリーの意識のなかに、メーナが立ちあらわれる。あたかもメーナが死後の場所から話しかけてくるように。
過去とどう向きあうか。時間をめぐるこの物語は、しだいに哲学的な色彩を帯びていく。
(牧眞司)

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