失ったからこそ生まれる新たな挑戦——大熊町の「ゼロからのまちづくり」
東⽇本⼤震災から 14年⽬を迎え、福島県⼤熊町では「ゼロからのまちづくり」が進み、⼤きな転換期を迎えているという。
温暖な気候を活かし、梨やキウイといったフルーツの栽培が盛んだった福島県大熊町。東に太平洋、西には阿武隈高原と自然に囲まれた穏やかなこの町は東日本大震災により大きな影響を受けた。
大熊町には、東京電⼒福島第⼀原⼦⼒発電所の1号機から4号機が立地しており、事故の影響により町全域が「避難指⽰区域」および「警戒区域」に指定され全住民11,505人が町外への避難を強いられた。
2012 年 12 ⽉には「警戒区域」が再編され、このうち町⺠の約 96%が居住していた地域が「帰還困難区域」に設定。町の主要機能を含む町⼟の⼤部分が「帰還困難区域」に指定され、この区域については本格除染の計画がない状況にあるなど、復興に向けた多くの課題に対して明確な時間軸の設定ができない状況で、全町⺠の避難から 5 年以上が経過しても、具体的な復興への取り組みが進まなかった。
こうした状況から現在では状況は大きく変わっているという。
震災から 8 年後の 2019 年には⼀部避難指⽰が解除、2022 年には町の中⼼地区の避難指⽰も解除され、新しいにぎわいを⽣み出すための動きが加速。現在、人口は1000人を超え、2027年までには4,000人に増やすことを目標に、“ゼロからのまちづくり”として新たな挑戦を始めている。
今回は、復興の象徴とも言える施設や企業、教育機関を取材し、大熊町の現状を深掘りした。
大熊町の未来を支える企業支援施設「大熊インキュベーションセンター」
震災の影響により廃校となってしまった旧町立大野小学校は、校舎を改修し2022年7月より「大熊インキュベーションセンター(OIC)」として開所。この施設は、企業誘致や産業創成、若手起業家の育成を目的に設立された。
大熊町ならではの新たな産業づくりのため、町をあげてあらゆる支援を行なっている。
貸しオフィスやコワーキングスペース、シェアオフィスなどの働く場所の提供をはじめ、フリースペースや会議室(要予約)もあり、入居企業以外でも気軽に利用することができる。
入居しているのは、ドローンや宇宙、農業などを取り扱うベンチャー企業、最先端技術を取り扱うスタートアップ、トヨタ⾃動⾞や出光興産などの⼤⼿企業まで幅広く、地域共創の場として賑わっている。10年後に3社以上の上場を⽬標に中⻑期で⼤熊発の起業の成⻑を⾒守り、必要なサポートを⾏っていく。
果樹産業復興への情熱——「株式会社ReFruits」の挑戦
「大熊インキュベーションセンター(OIC)」に入居している企業のひとつ「株式会社ReFruits」は、キウイを中心とする果樹の生産事業を行っている。取締役の阿部翔太郎さんは、現在、慶應義塾大学法学部政治学科の4年生。代表取締役である原口拓也さんとともに「株式会社ReFruits」を創業した若き起業家だ。
震災前、大熊町は「フルーツ香るロマンの里」と呼ばれ、果樹栽培が盛んだった。しかし、除染作業で果樹がすべて伐採され、100年以上続いた果樹産業が途絶えた。その再生を目指して立ち上がった。
阿部さんは、大学に入学した2020年に環境省と連携し大熊町の取材を開始したことで、町との関わりが始まった。取材を進めるうちに、町民にとっての梨やキウイという存在は、決して産業としてだけではなく、四季を感じる大切な暮らしの一部であったと感じたという。しかし、町には果樹が1本もなくなってしまった。そんな風景を阿部さん自身も寂しく思い、失われた特産品の再生を目指し、キウイの栽培事業に取り組むことを決意。
2023年に「株式会社ReFruits」を創業。除染後、誰も手入れすることがなかった荒れ果てた2.5ヘクタールという広大な畑を、代表の原口さんとともに、1から整備した。
肥料は、基本的にこの地域で出た動物のふん尿、もみ殻や農作物のくずなどを使用して、地域の資源を循環させる工夫をしている。また、作物以外の草を生やして良質な土をつくる「草生栽培」を行っており、大熊町が今までやってきた栽培方法と新しい技術を組み合わせている。
2024年の春に植えたキウイの苗は、すくすくと成長し順調だという。キウイは収穫に至るまで3年はかかるため、本格的な収穫は2026年を予定している。今後さらに畑を拡大し、収穫量も増やす予定だ。また、農業体験を通して大熊町の歴史や文化に触れてもらえるような場所にしたいという。その先に、大熊町で就農する人を増やしたいという夢も語った。
「夏いちごの一大産地」を目指して——「ネクサスファームおおくま」
「株式会社ReFruits」と同様に、町の伝統産業である農業を通して新たなビジネスに挑戦している企業がある。それが「ネクサスファームおおくま」だ。震災からいくら年月が経とうと、福島の農作物には厳しい目が向けられる。そんな風評被害を払拭したいという思いで設立され、“誰でも働ける農業”を目指し、農業未経験者や高齢者などの採用も積極的に行っている。産業がなくなってしまった町の新たな雇用という部分で、町民の帰還を促しながら、移住者の生活も支えている。
