現代人の暮らしが”バグ”る「虫村(バグソン)」に行ってみた! 不動産×テクノロジーの第一人者が、山奥に貨幣経済外の集落をつくる理由って? 神奈川県相模原市・藤野

安全で快適で、便利な都会の生活。なんの不自由はないけれど、本当にこれでよいのだろうかと思うことがあります。神奈川県相模原市の藤野で、暮らしに「バグ(※)」を生み出す里山の集落「虫村(バグソン)」をつくりはじめたのは、「不動産」とテクノロジーをかけあわせ、「場」を生み出してきた第一人者・中村真広さん。暮らしに「バグ」を生み出すとはどういうことなのか、宿泊して体験してきました(※バグ:プログラム用語で、制作者の意図と違う動作をする原因の総称)。
移住のきっかけは子育て。アーティストなどが多く暮らす「藤野」へ
中村真広さんは、コワーキングスペースを提供する「co-ba」、リノベーション住宅のプラットフォーム「cowcamo」などの事業を起ち上げ、建築と不動産×テクノロジーで、2010年代に旋風を巻き起こしてきた人です。もともと東京都内で暮らしていましたが、2023年、神奈川県相模原市の山奥・藤野へ引越し、新しいプロジェクトをはじめました。その名も「虫村(バグソン)」。バグは、虫の英語・BUG、プログラム用語としてのバグを掛けています。プラグラム用語のバグは「誤り」や「欠陥」を指す言葉ですが、最近では、「間違い」「不具合」「おかしい」というニュアンスで使われるようになっています。では、なぜ「移住」で、「バグ」なのでしょうか。ひとつずつ、順番に聞いていきましょう。
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虫村の第一期で完成し、今は中村さん家族が暮らしている「主屋」(写真撮影/桑田瑞穂)
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(写真撮影/桑田瑞穂)
「都内では、渋谷の賃貸マンションのあと、目黒で中古マンションを購入しました。目黒で家を購入したのは、結婚して、愛犬を迎えたタイミングでした。隣には大規模公園があって、愛犬と一緒に散歩もできて最高。マンションの管理組合を通して友人ができたりして、楽しく暮らしていたんです。その後、娘、次いで息子が誕生し、子育てするなかで、いろいろと考えるようになりました。東京にいると、塾通いとその後の小学校受験、中学受験と『コース』ができあがっていますよね。はたして、本当にそれでよいのだろうかと。それがはじまりです」と中村さん。
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中村さんに抱っこされる愛犬。大都会育ちですが、今ではすっかり里山のワンコに(写真撮影/桑田瑞穂)
中村さん自身、小学受験と中学受験を経験しました。妻も同様に、中学受験を経験してきたそう。それでも、ともに「自分たちの受けた教育で本当にいいんだっけ?」という疑問が、すべての出発点だったといいます。AIが普及するであろう将来、問題も答えも、より複雑になります。今の教育で対処する力が養われるのか、さらに自分たちの働き方や暮らし方、これからの社会のあり方を考えるうちに、自然と耳に入ってきたのが「藤野」という地名でした。
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中村さんが好きな藤野の風景。湖を取り囲むように森があり、聖域のよう(写真撮影/桑田瑞穂)
「仲のよいデザイナーさんが藤野で暮らしている、都心まで通勤している人もいる、藤野はおもしろい……という話をいろんな人からちらりちらりと聞くようになって。そのうち、シュタイナー学園があることを知り、子どもにもよさそうだ、と。移住先の候補として検討するようなりました」(中村さん)
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山の風景。稜線が美しく、移り変わる空の色、風など、「たくさんのものをもらっている」と中村さん(写真撮影/桑田瑞穂)
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(写真撮影/桑田瑞穂)
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サウナもつくりました(写真撮影/桑田瑞穂)
大切なのは子ども自身からの生まれる「意欲」。デジタル機器を減らした子育て
藤野とは、神奈川県相模原市緑区にある、旧藤野町のこと。中央線本線が通っており、新宿や東京までも1本で、1時間ほどでアクセスできます。藤野町は戦中に芸術家やアーティストが疎開して住んでいたこともあり、現在も多数の画家や陶芸家、クラフトマンやアーティストが暮らす芸術の町として知られています。
