子育て応援賃貸1階にフードコート!? シェアキッチンで街の住民が得意料理ふるまい、交流で子どもにも変化 「オラ・ネウボーノ」東京都墨田区
2024年春、東京都墨田区の賃貸マンション1階に「オラ・ネウボーノ」が誕生し、話題になっています。曜日や時間でさまざまなお店が出店する3つの「シェアキッチン」があり、フードコートのようにそれぞれのお店のメニューをテーブルで思い思いの食事を楽しめるほか、センスのよい雑貨なども販売されています。手掛けたのは、「1階づくりはまちづくり」をモットーにした「喫茶ランドリー」をはじめ、街の新しい居場所を次々と生み出している田中元子(グランドレベル)さん。ユニークな施設が生まれた背景と今後の思いを聞きました。
“孤育て”にならない! 居心地よく自然と人の輪が広がる
「オラ・ネウボーノ」が誕生したのは、東京都墨田区、菊川駅(都営地下鉄新宿線)から徒歩3分にあるマンションの1階。大通りに面しており、取材で訪れると、店頭は何やら楽しげな雰囲気。この「オラ・ネウボーノ」に足繁く通っているのは、Sさんと娘さん。上階のマンションの住民でもあります。
ベイビーの笑顔はまわりを明るくします。何ものにも変えられない宝(写真撮影/片山貴博)
Sさんはこの春、「ネウボーノ菊川Ⅱ」に引っ越してきました。子どもが増え、前の住まいが手狭になったなと感じていたところ、SNSで「子育て応援賃貸マンション」を発見。子育てしやすい室内設計に加え、子育て・保育の専門資格を持つ管理人、住人専用の託児(一時預かり)スペース、家族が泊まれるゲストルームなどの共用部分が気に入り、転居に至ったといいます。
Sさんのお住まい。感電防止のコンセント、角や柱の角を丸くする、指はさみ防止、扉の向きなど、小さなお子さんとの暮らしの安全性がすみずみまで考慮されている(写真撮影/片山貴博)
Sさんが転居してきてすぐ、1階に「オラ・ネウボーノ」のオープンイベントが開催されました。実は夫は仕事柄、田中元子さんが手掛けた「喫茶ランドリー」を知っていたそうで、その田中さんが手掛けるシェアキッチン「オラ・ネウボーノ」についても、興味深く見守っていたのだとか。
「いったいどんな施設ができるんだろう、と夫婦で話していて。オープン後、楽しみにシェアキッチンに通い、フードコートを利用するうちに、だんだんと顔見知りが増えていき、自然とうちとけました。ちょうど娘は人見知りが終わったころだったので、この場所があることで、人と出会い、話したり交流することが大好きになったみたいです。いつもご機嫌がよいのでたくさんの人に愛されているなと感じます(笑)」と話します。
焼き立てのお菓子を試食。娘さんはみんなに愛されるアイドル(写真撮影/片山貴博)
Sさんは妊娠中~出産後はコロナ禍で、都心部の住まいだったこともあり、ママ友もなかなかできなかったといいますが、ここに転居後、自然と人の輪が広がっていったそう。いてもいいし、いなくてもいい。この絶妙な居心地のよさは「オラ・ネウボーノ」の企画、デザインのなせる技なのでしょう。
では、どのようにして「シェアキッチン&まちのフードコート&物販」というお店ができたのでしょうか。手掛けた田中さんに聞いてみましょう。
大家さんの思いで生まれた交流を育む「シェアキッチン&フードコート」
「2021年3月、『喫茶ランドリー』を知ってくださった大家さんが、二棟目の子育て応援賃貸マンション『ネウボーノ菊川Ⅱ』の1階テナント区画に『喫茶ランドリー』のように人が集まる空間をつくってほしい、とお話をくれたのがはじまりです」と田中元子さん。ただ、田中さん自身は喫茶ランドリーを増やすつもりはなく、当初は断るつもりでした。
子育て世代にはおなじみで、とっても助かる「フードコート」。おしゃれでいて、気さく。その絶妙な塩梅がすてきです(写真撮影/片山貴博)
「2018年にオープンした『喫茶ランドリー』は、地域にひらいた施設として注目されたこともあって、これまで日本中から出店しませんか、というお誘いを受けることが度々ありました。ただ、そもそも増やす気持ちはなかった上に、今回の敷地は、『喫茶ランドリー』から徒歩15分ほどだったので、同じものをつくることはお断りをしました。『喫茶ランドリー』は、グランドレベルという会社から見て『私設の公民館』と位置づけています。今回の場合は、大家である萬富(まんとみ)さん、新しく建つ『ネウボーノⅡ』から見て、『私設公民館』のような場所になるのであれば存在意義はある。新しい施設の在り方について、自分たちが求めるマンション、周囲が求める施設について、大家さんと話し合いを重ねていきました」(田中さん)
