【フランス断熱の最新事情】性能不足の部屋は今年から賃貸不可、大家さんや入居者に激震! 2034年までに全建物を省エネ化、物件供給数不足の懸念も

【フランス断熱の最新事情】性能不足の部屋は今年から賃貸不可、大家さんや入居者に激震! 2034年までに全建物を省エネ化、物件供給数不足の懸念も

日本でも注目が集まっている「住まいの断熱(高気密・高断熱化)」ですが、その先進といえば、欧州。筆者が暮らすフランスでは2034年にはすべての住居が高断熱になるよう、段階を追って法律が更新されています。フランスの人々はこれにどう対応しているのでしょう?

段階を追って断熱基準をアップ

(撮影/筆者)

(撮影/筆者)

フランスでは、2006年からエネルギー性能証明書EPC(フランス表記はDPE)の導入が本格化し、以降、数年ごとに規制の基準を上げながら、2034年にはすべての住居を高断熱にすることを目指しています。

今年2025年1月1日、ついに断熱が最低基準のEPC・Gランク(※1)物件の賃貸が禁止になりました。販売物件のほうは、Eランク以下にエネルギー監査(※2)を義務化。これは2021年5月に決議された「環境とレジリエンス法」に描かれたプランです。

賃貸禁止も、エネルギー監査義務も、4年前からわかっていたこと。持ち家の売却を考えていた人や、賃貸の大家さんにとって、寝耳に水の出来事ではありません。とはいえ、新しい法律が適用された今、混乱が起きているのも事実です。ご存知の通りフランスの物件は古いものが多く、 2025年1月2日付けの「Capital」によると、パリの住居の12.5%がGランク。

※1、EPC:Energy Performance Certificates(省エネルギー性能証書)。欧州のスタンダードとなるエネルギー効率評価で、各国ごとにバリエーションを持たせつつ適用されている。フランスではA~Gの7段階で評価。Gは最も効率の悪い評価にあたる。kWh/m2/yrが420未満。
※2、エネルギー監査:住居のポテンシャルを調べ上げた調査リポートで、いくつかのリノベーションプランとその後に期待できる成果が、予算も合わせてわかるもの。EPC同様に物件所有者が料金を負担し、プロに依頼して作成。費用はだいたい800~1500ユーロ。

フランスのエネルギー性能証明書EPC

フランスのエネルギー性能証明書EPC 。フランスのエネルギー性能診断は、AおよびBランクがエネルギー消費量・CO2発生量ともに少ない環境負担のない優良物件、FおよびGランクがエネルギー消費量・CO2発生量ともに多い環境負担の多い物件、公害を多く輩出する物件とする。Gランク物件の特徴は断熱がなく、エネルギー消費量の多い旧式の暖房装置や給湯装置を使用していることが挙げられる(出典:Diagnostic de performance énergétique – DPE)

最終目的は地球環境の持続可能性

その前にまず、「環境とレジリエンス法」とは?

簡単に要約すると、「2030年までに温室効果ガス排出量を1990年の40%に削減することを目的とし、その実現に必要な教育、専門の相談機関の設置(France Rénov)、補助金支給、交通規制などを盛り込んだ、あらゆる方面からアプローチする対策とルールの集大成」です。

この法律が登場して以来見られる具体的な変化を挙げると、例えばカフェやレストランのテラスに暖房設置が禁止され(省エネ)、都市部は公害多く排出するタイプの自動車が通行できなくなり(CO2削減)(※)、給食にベジタリアンメニューが登場する(CO2削減)といった身近なことから、農地や緑地にショッピングセンターの建設禁止(土壌の保護)など、広範囲にわたります。

※2001年10月1日走行開始以前のディーゼル乗用車、2006年10月1日以前のディーゼルトラック、2000年6月から2004年6月の基準外の二輪車が、パリとグランパリ、リヨンなどで走行禁止。

2019年フランスにおける温室効果ガス排出元の分布グラフ

2019年フランスにおける温室効果ガス排出元の分布グラフ。交通31%、農業19%、住居/商店18%、エネルギー産業10%、廃棄物3%(出典:仏共和国環境ポータルサイトnotre environnement)

温室効果ガスを考えた時、住宅(オフィスと商店を含む)は全体の排出量の約18%を占めることがわかっています。個人宅の断熱にどう取り組むかは、フランス政府にとって長年にわたる難題でした。

そこで、まず2022年販売物件F・Gランクにエネルギー監査を義務化、翌2023年賃貸物件F・Gランクの家賃値上げ禁止。そして今年、販売物件Eランクのエネルギー監査が義務化され、賃貸物件Gランクに至っては賃貸禁止に。賃貸物件は今後2028年にFランクが、2034年にはEランクが、賃貸禁止になります。数年ごとに段階を追って、基準を上げる作戦がよくわかります。

