断熱等級6以上が標準装備の”スーパー工務店”に脚光。「時代の2歩先」モットーに30年前から樹脂製サッシやペアガラス、気密測定、全館暖房も採用の超高性能な家づくり 埼玉「夢・建築工房」
住まいの気密性・断熱性を高める重要性は、徐々に周知されつつあります。しかし、その一方で、高性能住宅を施工する工務店の中でも、意識や技術には差があるというのが現状です。
2025年にはすべての新築住宅に省エネ基準の適合が求められますが、新築住宅の着工数は減少傾向にあり、既存住宅の割合は増えるばかり。さらに、新築住宅は高騰を続けていることから、消費者ニーズを満たし、カーボンニュートラル達成のためには、新築住宅のみならず既存住宅の性能向上が不可欠だといえるでしょう。
そこで今回は、いち早く気密・断熱改修に力を入れている埼玉県の工務店「夢・建築工房」を取材。代表取締役の岸野浩太(きしの・こうた)さんに、今の日本の課題や高性能リノベーションの効果についてお聞きしました。
30年前から超高性能な家づくりに取り組む理由
(写真提供/夢・建築工房)
(写真提供/夢・建築工房)
夢・建築工房は1995年、埼玉県東松山市で創業しました。今でこそ、住まいの断熱、気密の重要性が認知され始めていますが、約30年前の当時の家は、夏は暑く、冬は寒いのが当たり前。窓は単板ガラスが一般的で、1992年の省エネ法改正により徐々に断熱性能の重要性が高まりだしたころ、同社ではすでに樹脂製のサッシやペアガラスを取り入れ、気密測定や全館暖房などの仕組みを導入していたといいます。
「創業者の土居は、空調換気の仕事やハウスメーカーの現場監督を経て独立したと聞いています。おそらく、何か変わったことをやりたかったんじゃないですかね。当時、うちでつくっていた住まいは、UA値でいうと0.5前後くらい(ZEH水準以上)です。時代に先駆けてここまでやるのは『バカ』ですよ(笑)でも、その『バカ』たちが日本の住宅性能を上げてきたのだと思います」(岸野さん、以下同)
岸野さんが代表に就いたのは、2013年のこと。その前年には東京都でドイツ認定のパッシブハウスを2棟施工し、UA値0.3を切る家(断熱の最高レベル)を建築していたといいます。とはいえ、当時はまだまだ高断熱・高気密の重要性やその言葉自体もあまり認識されていない時代だったため、同社の現場に見学に来る工務店も多かったのだとか。
「営業も発信もせず、ただただ性能の高い住まいづくりをしていたら、自ずと高性能住宅として評判が上がっていきました。一般の方より先に目をつけてくれたのは、全国のメーカーさんや工務店さんです。当時、興味津々でうちの現場を見に来ていた業者さんは、今では断熱等級7の住宅しかつくっていないですよ」
夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)
日本の家づくりはようやく「スタートライン」に立ったところ
高性能住宅は、単に高性能な建材や設備を使うだけでなく、高い設計力や施工技術を要します。同社では、高い品質を維持・管理するため社内に住宅管理部を置き、同社専属の8名の大工のみが施工しているそうです。
「大工さんを増やすときは、しばらく他の大工さんと一緒に現場に入ってもらいます。先進的な家づくりをしている他国に学びに行くこともありますし、うちみたいに他とは違うことをやっている工務店の現場にお邪魔して学ばせていただくこともあります。モットーは『2歩先を行く』こと。他と同じことをしていないで、常にバカなことをやっていきたいと思っています」
建築業界には、以前から他社と切磋琢磨し、学び・学ばれる文化があるようです。しかし、そのような交流が見られるのは一部であり、日本の建築技術は決して高いとはいえないと岸野さんは言います。
「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)
(写真提供/夢・建築工房)
「2025年からすべての新築住宅に省エネ基準適合が義務付けられますが、いくら机上で高性能な住宅を設計しても、それが実現できるかどうかは現場の意識や技術次第です。また、たとえ高気密・高断熱であっても、空調や換気の入れ方、使い方によってはすごく寒い家になってしまうこともあります。断熱材の入れ方によっては、数年でカビが見られるようになってしまうこともあるでしょう」
