元防衛省職員が過疎地にUターン、1人きりで地域情報誌を創刊した結果。50人以上の仲間が集い地域が熱を帯びていく ドット道東・北海道
過疎化が進む地域にUターン後、1人で活動を始め、徐々に仲間が集まり始める。面積3万平方kmにおよぶ北海道の道東エリアで50人以上の20~30代の若い世代が中心となり、地域活性のチャレンジが続いています。
その中心人物は一般社団法人ドット道東の代表の中西拓郎さん(35歳)。いま、道東エリアで何が起きているのでしょうか。中西さんの働き方、そして地域暮らしの現状も踏まえて話を伺いました。
最初のキャリアは防衛省。都市部に住みたかった
人口は北海道全体の2割に満たないが、広域な道東エリア(資料提供/ドット道東)
北海道の「道東」といわれてどの辺りを指すかピンとくる人は多くないかもしれません。帯広、釧路、北見や網走などの地方都市が点在し、面積は九州地方全体の大きさに匹敵します。
道東エリアの北見市出身でドット道東を創業した中西さん。そのキャリアスタートは意外にも、防衛省職員でした。高校卒業後に千葉県で国家公務員として働いてきた経歴があります。
動機の一つは「何もない地元を離れたかったから」。多様なカルチャーが集まる都市部で暮らせることが20歳前後の中西さんにとって魅力でした。
現在のキャリアにつながる契機の一つになったのは、2011年に起きた東日本大震災です。防衛省職員であったものの自衛官ではなかった中西さんは、被災地で直接業務にあたることはありませんでした。
東北の被災地で貢献する同僚の姿を眺めながら、「自分にしかできない仕事は何か」を深く考えるようになります。
中西拓郎さん(写真撮影/米田友紀)
都市部での暮らしが5年過ぎ、人混みの中で移り変わる流行をゴクゴクと飲み込みながら、同じように地元を離れた友人たちに会うと出るのは「地元に帰りたいな」という話だったといいます。
「地元は何年経っても“帰る”場所であり、“遊びに行く”という感覚にはならないことが不思議でした。自分たちのベースはいくつになっても地元にあるんだな、と気づいたんです。ですが、地元に帰りたくても仕事の情報も暮らしの情報もどこにも見つからない。同じように困っている人は多いのではないかという思いを強くしていきました」(中西さん)
自分にしかできない仕事は、離れた地元にあるのかもしれない。中西さんは2012年に防衛省を退職し、25歳の時に地元である北見市に帰ることを決断します。
北海道北見市(画像提供/ドット道東)
誰にも求められていない締め切りを切り続け、1年で8冊
市内のデザイン会社に勤めたのち、独立した中西さんは地元に帰る目的であった「地元の情報を届ける」ことを始めます。2015年に若者向けの情報誌を創刊し、ほぼ一人で取材、撮影、デザインを行い1冊80ページのボリュームで冊子を作り上げていきました。つくったのは1年間で8号分。600ページ以上を1人でつくり続けました。
独立し情報誌を創刊した頃の中西さん(画像提供/中西拓郎さん)
「当時話題にはなりましたが、自分が思い描いた“いつか地元に帰りたい人に情報を届ける”ことを達成することは、到底無理でした。誰にも求められていないような締め切りを自分で切り続けて、1年間何とか制作を続けましたが、想定発行部数に届かず大量の在庫が今でも実家の物置に置いてありますし、資金面では人には言えないほど苦労しました。しんどい思いをたくさん嚙み締めました」(中西さん)
地元の情報を多くの人に届けるという当初の目的は果たせなかったものの、情報誌づくりは思わぬ機会をもたらすことになります。
取材をする、というアクションから数多くの道東エリアの人とつながりを持ち、道東の人が持つ課題やニーズの解像度が高くなっていったのだそうです。
(画像提供/ドット道東)
DIY的なイベントに、全国から人が集まる
道東は3万平方km以上の面積に人口は89万人と、札幌市に集中した197万人と比較しても半数に満たず、「人材」は散らばった状態にあります。
中西さんは道東エリアでの取材を通して出会ったオホーツク、十勝、釧路と各地に点在していた共通した地域への課題感を持つ人たちとともに、2018年に道東誘致大作戦と題した道東各地をめぐるイベントを開催します。
このイベントがヒットしたのです。SNSを活用した道東各エリア対抗の応援合戦や2泊3日で道東の地域暮らしを体感するツアーなどで実際に道東エリアに足を踏み入れるきっかけづくりに成功し、メディアでも取り上げられ話題となりました。
驚くのが、この規模のイベントが企業や自治体などの大きなスポンサーがついたわけでなく、「ただの個人の集まりからはじまったDIY的なイベント」だったということ。個人の集まりから“この指とまれ”形式で道東に人が集まってきました。