これと同時に新築に関しては、住宅だけでなくそれ以外の建築物も、2005年の断熱基準RT2005から始まりRT2012、環境基準RE2020と、段階を追って建築基準の底上げがされてきました。既存の物件と新築物件の断熱基準を徐々に上げていけば、温暖化ガスの悩みの種だった住居の断熱問題も解消できる、という理屈。この調子で順当に進めば、2034年にはフランスの住居のほとんどがDランク以上の物件になる見通しです。めでたし、めでたし!といけば万々歳ですが、残念ながら先のとおり「混乱」が起きているのでした。

2023年1月フランスの住居のEPCの現状

2023年1月フランスの住居のEPCの現状。「ザル」と表現されるF・G物件は全体15.7%であることがわかる。この場合の住居にはセカンドハウスは含まない(出典:仏共和国環境ポータルサイトnotre environnement)

貸せないアパートが出現中

その「混乱」とは? Gランク物件の賃貸が禁止されたことで、「貸せないアパート」が出現してしまいました。パリやリヨン、ボルドーといった歴史都市に顕著な現象であることを、メディアが報道しています。これらの都市の建造物はEPCなどない時代に建てられており、同時に保護の規制もあるため建て替えや改修が進めにくいことがその理由です。

もちろん、歴史的建造物を保護するための補助金制度や、断熱工事の補助金、税控除は存在します。2024年12月30日付けのLa Tribuneの記事によると、2022年以降Gランクの物件10万8000戸にリノベーション工事が行なわれましたが、断熱工事はどのみち高額です。フランスの電力会社engieが公開する内壁の断熱工事費用は、「国内平均1平米26~60ユーロ(約4300~9800円)、100平米の一軒家の場合2080 ~ 5616 ユーロ+税( 約33万~91万円+税)」でした。(2025年1月26日レートにて換算)

フランスの街並み

フランスの街並み(撮影/筆者)

こうなることは前々からわかっていたといえ、すべての大家さんに工事費用が捻出できないことは想像に難くありません。これまで賃貸に出していた物件を貸せなくなり賃貸収入がなくなることを嘆く老夫婦の事例などもあります。そして貸せない大家の悲劇は、賃貸物件が市場から減ってしまうという悲劇でもあることがまた問題。

なぜなら、ここ数年ヨーロッパの各都市でアパートの供給不足が深刻な問題になっているから。市場調査プラットフォームStatistaが公開している調査結果によると、2013年フランス国内の公共住宅の供給率*は34%でしたが、2022年には18%と約半分に減少。別の記事では、フランス人の42%が1年以上の長期にわたり賃貸物件を探していることがわかります。今年1月のGランク物件賃貸禁止は、ただでさえも状況が悪いところへ追い打ちをかけるような形になりました。高断熱の快適な賃貸物件をすべての人に供給する道しるべになるはずの法律が、一時的にではあれ、住まいを探す人たちの障害になっているという矛盾。なんともやるせないことです。

*供給率とは、入居希望者に対する提供物件戸数の割合。つまり2022年希望者のわずか18%が公共住宅に入居している。

13世紀の大鐘楼から続くボルドーの旧市街

13世紀の大鐘楼から続くボルドーの旧市街(撮影/筆者)

19世紀のオスマニアン建築やそれより古い17・18世紀の歴史的建造物に住むことはフランスではステイタスですが、今後は賃貸物件として出回る数が減りそうです。これらの物件はF・Gランクの場合が多く、Fランクも2028年には賃貸禁止になることを考えると、面倒なリノベーション工事をするよりも手放すことを選ぶ大家が存在するのは当然。2025年1月22日「Capital」は、Gランク物件の大家の17.5%が工事よりも売却を選ぶと答えていると報じました。憧れのオスマニアン賃貸物件はよりレアに、より高額になり、庶民からますます遠のいていく予感です。

ちなみに、今現在Gランクの住人に賃貸で住んでいる人は、引越しをする義務はありません。逆に、大家に対しリノベーション工事を要求する権利があります。しかしそうすると、ますます大家は物件を手放すことになり、ますます賃貸物件が減ることになりそうです。

歴史的建造物の断熱法は?

さて、具体的に歴史的建造物を現代の断熱基準にどう合わせていくか? その糸口になりそうな話題が、先日ラジオの断熱特集で取り上げられていました。

「私はオスマニアン建築に住んでいる。歴史的建造物なので、外壁を断熱材で覆うことはできない。この場合はどうすればいいのか? 評価はどうなるのか?」といった質問がリスナーから寄せられ、これにゲストに招かれた断熱工事の専門家や、歴史的建造物の専門家が回答しました。それによると、歴史的建造物で外壁保存が義務づけられている物件は、外壁の断熱工事は免除されるそうです。これは当たり前と言えば当たり前。「外壁工事以外にできることをすべて行った、という証明があればよい」そうで、窓を高性能な二重サッシに変えたり、暖房をガスから電気に変えるなど、外壁断熱以外の工事をすべて行えば、それ以上の義務はないのです。

外壁断熱工事が終わった公営住宅

手前は外壁断熱工事が終わった公営住宅。奥の煉瓦造りの集合住宅も公共住宅だが、歴史的建造物であるため外壁からの断熱工事は行われない(撮影/筆者)

このことを、工事現場の監督責任者(Maitre d’Œuvre)歴35年のヴィナンド・ヴァール氏に質問したところ、「EPCのAランクが義務付けられているのではなく、住居が高断熱・省エネになればいいのです」との回答。確かにそうです!