実は、子育て賃貸マンション「ネウボーノ菊川Ⅱ」を企画していた大家・萬富さんは、170年以上の歴史を持つ会社。江戸時代の材木業から不動産業に業態を変えて発展してきた下町のデベロッパーです。地域に根ざした企業のため、どこよりも街に責任を感じているのでしょう。通り過ぎられるだけの「街」の雰囲気を変えたい。できたらマンションに暮らす子育て中の親御さんたちが、周囲に暮らす人々が気軽に集まれる場所がほしいという思いがありました。
「あれ何のお店……?」とふらりと立ち寄りたくなる店構え(写真撮影/片山貴博)
「この場所は、菊川駅から徒歩3分と立地はよいのだけれど、素通りしてしまって、立ち寄れる場所がないんですよね。せっかくであれば、引越してきた新しい住人と今まで暮らしていた人が、何か自然なかたちで同じ場所を使ってほしいと思っていました。あと、子育てマンションなので、その世代の人たちが助かる場所がいいな、というリクエストもあって。話し合いを重ねていく中で、私たちがお店をやるのではなく、いろんな方々が気軽に出店できる複数のシェアキッチンを持つフードコートなら来やすいよね、加えて物販もしたら、という形態になっていきました」(田中さん)
大家さんも企画から加わりつくりあげていき、「オラ・ネウボーノ」の賃料はシェアキッチン稼働率に応じて変動するという契約に。単なる大家とテナント運営ではなく、お互いに協力体制をつくることにしたのでした。
オープン後は想定外! 思った以上に地域に「ひらく場所」に
田中さんの企画は、ひとつとして同じものはなく、いつも想定外の連続。今回の「オラ・ネウボーノ」も例に漏れずぎりぎりまでプランがかたまらなかったそう。
「最初は、飲食店を入れつつも、物販やさまざまな活動ができるスペースなどを複合的に考えていました。店舗の面積が最後まで決まらなくって。ぎりぎりまで細かい部分を調整していって、最終的に異なる特徴を持った3つのキッチン(店舗)+物販ができる場所とすることに。お店の入口側から、ドリンク主体のキッチン、オーブンを備えた焼き菓子やケーキ用のキッチン、奥に食事をメインとしたキッチンとしました。お店そのものを、どう表現すべきかということも迷ったのですが、どのお店で購入したものであっても、自由な席で食べられるので、『まちのフードコート』と呼ぶことにしました」と振り返ります。
喫茶ランドリーの1号スタッフであるさおりさん。「オラ・ネウボーノ」ではケーキ屋さんをやりながらコミュニケーターとしても腕をふるっています。Sさん親子ともすっかり顔なじみ(写真撮影/片山貴博)
肝心なのは、場である「シェアキッチン」をどのようにして使ってもらうか、ということです。出店者の見通しはあったのでしょうか。
「オープンにあたって、数ヶ月前から何度か説明会を開きました。はじめて出店されたい方、経験者の方、仕込みだけの利用の方など、手応えはあったのですが、2024年5月のオープン時は、半分以下の稼働率で。お店が開いていない日の方が多かったです。うちは単体のお店ではなく、3つのお店があるので、出店者の方も来店者の方もそれが楽しみとなります。そのことが、少しずつ口コミで伝わっていって、出店してみたいという方が増えていきました。地域の人はもちろん、遠方からもお申し出が多いんです。個性豊かな出店が続いていきながら、多くの人に愛される場所になっています」(田中さん)
取材時にキッチンAで出店したいたのは台湾茶と台湾スイーツのお店「台湾茶房」(写真撮影/片山貴博)
奥のキッチンCは「ちくら製作所」。水曜日、金曜日に地域の人にも人気の千葉県の魚介、野菜を活かしたラーメンが食べられます(写真撮影/片山貴博)
こうした思わぬ出来事を、田中さんはうれしそうに話します。
「自分の想定通りにするために、一生懸命、取り組む人もいますが、私は一番がんばりたいのは、自分が想定しないようなことを誰かが楽しそうにしてくれることなんです。要は思い通りにならないことを楽しみたい。そもそも思い通りにならない方がメリットがたくさんあるじゃないですか。ルールはゆるいほうがいいし。思いもつかないことを拾って、アイデアを出し合っていうのがクリエイティブだし、すごくいい。お店だって体調が悪いから今日は休みます、だっていい。人間らしさを取り戻すってそういうことだと思うんです」と田中さん。
