【学校の断熱最前線】校舎の暑すぎ・寒すぎ問題、築50年の老朽化した校舎が断熱改修で「環境教育」の場に! 葛飾区で新展開
近年、住宅の省エネ性能向上に注目が集まっており、2025年4月以降はすべての新築住宅に省エネ基準への適合が求められます。一方、公共の建物は老朽化が進んでおり、耐震改修に比べると断熱改修はほとんど進んでいないのが現状です。とくに学校は無断熱になっていることも多く、エコハウス研究の第一人者である東京大学 准教授の前真之(まえ・まさゆき)先生は「冷房効率の悪さが学習の妨げや熱中症リスクの上昇につながる」と警鐘を鳴らします。
そこで、学校断熱に取り組み始めた東京都葛飾区を取材。葛飾区施設部施設整備担当課長の木村敬利(きむら・たかとし)さんと営繕課の山嵜聡(やまざき・さとし)さんに、学校断熱の取り組みについてお聞きしました。
同じエアコン設定温度でも効きの差は歴然!
1969年築の葛飾区立清和小学校(写真撮影/手塚裕之)
葛飾区は2022年の長期休暇期間中に、区立清和小学校の教室の一室を断熱改修しました。改修内容は、内窓の設置や断熱材の施工など。断熱材は、教室を囲うように施工したといいます。
右から、葛飾区施設部施設整備担当課長の木村敬利(きむら・たかとし)さん、営繕課の山嵜聡(やまざき・さとし)さん(写真撮影/手塚裕之)
「清和小学校の断熱改修は、葛飾区にとって学校断熱の試験施工1例目です。最初なので、専門家にもアドバイスを頂き、営繕課職員で改修の仕様を組み立て、できる限りのことをやってみようと、窓側と廊下側の壁、梁、そして改修をした教室が最上階なので天井にも断熱材を入れています。内窓は、樹脂製のサッシ。教室の引き戸も含め、廊下側の窓も断熱性の高い中空ポリカーボネートに変えました。また、換気をしながら省エネ性能を維持するため、全熱交換型の換気システムも導入しています」(木村さん)
「窓を開けて換気をすると、せっかく断熱しても外気の熱が入ってきて冷暖房効率が落ちてしまいますが、全熱交換型の換気システムは吸排気の過程で熱を回収します。熱い空気が室内に入ってくることを防ぎながら室内を換気できるため、冷暖房効率の向上と電気代の削減に期待できます」(山嵜さん)
壁だけでなく、梁や天井にも断熱材を施工(写真撮影/手塚裕之)
樹脂製サッシの内窓を施工して二重窓に(写真撮影/手塚裕之)
パーテーションの裏に断熱材が施工されていると説明してくれた木村さん(写真撮影/手塚裕之)
引き戸の窓は空気層のある中空ポリカーボネートに変更(写真撮影/手塚裕之)
全熱交換型の換気システムも導入(写真撮影/手塚裕之)
改修後、夏季に冷房をつけ、温度変化を計測したところ、断熱改修をしていない教室と比較して約1時間早く、5度以上の温度低下が確認できたといいます。また、冷房を切ってから2時間後には非断熱の教室とは約2度の温度差がありました。
(画像出典/葛飾区)
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学校の断熱改修を「環境教育」に
学校の断熱改修は、子どもたちの地球環境や身近な省エネに対する意識の啓発につながることから、環境教育にも活かされているようです。同校の教室の断熱化は、専門家の指導のもと、子どもたちと一緒に「断熱ワークショップ」という形で進められました。子どもたちは実際に断熱材に触れ、記念に思い思いの絵を描いたといいます。
「断熱改修自体に社会的意義や持続可能な地域社会の構築といった役割がありますが、せっかくなら子どもたちに省エネ意識を持ってもらいたいということでワークショップを開催しました。改修後も、興味を持ち続けてもらえると嬉しいですね」(山嵜さん)
「公共の建物の断熱改修は、解決していかなければならない課題の一つと認識しています。まずはやってみようということになり、試験施工の1例目ということもあって学校側にもご協力いただくことも多かったため、教育という形で協力させていただきたいと思い、子どもたちにも参加してもらいました」(木村さん)
(画像提供/葛飾区)
(画像提供/葛飾区)
夏の断熱改修後、教室を利用した子どもたちへの冬に行ったアンケート結果によれば「教室が暖かくなった」との回答は77%にもおよびました。また「授業に集中できるようになった」「省エネへの意識が変わった」と答えた子どもたちも6割を超えており、教育環境の向上とともに環境教育の効果が見られます。(いずれも「非常にそう思う」「そう思う」の合計)