「例えば、オスマニアン建築はガス暖房が多いので、それを電気に切り替えるだけでポイントが上がります。さらに、設定が可能な給湯器や、スマートフォンで遠隔操作できる暖房設備など、高性能な装置を選ぶことも大変有効。お湯の配管を断熱すればここでもポイントが稼げるでしょう。内壁の古い断熱材を取り外して最新の高性能なものに付け替えることもできますし、これらをすべて行えばほとんどの住まいがじゅうぶん高断熱・省エネになります」

歴史ある古城のリノベーション工事も行うというヴァール氏は、断熱工事を行う際は必ず室内の空気の流れを考慮した換気対策をセットで行うように、と強調してもいました。古い建築は高気密に造られていないため、これを怠ると工事後カビが発生するといった問題が必ず起きるそうです。

「この仕事を始めた35年前は、いかに効率良く暖房するか・いかに暖房費を抑えるか、が一番の課題でした。気候変動の現在は、暖房ではなく断熱、そして環境最優先に変化しています」

建設会社Maître d’Ouvrage と監督責任者Maitre d’œuvre ほか、介入するすべての業者が明記された断熱工事現場のパネル

建設会社Maître d’Ouvrage と監督責任者Maitre d’œuvre ほか、介入するすべての業者が明記された断熱工事現場のパネル(撮影/筆者)

30平米FランクがDに!

最後に、昨年2024年にリノベーション工事を行った筆者の体験談を。築年数だいたい70年くらいの質素な共同住宅で、2016年購入時のEPCはFランク。この1LDK、30平米のガス暖房とガスコンロを電気に切り替え、分電盤ブレーカーと給湯器を最新のものにし、道路側の内壁に断熱材を付け(中庭側の壁は2022年に外壁断熱工事済み)、換気システムを新たに設置する等々の工事費用は、約 300万円でした。

最新の分電盤ブレーカーを設置

最新の分電盤ブレーカーを設置(撮影/筆者)

現在はDランクになり、今後の売却には有利ですし、賃貸もできます。が、かなりの負担であったと振り返らずにはいられません。住まいは膨大な予算が必要な分、経済的負担にとどまらず精神的負担も重大で、筆者にとっては人生の大きな悩みの1つです。

工事後のEPC はDランク

工事後のEPC はDランク。温室効果ガス値はBランク。年間エネルギー消費は680〜970ユーロ(11〜16万円 2025年1月27日のレート)の予想。効果的なエネルギー対策が別ページに記されている(出典:Diagnostic de performance énergétique – DPE)

しかし、「自分は予算がないからF、Gランクの住まいでも安ければ買う/借りる」と言えないのが法律です。気候変動の時代を生きる人間として、そんな無責任な行動はできないということ。低断熱の住まいに住み続けることが無責任な行為になるとは、つい10年ほど前までは思いもしなかったというのが、いち生活者としての感想ですが、リノベーション工事の甲斐あって、以前は月々約2万円だった光熱費(ガス&電気)が、現在は約8000円(電気)。半額以下になりました。

【フランス断熱の最新事情】性能不足の部屋は今年から賃貸不可、大家さんや入居者に激震! 2034年までに全建物を省エネ化、物件供給数不足の懸念も 内壁を断熱した道路側の壁

内壁を断熱した道路側の壁。ガスヒーターを取り外し、電気ヒーターに。ガスの配管撤去作業が必須だったため、工事費が嵩んだ(撮影/筆者)

ガス暖房給湯器を電気に変更

ガス暖房給湯器を電気に変更。ただし、後でわかったことだが、この給湯器のサイズは30平米には大きすぎるため、EPCにはマイナスポイントになるという。専門家によると、住まいのサイズにあった給湯器を選ぶことがEPCポイントを上げる最初の一歩らしい(撮影/筆者)

2023年に行った中庭がわの外壁工事 2023年に行った中庭がわの外壁工事

2023年に行った中庭がわの外壁工事。以前よりも壁のボリュームが増していることが細部を見るとよくわかる(撮影/筆者)

歴史的建造物に住む人も、比較的新しく建てられた共同住宅に住む人も、ニュースで情報をキャッチしたり、専門機関France Inovのサイトで手軽に断熱シミュレーションをしたり、場合によっては変化の過程の混乱を体験したりしながら、断熱という課題に向かい合っています。そこにある共通認識は、今の努力が今後のより良い住環境をつくる、という思いかもしれません。そんなフランスの2025年断熱事情でした。

別の機会に、城の断熱や工事を行わずに断熱する方法を、お伝えしたいと思います。

●取材協力
工事現場の監督責任者 ヴィナンド・ヴァール氏(Mr. Var Vinando)
エネルギー診断士 ギヨーム・サトゥ氏(Guillaume SATOUX)

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