施設の面積は約4.8ヘクタール。約15万株のいちごが栽培できる東北最大級の栽培工場だ。いちご農家の約90%が1年に1作で冬のいちごを栽培しているが、「ネクサスファームおおくま」では、国内の生産者が少ない夏いちごの栽培にも力を注ぎ、一年間を通して栽培している。
ビニールハウス内は、24時間コンピューターで管理されており、常にいちごにとって最適な環境が整っている。従業員は、毎日の情報をタブレット端末に入力していくため、いつ・どこで・誰が・どれくらいのことをしたのかが、データとして蓄積されていく。
人と機械が役割を分担することによって、誰でもいちご栽培に携わることができる。
安心・安全ないちごを消費者へと届けるため、収穫したいちごはもちろん、苗や水、肥料、ハウス内、会議室や事務所に至るまで、施設内すべての放射性物質測定検査を4年間にわたり行ってきた。出荷されるいちごの全量をまず自社で検査し、その後は、国や県による出荷基準検査、さらに第三者機関による検査も行ってきたが、過去に不合格だったことは一度もない。G-GAPの認証も受け、安全であることを科学的に証明し続けたことが、消費者の安心へと繋がった。その実直な姿勢と検査結果は、近隣の人々にとっても有益な情報となったという。「ネクサスファームおおくま」が厳しい検査を行ったことで、大熊町で農業をスタートさせやすかった、家庭菜園でも安心して栽培できるといった声も届いた。
未来を育む教育施設「学び舎 ゆめの森」
新しい施設が次々と建設されていく中で、町民にとって待望の場所となったのが2023年に誕生した「大熊町立学びの舎 ゆめの森」。12年ぶりに再開した大熊町の教育機関だ。小学校・中学校に相当する義務教育校と、認定こども園、預かり保育、学童保育を一体に行っている。つまり、この学校に通う生徒は0歳から15歳までと、幅広い年齢の子どもたちがひとつの施設で共に学んでいる。
今までの学校教育の常識はここには存在しておらず、「制約しない学び」として、チャイムもなければ、学校を囲うフェンスもない。校内には、秘密基地になりそうな場所やトンネルになっている場所があちこちに存在し、子ども心をくすぐる設計だ。通常なら教師の目が届かなくなる死角はなるべくなくしたいはずの学校で、そのような場所があるのは、子どもたちが自由に自分だけのお気に入りスポットを作るため。二つとして同じ空間を作らないよう工夫されている。ランチルームのテーブルでさえも、同じ形のものはない。
開校した当時、26名だった子どもの数が、全国からの転入を受け現在は56名に増えている。この学校の「自分で好きな場所を見つけられる」という方針、空間の力・建築の力が大きい。
小学生以上の子どもたちの授業に関しても、最先端の方法でチャレンジしている。「個別最適な学び」として、学ばなければならないことを、個人の能力や学習能力に合わせて授業を進めていく。例えば、その教科が得意な子どもはいきなり確認テストから先に行い、余った時間で間違った部分を再度学習する。子ども同士で確認しあいながらドリルを進める子もいれば、集中できる場所へ移動してひとりで黙々とこなす子もいる。理解が進まない生徒には教師がじっくりと教える。そうすることによって、ついていけず我慢するだけの授業時間がなくなるのだ。
不思議なことに、子どもたちは自分がやるべきことを理解しているため、チャイムがなくとも自分で教室へ行き、自ら学びへと集中する。
この独創的な教育法を学ぶために連日視察が訪れ、全国から高い関心が集まっている。
復興の象徴——JR大野駅周辺の再開発
まさに今、かつての賑わいを取り戻すべく急ピッチで再開発が進められているのが、JR常磐線「大野駅」西口周辺だ。大熊町へ訪れる際に利用する駅でもあり、震災前は病院や商店街が立ち並ぶ町の中心地であった。ここには、産業交流施設「CRAVAおおくま」と商業施設「クマSUNテラス」の2施設が建設中だ。
産業交流施設「CRAVAおおくま」は、町内で事業を再開したい人、新たに拠点を大熊町に置く人に向けて貸事務所を整備しており、現在、33部屋のうち28区画(23社)の入居が決まっているそうだ。そのほかコワーキングスペースやラウンジなどもあり、1階のエントランスでは、公演会やイベントなども開催できるようにすることで、人々が交流できる場所になるよう工夫を凝らしていている。
商業施設「クマSUNテラス」では、コンビニエンスストア、飲食店(5店舗)、文具・雑貨店と合計7店舗の入居が決定している。町の玄関口としての機能を再び取り戻す目的だ。
両施設は駅に隣接していることもあり、電車の待ち時間にフラッと立ち寄れる場所として便利なのはもちろんだ、明るく賑やかな場所の存在は、生活をしていく上で安心感にも変わるであろう。
震災によって一度は失われた町の中心地が、新しい挑戦によって再び息を吹き返しつつある。その歩みは、地域の復興を超えて、日本全体の未来を考える契機となるだろう。
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