省エネ基準適合義務化に先駆け、2024年4月には「省エネ性能表示制度」がスタートしました。これにより、消費者の意識も徐々に高まっていくことが予想されます。岸野さんによれば、日本の家づくりはようやくスタートラインに立ったところ。高品質の家をつくるには知識や技術が求められますが、それ以前に「住宅の性能を高めよう」という意識が必要だといいます。
「知識や技術の差は、わずかなものだと思います。やろうとしなければ、できるようにはなりません。とはいえ、北海道、東北、関東圏……と徐々に施工技術の高まりは南下してきていて、近年は近畿圏で盛り上がりを見せています。まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは少ないですが、これから徐々に増えていくことに期待したいですね」
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注)単位未満を含む数値で計算しているため、表章数値による計算とは一致しない場合がある
2024年4月に総務省から発表された令和5年住宅・土地統計調査の住宅数概数集計の速報値によれば、2023年10月時点の日本の住宅総数は6,502万戸。2018年からの5年間で4.2%増加しました。このうち900万戸が空き家で、空き家率は13.8%と過去最高となりました。
2025年から省エネ基準適合が義務付けられるのは、新築住宅のみです。しかし、近年の新築住宅着工戸数は年間80万戸程度にとどまることから、カーボンニュートラルの推進や空き家問題の解消のためには、6,500万戸以上存在する既存住宅の性能向上と流通促進が不可欠だといえるでしょう。
昨今では新築住宅の高騰が見られることもあり、同社でもリフォームやリノベーションに力を入れているといいます。
「我々は、より多くの方に断熱等級6や7の住まいの良さを体感していただきたいんです。新築でここまで高性能な住宅となると、一般の人にはなかなか手が届きません。しかし『中古住宅+リノベーション』であれば、新築住宅を買うより500~1,000万円ほど価格を抑えられます。断熱等級4の新築戸建と断熱等級7の築30年の住宅が同じ金額で取得できるのであれば、圧倒的に後者のほうが”買い”だと思います。30年という差は、リノベーションで埋められますからね」
築30年の木造戸建てを高性能住宅に
既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談
既存リビング
左/既存洗面所、右/既存浴室
(写真提供/夢・建築工房)
同社がフルリノベーションした築30年の木造住宅は、一見すると綺麗な外観ですが、内部の壁面表層は黒カビが目立ち、壁内はかなり腐食が進んでいたといいます。床下には、シロアリ被害も見られました。
「中古住宅探しからサポートさせていただくときは、新耐震基準かつ延べ床面積が80~100平米程度のお住まいをご提案させていただきます。この程度の広さであれば、長期優良住宅の認定を取得することも可能で、リノベーション費用も抑えられるからです。加えて、今は瑕疵(かし)保険を付帯することもできるので、新築と遜色ない安心感が得られると思います」
解体後(写真提供/夢・建築工房)
このお住まいは、基礎補強が必要になり、気密性・断熱性もできる限り最新の状態にしたいという施主さんの要望もあったことから、床・壁・天井を全面的に解体したのだとか。かなり大掛かりな工事となったようですが「ここまで解体するからこそ安心できる」と岸野さんは言います。
「工事の際は必ず中か外をすべてスケルトンにしますので、基礎・柱・梁が健全である証拠を写真に収めることができます。中古住宅に不安を抱くのは『見えない』からです。いっそ、すべてむき出しにしてしまったほうが安心できるんですよね。シロアリ被害があっても、腐食が見られていても、丁寧に補修します」
リノベーションデータ
高断熱工事
熱損失係数UA値0.45W/m2Kへ改修(既存時UA値2.1W/m2K)
天井:熱貫流率0.12W/m2Kへ改修(既存時4.48W/m2K)
壁:熱貫流率0.42W/m2Kへ改修(既存時0.81W/m2K)
床:熱貫流率0.37W/m2Kへ改修(既存時2.54W/m2K)
サッシ:オール樹脂アルゴンガス入りペアへ入替え(既存時アルミ単板ガラス)
玄関ドア:熱貫流率0.9W/m2K超高断熱木製ドア
高気密工事気密測定C値1.7cm2/m2、合板気密工法・シート気密工法による冷暖房工事
暖房:エアコン
