五分五分プラスアルファの農業コンサルタント〜河﨑秋子『森田繁子と腹八分』
品川ナンバーの赤いBMWを軽快に走らせているのは、深紅のパンツスーツの女性だ。耳には大ぶりの金のイヤリングをつけ、首にはチェーン模様のスカーフを巻き、紫色のサングラスに赤いハイヒールと気合が入っている。80年代の六本木とかが舞台なの?と思われる方も多いだろうが、全然違う。BMWが停車した場所は、札幌から車で約1時間ほどの場所にあるのどかな農場だ。ド派手なバブルファッションに身を包んだバッチリメイクの主人公の名は、森田繁子。100キロ超級?と思われるような迫力ある体格で、職業はなんと!農業コンサルタントなのである。
登場からインパクトが強すぎて、依頼人の農場主もびっくりだ。私も最初は思考停止気味になったが、第一章を読み終えた後には、森田繁子に依頼をしたくなっていた。(農業、やってないだろ!)
農場主の四谷登が、繁子が社長を務める森田アグリプランニングに依頼をしたのは、近くの山林を購入して引っ越してきた移住者との間に困り事があるからだ。坂内みずほは、在宅でシステムエンジニアをしている礼儀正しくおとなしい感じの女性である。慣れない暮らしに困っていたら助けになりたいと最初は登も思っていたのだが、すぐに問題が起きてしまった。農作物を食い荒らす鹿を追い払うためには、ハンターが山林に入ることが必要だ。むやみに鹿を撃ちたいということではなく、地域の産業にとって死活問題なのである。だが、みずほはそれを理解してくれない。土地に入って山の中を歩くだけでも威嚇になるので、それだけ許可してほしいと地元の農家たちと一緒に頼んでも、首を横に振るばかりだ。なんとか説得して、山林に入れるようにしてもらいたいというのが、登の希望である。
「お互い事情を酌んで意見を譲り合ったなら五分五分です。そこにプラスアルファの提案をして、お互いに腹八分となるように調整するのが私の仕事です」と繁子はいうが……。
見た目の圧は強いが、話し方は柔らかく丁寧である。車にはスニーカーやら作業着やらが入っていて、必要とあらばすぐに着替える。訪問先で出された食べ物は、120%美味しそうに、そして豪快に食べる。農業については優れた知識とひととおりの技術があり、自ら作業することも厭わない。得体の知れない調査能力と洞察力により、本人たちすら気づいていなかった問題を炙り出す。いうべきことは、相手を怒らせてもビシッという。登もみずほも、他の案件の依頼者たちも、気がつくとそんな繁子に心を許している。そして、その予想外で的確な提案を受け入れ、「腹八分」が実現している。
何かがうまくいかない時、0か100かで判断しがちだけれど、どちらかが一方的に悪いなんてことは、本当はあまりないのだと思う。同じことを目指しているはずなのにちょっと方向がずれていたり、本質的な問題から目を逸らして気がつかないふりをしていたりして、いろんなことがややこしくなってしまうことって、どんなところでも起きているのだろう。ちょっとした譲り合いや想像力で、解決できることだってきっとあるはずなのだ。気がつくと、自分の抱えている問題についていろいろなことを考えていた。
同時に、誰かが作ってくれたものや、動物のたちの命を、私は毎日食べているということにも、改めて気付かされた。おいしいものを作っている人々や命に対する感謝と食欲が、じわじわと湧いてくる小説だ。
物語の中でチラチラと披露される繁子のグローバルな経歴や謎めいた人脈、娘との微妙な関係も気になるところである。筋肉系の学生アルバイト・山田君や、暴れん坊のヤギ・ジョニーにも愛着が湧いてきている。美味しいものを豪快に食べる繁子の姿を、もっと楽しみたい。続編、あるんだよね?と思って調べてみたら、嬉しいことに、日本農業新聞で続編の連載が始まっているではないか。森田繁子に再会できる日が、今から楽しみだ。
(高頭佐和子)
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