2泊3日道東ツアーのトークイベントは網走で開催。アクセスが便利とはいえないローカル地域に兵庫、長野、東京から6名のゲストが参加。クラウドファンディングでは98名が支援した(画像提供/ドット道東)
イベント資金は当時まだ事例が少なかったクラウドファンディングで調達し、目標金額を大きく上回り達成。多くの人が関わり、実際に道東への誘致に成功したイベントとなりました。
このイベントが「ただの個人の集まり」を一緒に進めていくチームにする契機になり、翌年には道東エリアの釧路市や帯広市、大樹町など散らばった場所を拠点としていた仲間が集まり、一般社団法人ドット道東を設立します。
「地元の情報を届ける」目標、8年がかりで実を結ぶ
中西さんらは「団体の名刺代わりになるものを」と考え、法人設立の翌年2020年には、アンオフィシャルガイドブック『.doto』を刊行。クラウドファンディングでの支援金は約400名から目標100万円の300%を超える335万円を得て支持されました。
地域に根ざし活動し、地域に精通している人が本当にオススメしたい道東暮らしを伝える1冊は、自社流通で5000部が1カ月で完売し、増刷。全国の書店でも販売され、「日本地域コンテンツ大賞」にて「地方創生部門最優秀賞(内閣府地方創生推進事務局長賞)」を受賞しました。
このガイドブックにより、25歳の時に地元にUターンした中西さんの願いであった「地元を離れた人に情報を届ける」ことを8年越しで実現することになります。
「この1冊をきっかけに、道東に帰りたい、住みたい、という人がたくさん現れたんです。SNSや対面でもガイドブックの反響を数多くいただきました。自分1人で月刊誌をつくった時には全く届けられなかったのに、行動し続けるうちに仲間ができ、ようやく道東の面白さを1冊にして届けることができました」
「地域の人の力でつくった」ことを表現し“アンオフィシャル”と冠した(写真撮影/米田友紀)
その後、2022年には道東にある阿寒摩周国立公園の近くに住む人の声を丁寧に伝える冊子「自然の郷ものがたり 阿寒摩周国立公園の暮らし」を制作。住民が誇りを持つ土壌づくりにつながるブックレットとして評価され、2022グッドデザイン賞を受賞します。
また、道東に「帰りたい」「住みたい」人たちに仕事情報を伝えるため、求人メディア「道東ではたらく」もスタート。さらに道東エリアの企業への学生を対象としたインターンシップイベントやコミュニティづくりなど、事業領域は多岐にわたっています。
ドット道東は現在9人のボードメンバーのほか、パートナーは50人以上。道東の企業や自治体と協業し、地域の課題解決に取り組んでいます。
ドット道東ボードメンバーやパートナーたち。ボードメンバーは道東のさまざまなエリアで居住しているためリアルでそろうことは珍しいそう(画像提供/ドット道東)
道東への関わり方は人によってさまざま
今年5月には昨年に続き2度目となる札幌での道東インターンシップイベントを開催。筆者が取材に行くと学生を中心に50人が集まっていました。
参加していた北海道大学3年生の女性に話を聞くと、昨年実際に釧路市内の企業でインターンシップに行ったとのこと。女性は静岡県出身で大学は札幌市内にあり、札幌から300km離れた釧路市とは縁があったわけではありません。女性はインターンシップに参加した理由を教えてくれました。
「もともと出身が田舎だったので、卒業後はローカルエリアで働きたいという気持ちがあります。今は大学があるので札幌に住んでいますが、自分にとってはちょっと都会すぎて。昨年道東イベントに参加して心地よかったので、今年も参加しました。今年もご縁があったら道東の企業にインターンに行きたいと思っています」
ほかのインターンシップイベントとは違い、ぐいぐいと就職活動の話にならず気軽に話せる、と女性は語ります。
ローカルで働くことの可能性を伝え、会場は熱気があふれていました。会場は札幌市のHOKKAIDO xStation01(写真撮影/米田友紀)
地域に関わるといっても、人によって志向はさまざまです。移住や拠点を構えるまで検討している人、仕事や地域活動で関わる人、観光・レジャーに来る人など関心のグラデーションはさまざまですが、関係性が変化し濃い関わりになる可能性も秘めている、と中西さんは語ります。
移住や人材採用などの自治体や企業の目線だけでなく、道東エリアにさまざまなグラデーションで関わる個人に対して取り組みたいと考えているからこそ、緩やかなつながりをつくる企画を生み出すことが可能なのかもしれません。
地方では自分の介在価値をバシバシ感じる
道東に「帰りたい」を叶えた釧路市出身の工藤安理沙さん(26歳)に話を聞きました。東京の大学卒業後にそのまま都内で働いていましたが、現在は道東エリアの浦幌町で宿泊事業などを行う株式会社リペリエンスに転職。ドット道東の広報も担当し、パラレルキャリアで活動しています。