非常にそう思うそう思うどちらでもないあまりそう思わない全くそう思わない教室が暖かくなりましたか33%44%19%0%4%窓側や廊下側、足元が寒いなどの温度ムラはなくなりましたか26%22%33%15%4%外からの音が聞こえにくくなりましたか11%37%37%11%4%教室はしずかになりましたか11%37%37%11%4%授業に集中できるようになりましたか19%44%30%4%4%2重窓や断熱材が張られて圧迫感がありますか4%7%22%56%11%他の教室も断熱工事をしたほうがいいと思いますか22%37%33%4%4%断熱工事や出前授業を通じて省エネへの意識はかわりましたか11%56%26%7%0%(調査結果提供/葛飾区)
学校断熱を進めていくにはタイパ・コスパも必要
教室を囲うように断熱材を施工し、熱交換換気システムまで導入するとなると、やはり費用も時間もかかってしまいます。清和小学校の教室1室の断熱化には、1カ月以上を要したといいます。
「今後、広く、多くの施設に施工していくことを考えれば、ひとつの教室に1カ月以上かかるとなると効率性に課題があります。もう少しグレードダウンして、たとえば熱の出入りの6割を占める窓を重点的に施工するなど、断熱方法を検討しなければなりません。次に教室1室の断熱改修の試験施工を行った青葉中学校の改修は、効果的と考えられる窓と最上階の天井部分を断熱化しています」(木村さん)
区立青葉中学校の断熱改修は、2024年1月に実施されました。清和小学校とは異なり、断熱改修内容は窓の二重サッシ化と最上階の天井の断熱材施工のみです。改修箇所を絞った分、窓の性能を高めるため、内窓には断熱性能の高いLow-E複層ガラスを採用。換気システムは、熱交換型ではないものの、二酸化炭素濃度が高まると自動で作動するものを導入したといいます。
1976年築の葛飾区立青葉中学校(写真撮影/手塚裕之)
天井にのみ断熱材を施工(写真撮影/手塚裕之)
内窓は断熱性の高いLow-E複層ガラスを採用(写真撮影/手塚裕之)
「冬休み期間を利用して、2週間ほどで施工できました。今年の冬に改修しましたので、夏を迎えるのはこれから。現在は、東京大学の前先生のご協力を賜り、天井や空調に機器を取り付け、温度や消費電力の計測を行っている最中という状況です」(山嵜さん)
今後は、清和小学校および青葉中学校の計測結果を参考にして、効率的かつ効果的に断熱化できる方法を模索していくとのことです。
エアコンや天井に計測機器を取り付け温度や消費電力を計測している(写真撮影/手塚裕之)
小学校の新校舎でZEB Readyを達成
葛飾区では、2019年12月に東京都が「ゼロエミッション東京戦略」を策定したことを受け、20年2月に東京都の市区町村で初めて、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指す「ゼロエミッションかつしか」を宣言。2022年3月には地球温暖化対策実行計画を改定し、今後建て替え等を行う公共施設については、ZEB Ready以上の認証を目指し、ZEBの標準化を進め、認証が実現困難な施設は可能な限り省エネ性能を高めるとしています。
2027年に新校舎の完成を予定している区立宝木塚小学校は、新校舎の設計において建物が使用するエネルギーを基準値から52%削減し、ZEB Readyを達成しました。公共施設の断熱化に積極的に取り組む理由について、木村さんは次のように話します。
「葛飾区は環境問題に非常に関心を寄せており、東京都で最も早く『ゼロエミッションかつしか』を宣言しました。ゼロエミッション達成に向けては、区民の皆様や事業者の皆様の温室効果ガス削減の取組を一層加速させていかなければならないと思っています。そのために、区も率先して取り組んで行くという意識を持っています」(木村さん)
2027年に新校舎の完成を予定している区立宝木塚小学校はZEB Readyを達成(画像出典/葛飾区)
取材を通して、職員の方々の知識の深さにも驚きました。断熱改修試験施工の設計は基本的に区で行っており、使用する建材については、効果はもちろんコストや汎用性などにも鑑みて選定しているといいます。職員の知識を深めるため、定期的に勉強会を開催し、有識者を招いて講演してもらうこともあるのだとか。
学校断熱の取り組みはまだ始まったばかりですが、杉並区でも23年に断熱改修に着手。数校の普通教室の天井を断熱化し、今年の夏に効果検証を行ったうえで今後の方針を決めていく予定だといいます。学校は、子どもたちが長い時間を過ごす場所。健やかに、集中して学ぶことのできる環境づくりに向けた動きが、徐々に広まりつつあります。
●取材協力
葛飾区役所 営繕課技術管理係
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