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主屋を灯す照明も地元のアーティストの作品。中村さんが「虫村」をイメージした作品を、と制作をお願いしました。空間になじみつつ、それでも作品としての存在感があります(写真撮影/桑田瑞穂)
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ドアノッカーも地元の作家さん作(写真撮影/桑田瑞穂)
また、独自性の高い教育で知られる「シュタイナー学園」(私立小・中・高一貫校)、持続可能な農業や人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくための発信を行う「パーマカルチャー・センター・ジャパン」などがあり、「次の暮らし」「したい暮らし」を求めて来る人が多く、単なる「田舎」ではない暮らしができるとあって、静かに人気を集めています。
「移住先としては自然が豊かな地域を候補として考えていました。たとえば、教育環境が整っているという逗子なども見学しましたが、自分たちにとって最もおもしろそうな変化が起きそうなのは藤野だろうということで、最終的にこのまちに決めました」とその決断を振り返ります。
都会であれば、私立校だけでなく塾や教室など、多数の選択肢もあります。安定した教育環境を捨てることに加え、将来、お子さんが社会に適応できるかの未知数な状況に、不安はなかったのでしょうか。
「これから先、AIが普及していくと、詰め込み教育で養われる知識量が意味をなさなくなっていく。では結局、大事なのはその子の『興味関心』『意欲』で、そこを大事にして伸ばしていきたいと。ここ藤野に引越してきてからは、子どもたちはスマホやタブレットは見向きもせず、ずっと山や庭にいます。虫や鳥、植物など刺激や発見がいっぱいあるし。忙しいみたいです(笑)」と中村さん。やはり、子どもは遊びの天才なんですね。普段、スマホや動画で子育てをしている親の一人として、耳が痛いです。
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(写真撮影/桑田瑞穂)
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畑では野菜を育てています。失敗も重ねつつ、デジタルよりもリアルな野菜や生き物のほうが楽しいようです(写真撮影/桑田瑞穂)
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娘さん作(写真撮影/桑田瑞穂)
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もとから生えていた桑の木の枝から実をとり、おやつ代わりに。野山の恵みを受け取っています(写真撮影/桑田瑞穂)
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(写真撮影/桑田瑞穂)
虫村には価格はない。だからこそ「はて?」と考える。その瞬間、バグが生まれる
中村さんが藤野に自邸を建てていれば里山への移住の話となりますが、中村さんはそこにはとどまらず、「場」「集落」である「虫村(バグソン)」をつくるという計画を立て、現在、実行に移しています。しかも、利便性の高い藤野駅やICの近くではなく、より奥まった林や里山の気配が色濃い土地を選びました。
虫村は、山を含めて敷地約4000坪のなかに、中村さん家族が暮らす「主屋」、合宿や宿泊場所にもなる「HANARE」、賃貸として貸出す「 長屋棟」の3つで構成されています( 長屋棟は建築中)。
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虫村の計画図(画像提供/ツバメアーキテクツ)
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手前の黒い建物が「HANARE」、奥の建物が主屋(写真撮影/桑田瑞穂)
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エントランスの脇には大型の雨水タンク。飲料水にもなりますが が、主に生活用水として利用(写真撮影/桑田瑞穂)
「主屋は今、私たち家族が暮らしている場所です。『HANARE』は藤野を訪れた人がワーケーションや短期合宿などで、少しでも里山暮らし、環境や将来の暮らしについて体験したり感じたりできる場所です。電気や上下水道がゆるく『オフグリッド(※)』になっていて、次世代の環境や将来の住まい方、ライフスタイルについて、体験し、考えるきっかけにしてほしいと思っています」(中村さん)といいます。
