【インタビュー】安野澄が語る、ゴスペルを舞台にした映画『雨ニモマケズ』と自分自身
ゴスペル音楽家のメモリアルパーティを舞台に様々な人間関係を描き、宮沢賢治の詩をタイトルに冠した映画『雨ニモマケズ』(飯塚冬酒 監督)が2025年2月8日に劇場公開される。コンサート会場に集まった個性的なキャラクターたちが繰り広げる群像劇の中心にいるのが、運営スタッフの関口南を役じる安野澄 (あんの ゆら)だ。早稲田大学の建築学科を卒業後、武蔵野美術大学の大学院へと進み、サロンモデルを経て俳優の道を歩き始めたという異色の経歴を持つ安野に、映画のことはもちろん、自身のことについても語ってもらった。
――『雨ニモマケズ』完成おめでとうございます。映画が完成した今の率直なお気持ちを聞かせてください。
安野:ありがとうございます。撮影時は、長回しの撮影があったので自分が画の中に入っていくタイミングがすごく難しかったので、何回もテストをやって必死でした。なので、試写で初めて観たときに、「こういうふうにまとまったんだ!」と思って、自分も楽しく観させてもらいました。群像劇なので、本当に1人じゃなくてみんなで作ったなっていう思いが、完成した今一番思っていることですね。
――ご自分でもちょっと意外な見え方になっているシーンもあったのでしょうか。
安野:カメラワークで、会話をしている向こうがうっすら見えていて、次はそこにフォーカスが当たっていくみたいな部分は、やっぱり映画になってみないとわからないことだったので、「ここはこういう動き方だったんだ」っていうのは、完成して初めて気が付きました。
――この映画のどんな部分に惹かれて、関口南役を演じることになったんですか?
安野:最初にお話をいただいて台本を読ませていただいたんですけど、こういう群像劇は経験がなかったのでやってみたかったんです。(ポスターには)自分が最初に名前は書いてありますが、みんなで創る映画っていうところに惹かれました。ただ、登場人物がすごく多いから、最初はなかなかむずかしかったですね。あとは、長回しもやったことがなかったので、そこも自分の中ではインパクトが大きくて、ぜひ挑戦してみたいという気持ちでお受けしました。前半部分は長回しの撮影があったので、それも新たな挑戦で、「こんなことができるんだろうか?」っていう気持ちもありつつ、楽しかったです。
――控室からロビーに向かうところを追っていたりする部分ですよね。
安野:そうです。会話してる向こうに見えているところに、どんどんフォーカスが当たっていくっていうカメラの動き方をしてるので。それはすごく新鮮でした。
――南役を演じるにあたって、どんなことを考えましたか?
安野:役のイメージはもちろんお聞きしたり、台本を読んで想像したりしていました。本番の会場に入る前に数日間、みなさんで集まって動きの確認をする時間があって、そのときにみなさんと初めて顔合わせしたのですが、みなさんすごく個性豊かな方々で、南が一番普通かも知れないって思いました(笑)。なので逆にもう、「普通で行こう」と思って、ナチュラルに演じました。
――そういう個性的なキャラクターがてんやわんやしている中で、南の存在が浮かび上がってくるような感じを受けました。
安野:本当に私はナチュラルに、ただその場を必死にうまくやろうとしているっていうキャラクターで、みなさんが盛り上げてくださるので(笑)。それは役柄的にもですし、自分のキャラクター的にもちょうど合っていたなと思っていて。割と自然にその場にスッと入れたなっていうふうに思っています。
――素顔の安野さんに近い感じですか?
