面白さと肌寒さが同居する”オカルト&ラブコメ”〜椎名軽穂 『突風とビート』

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誰にでもさりげなく手をさしのべる二家光(にけひかり)は、「ニケ」の愛称で呼ばれている。高校に入学して二ヵ月、その親切心があだとなって遅刻を重ねる彼女は、担任から呼び出しを受けた。マイペースなニケは言い訳もせずのらりくらりとかわすものの、常にはめていたイヤホンを没収されてしまう。

一方、クラスメイトの根元久楽(ねもとくらく)は、衣替えの後から学校を休みがち。彼と同じ通学路を使うニケは、以前、過剰な厚着をした根元が独特な女性たちに絡まれているのを見かけていた。彼の厚着の理由と女性たちの正体が気になるニケだったが、ある日、イヤホンの返却と引き換えに、根元の自宅へプリントを届けるよう頼まれて──。

前作『君に届け』(集英社)は『別冊マーガレット』(同社)で、番外編も含めて2005年から2022年の長きに渡り連載された。その終了から2年、著者の新作としては18年ぶりに発表されたのが本作だ。「描き続けること」の大変さを想うとともに、それでも描くことを選んでくれた著者にただ感謝したい。なお初回は62ページというボリュームで、主人公二人の出会いと個性豊かな面々が描かれる。

根元家を訪ねたニケは、そこで初めて、彼の周りにいる女性たちが「あの世の者」だと理解する。彼いわく、ニケは「生きてる人と死んでる人の区別がまるでついてないっ」。では根元はといえば、浮遊霊ガールズたちに日々からかわれてはいるものの、きちんと見わけはついている。だからこそ、人でも人でなくても同じように助けるニケを、ひそかに案じていた。

単行本に収録された著者の言葉を借りると、本作は「オカルトです!」。そう、確かに生者と死者の話だ。といっても、暗さやおどろおどろしさとは程遠く、むしろ自由な面白さに満ちている。たとえば浮遊霊ガールズたちの「昭和トレンディ霊・潤子」や「平成ガングロ霊・さや」といった名前だけでも、その一端は伝わるだろう。

そして、「ねくらくん」というあだ名で呼ばれていた根元を「ネモ」と名付け、「わたしのおばけよけになって!」と登校を促すニケは、霊の存在やネモの根暗さを自然と受け入れている。ネモはネモで、ニケの鈍さとしなやかさに驚きながらも、心配することはやめない。お人よし同士のふたりは、互いのテンポで歩み寄る。

さて、ここまでは「オカルト&ラブコメ」といえる本作だが、その実、端々には不穏さも漂う。ニケが友人たちと交わす会話は、一見とりとめがない。しかし彼女が「霊が見えて」「話せる」人だとわかった時、私たちが目にしていた風景も一変する。

死者の声は本来、生者には届かない。でもニケは、誰とも同じように言葉を交わす。一体誰が生ある者で、誰が既に亡き者なのか。初読時にはわからないその違いが、二読目にはくっきりと浮かび上がる。にもかかわらず、「会話の筋」はいずれもきちんと通っているのだ。他愛なさと肌寒さが同居する、計算されたネーム構成に舌を巻いた。

(田中香織)

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