※オフグリッド:電力会社の送電網(grid:グリッド)につながることなく、電気を自給自足すること
今回、取材チームはこの『HANARE』に滞在させてもらいました。
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一見、屋根と一体型になった太陽光発電パネルを搭載し、使う電力はまかなえるように(写真撮影/桑田瑞穂)
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太陽光発電でつくった電力を蓄える、蓄電池も設置(写真撮影/桑田瑞穂)
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地元の杉材をたっぷり使ったHANARE。会議やワークスペースとして活用することを想定。巨大モニターも完備している(写真撮影/桑田瑞穂)
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“ラボ”っぽさを出す意図から給排水管はすべて露出しています。見えているかっこよさだけでなく、メンテナンスしやすいという実利の側面も(写真撮影/桑田瑞穂)
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モノクローム社のHEMS「Home1」を導入し、スマートホーム化。発電状況はもちろん、今、どの家電がどのくらい電力を消費しているのかを可視化している。洗練されたUIもすてき(写真撮影/桑田瑞穂)
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ウォシュレットもついているコンポストトイレ。便は堆肥に、尿はタンクに貯めて、ろ過したのちに水で薄めて畑に使う(写真撮影/桑田瑞穂)
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こちらはトイレとつながった尿タンク。別途、下水とつながった水洗トイレもあります(写真撮影/桑田瑞穂)
また藤野は、移住希望者が多いものの、賃貸物件、特に家族向けの物件がごく限られているそう。そのため、移住を考えている人が、足がかりとして住めるような賃貸住宅「長屋」を計画しました。こちらはこれから着工、2025年にお目見えする予定です。
「日本の賃貸住宅は、ワンルームが何部屋も並んだものが多く、地方や郊外、都市部と、どこへいってもほぼ同じで、地方や里山ならではの、自然を楽しむプランニングになっていない。だから、里山暮らしに適した長屋住宅の新しい規格をつくろうと思って。半屋外の泥部屋、農作業場、道具をおける場所をつくろうと思っています。ここでプロトタイプが成功したら、日本の木材をたくさん使って、地方の里山創生につなげられたら」と大きな夢を話します。
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虫村の敷地。里山長屋ができる予定です(写真撮影/桑田瑞穂)
また敷地に余裕があるため、野菜やハーブ畑、アウトドアキッチン、堆肥小屋などが次々と完成しています。少しがんばらないといけない「オフグリッド 」ではなく、都会と同じような快適性は享受しつつも、少しだけ循環する、今の自然の恵みを活用する、という「半歩先の暮らし」を設計になっているのも特徴です。
でも、なぜ「バグ」なのでしょうか。
「東京の教育の話もそうなんですが、暮らしのすべてが消費活動の中に組み込まれているじゃないですか。たとえば、生ゴミからコンポストで堆肥を生み出しても、使う場所がない。結局、野菜はお店などから買わなくてはいけないですよね。消費してしまったら終わりで、循環していかない。もちろん、お金を出せば美味しいモノも食べられる、なんでも買える。だけれどもすべて『お金』と紐づいてしまっていて、約束されたものが安心して入手できる反面、不具合やバグが発生することってほとんどないんです。でもそれっておもしろくない。だからこそ、普段、お金で買っているということをいったんココで排除してみたいと思って。お金やプライシングを外したときに、人はどのような振る舞いをするのか。人って何かを受け取ったら、返したい、与えたいと思う生き物なはず。じゃあ何がめぐるのだろうかって。ここでどんな暮らしのバグが生まれるのか、この暮らしや価値観に共感してくれる人たちと一緒に体験してみたかったんです」(中村さん)
とはいえ、現在の資本主義のルールが骨の髄まで染み込んでいる身からすると、貨幣経済を排除すると言われても、ピンと来ないのも正直なところ。
「賃貸住宅は家賃をこちらが設定しないことを 考えています。また、賃貸で暮らすのであれば、助け合いで、子どもを送迎するとか、買い出しをするとか、たとえば山の手入れをするとか。将来、自分が年齢を重ねたときに代行で運転するとかもいいかもしれません」(中村さん)