安野:私はもうちょっと、テキパキやっちゃうかもしれないですけど(笑)。割と素に近い部分もあったと思います。疲れて寝てしまうシーンとか、お弁当がすごく美味しく感じるシーンもあるんですけど、本当に疲れてたしお腹も空いていたので、あれは本当に素で演じさせていただきました(笑)。
――中盤からは実際のゴスペル・コンサートの模様が楽しめますが、ゴスペル自体についてはどう感じていましたか。
安野:『天使にラブ・ソングを…』とか、ゴスペルを取り上げている映画はいくつか観たこともあるんですけど、あんまり自分の生活に絡んでくることがなかったんです。ただ、撮影に入る前に飯塚監督にお誘いいただいて、〈横濱ゴスペル祭〉という、ゴスペルグループのみなさんが全国から集まるイベントに行かせていただいて、そのバックステージも実際見せていただいたんです。そこからいろいろ勉強して教えていただいて、ゴスペルって日本人だとなかなか触れることのない音楽だと思っていたんですけど、歌うことだけじゃなくて踊る方もいらっしゃるし、結構自由なんだなっていう印象に変わりました。
――伝統的な音楽だけど、それをみんな自由に表現しているというか。
安野:そうですね、そう思いました。
――「歌うだけがゴスペルじゃない」っていう南のセリフがありますよね。ゴスペルっていうものをテーマにしつつ、いろんな人の人生へのメッセージも込められているのでしょうか。
安野:ゴスペル自体のことで言うと、例えばミナト君(上村侑)がダンスを踊ってるシーンで一緒に踊ってらっしゃる男性の方たちは、実際にゴスペルでダンスを踊ってる方々なんですよ。そういう具体的な部分で、「ゴスペルって歌うだけじゃないんだ」っていうところもあります。ただ、確かに自分の人生にも置き換えられますね。例えば最近、「現場に入ってカメラが回ってるときだけが役者じゃないな」みたいなことも考えたりするんですよ。実際はカメラが回ってるときが本番かもしれないけどそのときだけじゃないし、もう普段の人生の知識やカルチャー全部が、そこに持っていってくれるなっていうことは、最近すごく考えているんです。
――それは、役者としてキャリアを積んでいく中で、いろんな場面に直面して思うところがあったんですか。
安野:そうですね。なので、「歌うだけがゴスペルじゃない」とか、「何々だけが何々じゃない」って、何にでも当てはまるなと思っていて。もう、全部が私の中で学びで、全部が自分の血となり肉となると思って、最近生活しています。
――まさに、『雨ニモマケズ』という心境なわけですね。
安野:本当そうですね。宮沢賢治の詞はすごく良い詩だし、飯塚監督もおっしゃっていたんですけど、「字を見てもすごくいい詩」だなと思ったんです。画面に縦書きで詩が言葉と一緒に出てくるシーンがあるんですけど、画面を観ながらすごく胸に刺さりました。今回の映画で改めて、良い詩だなって思いました。
――よく考えたら、ゴスペルの映画でタイトルが『雨ニモマケズ』ってなんでだろう?って思いました。
安野:私も思いました(笑)。それは別の取材で飯塚監督にいろいろ聞いて、「そうだったんだ」って、今さらながら気づいたこともありました。
――『雨ニモマケズ』っていう言葉の象徴的な存在が南なのかなと思いました。ただ、南はゴスペルシンガーだけど、劇中では歌わないですよね。
安野:南は、何かを信仰していてゴスペルを歌ったわけじゃないのかなって私は思っていて。この作品の中でも、「みんなで作り上げる」っていうことだけで動いてますけど、もしかしたら、みんなと一緒にいる空間が好きなのかなとは思っていて。きっかけとしては自分がゴスペルの何かを信じてこのクワイアにいるわけじゃないけど、「やっぱりこのメンバーと一緒に物を作りたい」っていうところで、動いてる人が南なんだろうなとは思っています。
――安野さんが俳優になったきっかけってなんだったんですか?経歴を見ると急に役者にハンドルを切ったような印象ですけれども。
安野:あはははは(笑)。元々、正直あんまり家でテレビを好んで見るタイプではなかったんです。結構昔から、習い事とお勉強をしてるという感じだったんですけど、高校2年のときの文化祭でクラスで演劇を作らなきゃいけなくて。そのとき当時のクラスメイトで今カメラマンをやってる友だちに、「お芝居をやらないか」って言われたんです。でも、あまり人前に出るタイプでもなかったので1回断ったんですけど、結局やることになって、『シックス・センス』っていう海外映画のコールっていう男の子の役をやったんです。そうしたら、すごくお芝居が楽しいなって思って。今とはまたちょっと違うんですけど、そのときは普段自分がいろいろ表に出せないものも全て乗せて、コールとして生きるその瞬間楽しくて。それから高校3年のときの文化祭では映画で主演をやって、2年連続でお芝居に触れる機会があったので、「お芝居をやりたいな」っていうことはずっと考えてました。
