岸本佐知子の奇想天外爆笑エッセイ『わからない』

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 今回も笑った。最初に掲載されている「カルピスのモロモロ」の最終段落で、早くも理性崩壊である。混んだ電車の中で震えが止まらなくなり、顔を本に埋めてグフッと出そうになる声を抑えた。具合の悪い人を演じてみたものの、どうみても危険人物だったと思う。カバーをかけずに読んでいたので、わかる人には「岸本佐知子か……。それはしょうがないね」と思ってもらえるかもしれない。電車の中にいる多くの人にそう思ってもらうためには、どのくらい売れれば良いのだろう。100万部では足りないだろうか。岸本氏の脳内世界を好きな人は、まだまだいるはずだ。書店員として伝える努力をしなければと、勝手な使命感が湧いてきた。

 単行本未収録のエッセイが集められているので、最初に掲載された媒体がさまざまであることも、この本の魅力である。『母の友』(福音館書店)の「人と虫、あれこれ」特集を購入した教育熱心なお母様は、「見たら殺す。絶対殺す。すぐ殺す。確実に殺す。」という超攻撃的な最初の1行を読んで、口をあんぐり開けただろうか。雑誌『PHP』(PHP研究所)を、特集「こころに残る 父のこと、母のこと」に惹かれて手に取った心優しい方は、岸本父の独自理論による言い間違い(タイガー・ウッズをタイガー・ウッドと言うので、矯正したらもっとおかしなことになる。もう笑いが止まりません)を読んで何を思っただろうか。『基礎英語Ⅰ』(NHK出版)を買った学習意欲に溢れる中学1年生は、偉い翻訳家先生のお説教くさい文章を予想して読み始めたのに、「宇宙人って英語わかるの?」みたいな方向に話が飛んでいくのを読んで、向学心が高まっただろうか。

 思わぬところで岸本脳内世界にハマった人々と、集まって語り合ってみたい。媒体に合わせて最後はビシッとまとまっているところも、見事としか言いようがない。

 朝日新聞の書評欄に掲載されていた「ベストセラー解読」が掲載されていることも嬉しい。こんな書評って、ありなのか!と改めて驚かされる。他にも、本や映画について書かれたエッセイが多く収録されているのだが、いろんな意味で読書欲&映画鑑賞欲が刺激される。それってそんな内容の本だっけ?私が読んだのと違うのでは?と思うものもあれば、変な好奇心が止まらなくなるものも……。中勘助の名作『銀の匙』を35年ぶりくらいに読み直しつつ、ガッツ石松氏の『最驚!ガッツ伝説』(光文社)について検索しまくっている自分に戸惑っている。

 懐かしく読んだのは、白水社のウェブサイトに2000年から2004年に掲載されていた「実録・気になる部分」である。私の記憶が確かならば、日記なのにあまり更新されない連載で、なぜか「耳より情報」というところをクリックしてから辿り着けるという変な仕組みになっていたような……。(記憶違いだったらすみません。)

 当時の私は、愉快なことがたくさんある毎日を過ごしていたが、いろいろと追い詰められてもおり、やりきれないことがあるたびに、この日記が更新されているかを確認したものだ。登場する本や映画や舞台の名前から、いろんな記憶が引きずり出されてくる。

 たった1行で人を笑い地獄に陥れる奇想天外ぶりと、意外すぎる方向からのつっこみは、20年前も今も変わらず、私に妙な力をくれる。岸本さん……すごいお方だよ。

(高頭佐和子)

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