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宿泊スペースは畳、壁は麻の織物 の仕上げ。どこか茶室を思わせる、内省的な空間です(写真撮影/桑田瑞穂)
なるほど、人は当たり前に設定されている「家賃」や「価格」という看板がなくなると「アレ…?」と立ち止まります。今まで当たり前のように払っていたものへの価格がなくなると、自分の労働時間という価値、提供できるもの、そのとき沸き立つさまざまな感情……。それこそが「バグ」なのかもしれません。
主屋は「家らしくない家」。家族のあり方を問う仕掛けに
また、すでに完成している自邸も、家らしくないプランで完成しています。
「虫村全体で、設計をお願いしたのが、『ツクルバ』のときのスタートアップメンバーが立ち上げた 『ツバメアーキテクツ』です。依頼したのは、家らしくない家にしてほしい、ということ。よくあるLDKプラス部屋、ではなく、バーカウンターやスキップフロアがあったり、家ではない感じを出してほしいとお願いしました。施主というよりも、ともに設計をした感じですね。純粋な施主というのは妻でしょうか。家事の負担を軽減するために食洗機と乾太くん(衣類用乾燥機)がほしいといわれました(笑)」
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旧来の家にとらわれない家をイメージ。丸いバーカウンターはその象徴でもあります。玄関すぐの場所にあることで、お客さんを家主が迎えるバーのよう。床や壁には杉の無垢材を使用(写真撮影/桑田瑞穂)
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廊下と居室スペース。左右に4室があります将来は滞在場所などにも使える(写真撮影/桑田瑞穂)
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中村さんのお仕事スペース。窓からは四季折々の風景が広がります(写真撮影/桑田瑞穂)
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瞑想するための部屋。ここだけ別の空気が流れていて、修行僧の気分になれます。中村さんのアートコレクションを飾るギャラリーでもあります(写真撮影/桑田瑞穂)
今、住まいは「●LDK」という形で表記され、取引されていますが、この箱のカタチが、私たちの暮らしのかたちや家族のかたちを規定している気がします。実は血縁関係で暮らさなくてもいいし、家族だって入れ替わっていい。旅人や客人が来て一緒に暮らすことだってあるかもしれない。そう考えた中村さんは、パブリックとプライベートを分けた「家らしくない家」という空間設計にしています。そう、こちらの「主屋」も今の価値感をゆさぶるプランになっているのです。
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2階の部屋からの眺め。眼の前は桜。当たり前ですが、刻々と移ろい、同じ風景など1秒としてないことに気づかされます(写真撮影/桑田瑞穂)
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春の虫村(提供/中村さん)
今回、取材チームは、ゆるオフグリットが体験できる「HANARE」に1泊させてもらいましたが、そこで筆者に生まれたバグは、「山への関心」でした。数時間ではありますが、滞在、虫村の周辺をドライブしてみると、杉林が素人目にみても荒れていることに気が付いたからです。藤野や津久井の山には、戦後、神奈川の水源を守るために杉が植林されたものの、急峻な土地ということもあり、適切に手が入っていないのだという話を聞いていましたが、目の当たりにすると衝撃ではあります。「水の恵みはココからきているのに、知らずにいたのだな」という己の傲慢さと驚き。木1本育てることのできない自分に何ができるのかと言われればそれまでなのですが、まさかの感情と関心に、自分でもびっくりし、「まさにバグ」でした。
虫村や里山にまだ何も返せていない状態ではありますが、筆者が「もう一度行きたい」「藤野の関心がある」と感じているのは事実です。こうした関心を持ち続けるだけでも、虫村の存在意義は確かにあることでしょう。「プライスのない体験をする」「一度、資本主義経済圏を出てみる」などは極端ではありますが、誰もが日常で「違和感」を感じる瞬間はあるはず。こうした違和感=バグこそが、もしかしたら、明日の暮らしを考える小さなきっかけになるかもしれません。
●取材協力
虫村村長・中村真広さん
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