冷房:エアコン
換気工事
第1種熱交換型換気システム:パナソニック製を使用
「部分断熱リフォーム」でLDKを断熱気密空間に
(画像提供/夢・建築工房)
部分断熱リフォームとは、寝室だけ・LDKだけなど、部分的に断熱改修を実施するリフォームを指します。床・壁・天井に加え、窓も改修することで、一部分だけ完全な断熱気密空間に仕上げるといいます。
「総断熱改修をするほど予算をかけられない方に選ばれているリフォームです。この事例の施主様は、60代のご夫婦。2階に上がることが億劫になってきたということで、1階の和室を洋間に変えて、将来的には1階だけで生活できるようにしたいと希望されていました。私たちが気になったのは『でも、寒いのよね』のひと言。家全体を断熱改修することができなくても、長く過ごす場所が快適であれば暮らしの満足度は高まることから、部分断熱リフォームをご提案しました」
(写真提供/夢・建築工房)
部分リフォームとはいえ、床、壁、天井を解体し、窓は樹脂サッシに交換。床断熱・壁断熱・天井断熱に加え、床下・外周部・隣室との間には気流止めを施工しました。
リフォーム後のLDKは、冬でも無暖房で17~18度ほどで、夏は冷房の効きが格段に上がり、電源をOFFにしてもしばらく涼しい状態が続くのだとか。岸野さんは、家中の窓を高性能なものに替えるのなら、部分断熱リフォームをおすすめしたいと言います。
「窓を替えれば暖かくなりますし、冷暖房効率も上がりますが、それは『輻射(ふくしゃ)』による効果ではありません。この事例はLDKのみの断熱リフォームなので、冬場は廊下が一桁の温度になることもあります。しかし施主さんは、寒い廊下に出ても寒さを感じづらいとおっしゃっていました。高気密・高断熱の家は暖房で無理やり空気を暖めるのではなく、床・壁・天井からの輻射熱によって体が温まるため、芯までぽかぽかになります」
完成(写真提供/夢・建築工房)
買取再販事業の先に見据える「暖かいまちづくり」
夢・建築工房は、リフォーム・リノベーションに加え、買取再販事業にも積極的に取り組んでいます。
「リノベーションに力を入れるのは、工務店にとっても良いことだと思うんですよ。新築の設計や施工に比べて、時短になるからです。さらに、買取再販事業は自社の意思で物件購入からリノベーションまで施工できます。新築やリノベーションを受注しながら2~3棟でも買取再販事業に時間と労力を割くことができれば、タイムパフォーマンスは一層高くなると思います」
(写真提供/夢・建築工房)
現在、同社で施行中の買取再販住宅「鳩山町楓ケ丘の家」は、築45年の在来軸組2階建住宅。改修後のUA値0.26で、断熱等級は日本の現行制度の最高等級にあたる「7」、C値は世界でもトップレベルの「0.8以下」となる予定です。
岸野さんは、買取再販事業で「暖かいまちづくりを目指したい」と語ります。このため、現在は、埼玉県の鳩山町に絞って買取再販事業を推進しているのだと言います。「2歩先に行くこと」をモットーとするからには、気密性・断熱性の追求だけでなく、工務店としての新たなステージを見据えているようです。
性能向上リノベーションは「三方良し」の住まいの選択肢
性能向上リノベーションは、人手不足や土地不足、空き家問題などの課題も解決できるとともに、消費者は取得費も抑えられることから、工務店、国、消費者にとってメリットの大きい三方良しの選択肢ともいえます。岸野さんによれば、まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは多くないとのことですが「新木造住宅技術研究協議会」や「パッシブハウス・ジャパン」など、技術の習得に熱心な工務店が加盟する団体もあるようです。
性能向上リノベーションを実施するには、リノベーションによってどのように生まれ変わるのか、リノベーションにいくらかかるのか、補助金制度は利用できるのか、長期優良住宅の認定は取得できるのか……など幅広い知識と経験が必要です。物件選びの段階で意識が高く、技術力のある工務店に相談することで、住まいの選択肢は格段に広がるのではないでしょうか。
●取材協力
夢・建築工房(スーモサイト)
●画像出典
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅概数集計(速報集計)結果」
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