おやつはもちろん、朝ご飯にもしたいスコーン。出店者が焼いているので、お店には焼き立ての甘く幸せな香りが漂います(写真撮影/片山貴博)
居心地のよい場所づくりは、人のつながりを生み、才能を揺り起こす
「オラ・ネウボーノ」ができたことで、地域に眠っていた才能や交流が生まれているといいます。冒頭に出てきたSさんは「オラ・ネウボーノ」で開催されていた日曜日のマルシェで手づくりのバッグを購入しました。実はこのバッグ、ご近所のおばあちゃんが手づくりしているもの。おばあちゃんがマルシェのスタッフに「私がつくったバッグも売れるかな~?」と相談を持ちかけて、マルシェの店頭に並んだという「物語のある」アイテムなのだそう。
バッグひとつにも作り手、買い手の思いがあるって、本当にすてきですよね。
Sさんが肩からかけているのが手づくりバッグ。ご近所のおばあちゃんの作品(写真撮影/片山貴博)
田中さんは、こうした市井(しせい)の人々のクリエイティブな行動について、以下のように話します。
「自分の家以外の場所でも、生産的な活動ができるというのを投げかけたいんですよね。今、自分の家以外の場所では、すべて消費行動になることに対して、違和感があるんです。『喫茶ランドリー』でも『オラ・ネウボーノ』でも、役割や肩書、役割を超えて、ちょっとでも何かを試みるという場所になったらいいなと」(田中さん)
喫茶ランドリーでは、「どんな人にも自由なくつろぎ」とうちだしていましたが、「オラ・ネウボーノ」でもそれは変わっていません。「街の人が、どれだけ自分の町を使えるか」「居場所をもてるか」を大切にしています。
「今って、街の中を見渡してみると、イヤホンをしてスマホを見て、まちや人に関心をもたなくなってしまっている人も多いと思うんです。でも、街にいてもいいよというサインを出したり、ちょっと違う活動がうまれるきっかけをつくるとまた違った側面が発揮できると思っていて。今、店頭には雑貨や本を置いていますが、もっと他の人にもたくさん入ってきてほしい。本当に立派なものじゃなくていいんです。たとえば、中古服とか使い古しおもちゃとか。子ども服やおもちゃって、フリマアプリでも売れるけれど、もっと顔の見える手放し方、価値のうまれる使い方をしてもらえたらいいな」(田中さん)
店舗の一部で雑貨や衣類、書籍の販売がはじまっています。もっとこうした物販を増やしていきたいとのこと(写真撮影/片山貴博)
開発圧力の高い都市部は、きれいな高層ビルが立ち並ぶ反面、景色は画一的で、どこか味気なくなりがちです。安全のためのルールだらけで、ときに居場所がないな、息苦しいなと感じることすらあります。そんな1階の開発に対して、「それでいいの?」と投げかけたのが、田中さんの立ち上げたグランドレベルだと思うのです。マンションに住む人も、近所に住む人も、たたずめるような居場所があり、思い思いにのんびりと過ごせる、いわゆる余白があることこそが、今、まちや都市に問われているのではないでしょうか。
「1階が変わればまちが変わる」を合言葉に開業して今年で8年。当初は「なにそれ?」だったという反応も、「これこれ!こういうのがほしかったの」と理解が広がるようになりました。ひとつの店舗から、またひとつ、ひとつ。糸がつながって縁になるように。1階の革命は、確実に人々をひきつけつつあります。
●取材協力
オラ・ネウボーノ
株式会社グランドレベル
株式会社萬冨
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田中元子さん
株式会社グランドレベル代表取締役。「喫茶ランドリー」「オラ・ネウボーノ」オーナー。ライター・建築コミュニケーターとして、建築関係のメディアづくりに従事。2016年「1階づくりはまちづくり」をモットーに、豊かな1階づくりに特化した株式会社グランドレベルを設立。空間・施設・まちづくりのコンサルティングやプロデュースなどを全国で手がける。2018年私設公民館として「喫茶ランドリー」開業。2019年より街中にベンチを増やすための活動「TOKYO BENCH PROJECT」を始動。主な著書に「1階革命」(晶文社)「マイパブリックとグランドレベル」(晶文社)ほか。
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