――そこから大学に進学したんですよね。そのときは役者の道とは別のことをやっていたんですか。
安野:「とにかく勉強!」っていう家だったので(笑)。早稲田大学の建築学科に行って、一回役者から離れて勉強の方に行ったんです。でもやっぱり物を作るのが好きで、広告の裏方の仕事とかしたいなと思って、大学を卒業した後に、武蔵野美術大学の大学院に2年間通いました。そのときから少しずつ美容室のモデルをやったり、ちょっとずつ広告の仕事とかをやらせてもらっていたんですけど、一番やりたいのがお芝居だったから、オーディションを受けたりして役者の道に進みました。
――自分のやりたいことがあったら、遠回りしても諦めないっていう意思の強さを感じます。
安野:人生1回きりなので(笑)。後悔のないようにしたいなって。親ももう今は応援してくれていますね。
――人前に出たりタイプじゃなかったとのことですが、学生時代に部活は何かやっていたんですか。
安野:中学、高校はバスケとか空手をやっていて、大学ではスキーをやってました。結構運動は好きですね。最近あんまりやってないですけど(笑)。たまにキックボクシングをやってます。
――空手経験もあって、総合格闘技がお好きなんですね。
安野:そうなんですよ。SNSで唯一毎日必ず見てるのが格闘技の情報かもしれないっていうぐらい、総合格闘技は好きですね。柔術とか空手とか、いろんなルーツがある選手がいて戦うところがいいなと思っていて、国内外の試合もよく観てます。最近は柔術とかも面白いなと思うし、いつかやってみたいですね(笑)。
――ちなみに、普段音楽って聴きますか?
安野:9年間ぐらいピアノをやっていたので、最初はクラシックからスタートして、小学校のときには金管バンドもやっていて、4年間ぐらいですけど、トロンボーンとか金管楽器もやってました。映画を観ることが増えてからは、映画音楽も聴くようになりました。音楽を聴くとき、結構歌詞を重視して聴いてますね。映画『エリザベスタウン』の劇中歌に結構好きな曲がいっぱいあるんですけど、その中に「My Father’s Gun」(エルトン・ジョン)という曲があるんです。戦争に行くときに父からもらった銃を持っていくみたいな話なんですけど、そういう結構ストーリー性がある歌詞が大好きで、歌詞はすごくよく見ます。
――これから役者として、どんな夢を持って活動していきたいですか。
安野:今はとにかく自分の中からちゃんとそのセリフが出ちゃってるように、きちんと自分の言葉として語れる役者になりたいな思っています。私の中でいつも、「人生一生学び」だって思ってるんですけど、常にいろんなところから吸収して、多分無駄になることは1つもないから、カルチャーもそうですし、人との出会いもそうですし、そういうものを大事にしながら、どんどん分厚い人間になりたいなと思っていて。そういう生きざまが役者として垣間見れるような芝居ができるようになりたいです。
――では最後に『雨ニモマケズ』について改めてひと言お願いします。
安野:『雨ニモマケズ』、この作品は本当に私が初めてゴスペルを見たときに、「楽しいな」っていう、本当に胸が震えてワーッてこの会場で楽しんでるっていう感覚があって、それをみなさんにも感じてもらえたら嬉しいです。なので、むずかしいことを考えずにただただ楽しんで観てもらって、「ゴスペルってこういうものなんだ」っていうのを、みなさんに知っていただけたらなと思っています。
取材・文・写真:岡本貴之
映画情報
『雨ニモマケズ』(2024年|90分|日本|5.1ch)
製作・配給:ガチンコ・フィルム
監督:飯塚冬酒
2025年2月より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
出演:安野澄 / 諏訪珠理 / 上村侑
木村知貴 / 山中アラタ / 中野マサアキ / 和田光沙/ 福谷孝宏 / 深来マサル / 山崎廣明 / 宇乃うめの / 三森麻美 / 片瀬直 / 富岡英里子 / 笠松七海 / 生沼勇 / 神林斗聖 / 南條みずほ / 小寺結花 / 尾込泰徠(子役)
梅垣義明 / 東ちづる(特別出演)
・オフィシャルウェブサイト
http://g-film.net/ame/
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