抱腹絶倒のSFユーロビジョン小説〜キャサリン・M・ヴァレンテ『デシベル・ジョーンズの銀河(スペース)オペラ』

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抱腹絶倒のSFユーロビジョン小説〜キャサリン・M・ヴァレンテ『デシベル・ジョーンズの銀河(スペース)オペラ』

『宝石の筏で妖精国を旅した少女』『孤児の物語』など、流麗なファンタジイの書き手として名高いキャサリン・M・ヴァレンテだが、本書は、銀河系の知的生命体がそれぞれの種族の栄誉と存続をかけて、音楽コンテストで競うという壮大なるユーモアSF長篇。原題はSpace Opera。なんとも直球だ。2018年発表で、翌年のヒューゴー賞の候補となった。

 ヴァレンテがこの作品を書くきっかけとなったのは、知人のひとこと。「ハハ、きみはSFユーロビジョン小説を書くべきだよ」。ユーロビジョンとは、欧州放送連合加盟放送局が年次で開催している音楽コンテストで、各国代表のアーティストが生放送で演奏し、投票によって優勝者を決定する。ヴァレンテはこのユーロビジョンの大ファンで、本書でも、各章冒頭に各年の参加曲の題名が掲げられている。

 事態のはじまりはこんなふうだ。物語から直接引用しよう。〔デシベル・ジョーンズは異星人が侵略してきたとき、ヴィンテージのブロンズブラックのマックイーンのボディスーツを着て、ケバブの包装紙とスタジオから格安の値段で買い戻した最後のソロアルバム『オート・エロティック聖変化』四百枚と半分空になったロゼのボトルに囲まれてアパートの床で酔い潰れていた〕。

 かつて少しだけスターダムに輝き、いまはすっかり落ちぶれているロックアーティスト。パートはヴォーカル。その彼が、エイリアンによって、銀河の一大音楽コンテストにおける人類代表に指名されたのだ。

 ふたたび脚光を浴びるまたとないチャンス? いやいや、それどころか、たいへんなピンチかもしれない。なにしろ、彼がコンテストで最下位になれば、人類には本物の知覚力がないと判定され、種族ごと存在を抹消されてしまうのだ。

 まあ、われらがデシベル・ジョーンズは強い意志も特別の使命感もなし、なりゆきのままにバンド仲間(千の楽器を操る男オールト、ドラマー兼ヴォーカルのミラ)とともに、大宇宙への旅をはじめる。

「SFユーロビジョン小説」—-とにかく潔いくらい、メインのアイデアはこれ一本槍である。デシベル・ジョーンズが人類代表となり、音楽コンテストの会場となる惑星へ赴く過程のすったもんだ、そして伝え聞く過去のコンテストのアクシデントなど、夥しい小ネタがこれでもかと投入される。脇役として登場する奇妙なエイリアンたちの生態も楽しい。いちばんの読みどころは、実在するさまざまなアーティストや音楽業界についてのトリヴィアルで皮肉の効いた(愛情あればこその皮肉も含めて)言及である。

 本人が「ライナーノーツ」(通常なら「著者あとがき」だが洒落てこう表記している)で明かしているように、ヴァレンテはダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』から大きな影響を受けている。『銀河ヒッチハイク・ガイド』が大人気を博してシリーズ化されたのは周知のとおり。本書もそうなるかもしれない。とりあえず、続篇Space Oddity—-なんとデヴィッド・ボウイの名曲にちなむタイトル!—-が、この九月にアメリカで刊行予定だ。

(牧眞司)

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