左が工藤安理沙さん(写真撮影/米田友紀)
もともと大学時代の就職活動中に、地元に戻りたい気持ちがあったという工藤さん。ですが地元企業の採用情報を確認できても、実際に働いている人の声などUターンして働くイメージが持てる情報が得ることができず地元での就職活動にためらいを持ってしまったそう。戻りたくてもそのきっかけに出合えなかったといいます。
東京で暮らしていた工藤さんはドット道東の活動をSNSで見つけました。20、30代メンバーが故郷で挑戦する姿は、「地元にとって絶対にやったほうがいいことをやっている」と感じたといいます。
ある時、ドット道東の発信情報を見ていると、自分がやりたいと思うポジションの募集をみつけました。同じチャンスは2度とめぐってこないかもしれない、と思い、応募を決意。工藤さんは道東に帰る決断をします。
故郷の景色。工藤さんお気に入りの一枚(画像提供/工藤安理沙さん)
「新卒で働いた東京の企業は同期が140人いて、自分の代わりは大勢いました。一方、道東では自分を個人とみてくれて介在価値があるように思います。役に立てている実感があるし、必要としてくれているのをバシバシと感じることができます」(工藤さん)
工藤さんに限らず、若い世代の地域志向は調査分析からも見えています。
「じゃらんリサーチセンター」がZ世代の価値観や旅行意識を分析したところ、「地域のためになること、貢献できることを選ぶ」がコロナ以前より大きく上昇し、Z世代の「地域貢献意識」の高まりがみえてきました。
リモートやオンラインでの学び方、働き方が柔軟になったことや、若い世代の都心居住率は年々高まり続け約6割となり、親世代からずっと都心部に居住していると「故郷と呼べる場所がない」こと。
また、中西さんのように地域に居を構え地域活性に向き合う若手への注目も要因の一つに挙げられます。
「地域」を強く意識する機会が増えていることで、地域で活躍することへの憧れ・かっこよさのような志向性が表れているとの見解もありました。
こうした若い世代を中心とした地域志向の高まりは、人口減少が深刻になる地方にとって希望の一滴になりうるかもしれません。
■関連記事:
Z世代は地域社会とつながる旅を志向。調査で分かった地域貢献意識の高さや地方移住の動きを解説
(画像提供/工藤安理沙さん)
「楽しく」の根底に、責任と危機感
ドット道東のビジョンを説明する言葉は「住むと決めた場所で楽しく生きたい」という一文から始まります。
制作した冊子やWebサイトはデザインが洗練され、イベントも若い世代が楽しく参加できる仕組みが磨かれています。「楽しく」を体現しながら地域課題の解決をめざすクリエイティブな仲間の集まりは、一言でいうとたしかにかっこよく映るでしょう。
ですが、ドット道東の運営にも関わる工藤さんは、東京でSNSを通じてみていた地元の姿と、実際にUターンして関わるようになった姿のギャップを教えてくれました。
「地域課題に対峙するプロジェクトは、実際はどれも思ったよりずっと泥臭いことが身に沁みました。東京でSNSを眺めていたときはもっとクールなイメージだったんです。でも、“住む人が楽しくなるからやったほうがいい”と思ったら、やったことがないプロジェクトでもとにかく形にしていく。がむしゃらに汗をかいて取り組んでいるんだと気づきました」(工藤さん)
(画像提供/ドット道東)
「楽しく」暮らすことを掲げる裏側には、地方のストレートな危機感と閉塞感があります。
「今年10年ぶりに消滅可能性自治体(※)が発表されましたが、道東の50自治体のうち、半分以上の29市町村が該当し、データ上は非常に厳しい結果です。90万人弱の人口が2045年には60万人台になるという推計が出ており、今でさえ極めて人口密度が低いエリアにも関わらず、何もしなければ今後一層加速する未来が待っています」(中西さん)
※消滅可能性自治体…20~30代女性が2020年から2050年までに50%以上減少し、最終的に消滅する可能性がある自治体
(資料提供/ドット道東)
「取り組むのは、自分がつまらない地域で過ごしたくないからです。世の中のためにとかかっこいい話で始まるわけではなくて、圧倒的に利己的な理由なんです」と中西さんは笑います。
自分にしかできない仕事を求めて、地元に戻ることにした中西さん。住むと決めた場所で楽しく過ごしたい。でも、今のままじゃまずい。そんな課題感を共有する当事者が50人以上集まり、道東という広いエリアでそれぞれが自分ができることに挑戦しています。
自分の暮らす地域なのだから、自分で課題を解決しなくてはならない。地域に暮らす一番の当事者として、課題が多い地域でオセロをひっくり返しています。
(写真撮影/米田友紀)
●取材協力
ドット道東
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