様々な文化的レイヤーの探究と、一人の存在として自分を見つめるということ。『パスト ライブス/再会』 ユ・テオ インタビュー
ⒸGareth Cattermole/BAFTA/Getty Images
子どもの頃にソウルで離れ離れになった男女が大人になってニューヨークで再会し、人生や過去の選択に思いを巡らせるラブストーリー『パスト ライブス/再会』が、3月22日〜24日の先行上映を経て、4月5日より全国公開される。劇作家として活躍し、初監督作品にしてアカデミー賞にノミネートされたセリーヌ・ソンの実体験をベースにした本作の主人公は、12歳で韓国からカナダに移住したノラと、幼なじみで初恋相手のヘソン。2人は24歳の時にオンラインで再会を果たすが、お互いの気持ちを知りながらもすれ違ってしまう。それからさらに12年後、ノラが結婚したことを知りながら、ヘソンは彼女に会うために渡米するーー。
「運命」の意味で使われる韓国の言葉“イニョン(縁)”をキーワードにした本作は、決して3人の男女間で展開するありがちなメロドラマではない。ソン監督は、抑制された演出で登場人物たちの心の動きを繊細に表現し、多くの人が共感できる珠玉の物語を紡いだ。ここでは、ヘソン役を好演し、英国アカデミー賞の主演男優賞に韓国人として初めてノミネートされた、俳優のユ・テオにオンラインでインタビューを実施。作品への思いや撮影の舞台裏について聞いた。
――『パスト ライブス/再会』の日本公開おめでとうございます。主人公ノラの幼なじみで初恋の相手でもあるヘソン役を演じられましたが、初めて脚本を読んだ時はどう感じましたか?
ユ・テオ「深く感動しました。セリーヌ(・ソン監督)の脚本では、非常に東アジア的な概念である“イニョン(縁)“の哲学が、欧米の観客でも理解できるように、美しくシンプルに表現されていて感激したんです。しかも、ロマンスというジャンルで。僕はラストシーンを読んで泣き出してしまいました。それはとても直感的かつ感情的な反応で、読み終えた後は、この作品に参加できることだけを願っていました」
――ご自身はドイツで生まれ育ったそうですが、韓国で生まれ育ったヘソンという役を演じることになった経緯は?
ユ・テオ「韓国では、僕は典型的な韓国人として見られていないので、ヘソン役に僕を想定していた人はいなかったはずです。でも、アメリカのマネージャーがオーディションを勧めてくれたので、自分で撮影した映像を送りました。セリーヌから聞いた話によると、その時点で他のキャストはすでに決まっていたそうです。ヘソン役の候補として最後に観たのが僕のテープだったらしいのですが、最初は『まだ話もしていないし、この人に決まることを願っているだけなのかも?』と半信半疑だったのだとか。その後、プロデューサー陣にもテープを見せたところ、誰もが『ヘソンが見つかった』と同意してくれたそうです。(テープでは)とにかく韓国語をがんばって、自分が表現できる感情を見せようと全力を尽くしました。
それから2週間後、Zoomで2次審査を受けることになりました。通常は30分か1時間ほどで終わるのですが、この時はセリーヌに脚本を何度か異なる形で読むように言われて、頭から終わりまで、2回か3回は読んだと思います。最終的に2人で3時間半も話したので、僕の演技を気に入ってくれたのだと確信しました。それからさらに2週間が経って、ようやく役をいただくことができました」
――劇中のヘソンは口数が少ないですが、目を通して感情が伝わってくるのが印象的でした。
ユ・テオ「僕はすべての役に異なるアプローチをするのですが、ヘソンに関しては、その感情をどう表現するべきか本能的に理解できたんです。たとえば、誰だって憂鬱な気持ちを理解することはできると思いますが、その感情自体を理解するのと、それを表現するのが得意であることを自覚するのは、まったく異なります。僕には、観客がヘソンと自分を重ね合わせられるように表現することができました」
――役作りのために、何か特別にしたことはありますか?
ユ・テオ「少し技術的なことを試みました。たとえば、彼のシャイな性格を表現するために、幼少期のヘソンを演じた子役のリー・スンミンからインスピレーションを得ました。彼は常に両腕を体側にぴったりとつけていて、どれほどシャイなのかが伝わってきたんです。そのボディランゲージを大人になったヘソンにも取り入れたら美しいのではないかと思いつきました。
本作での演技は、トニー・レオンと故ジョン・カザールにも深くインスパイアされています。ジョン・カザールの強みは、その瞬間のリアリティに生きることでした。役作りではたくさんの疑問を投げかけるのですが、決して答えは必要ではなく、そのままにしておくんです。つまり、“自分はすでにその状況について考えた”という事実を、心理的に理解しておくわけです。一方のトニー・レオンは、すべてを目で語る俳優として知られています。僕は幼い頃から、彼がその目でさまざまな感情を表現することに魅了されていました。ヘソンを演じる上でも、トニー・レオンから大きな影響を受けています」
――幼なじみのヘソンとノラが24年ぶりに再会するシーンは、観ているこちらもドキドキしました。ヘソンとノラの絆は、どのように築いていったのですか?
ユ・テオ「それはとてもシンプルでした。撮影前にニューヨークで2週間ほどリハーサルをしたのですが、その期間も含め、再会のシーンを撮影するまで、グレタ(・リー/ノラ役)と僕はお互いに触れることを禁じられていたんです。少し離れた場所から話したり、リハーサル中に脚本について話し合ったりすることはできたのですが、握手などは許されていませんでした。本来なら大したことではないはずですが、(監督に禁止されたからこそ)僕たちの間に切望のような感情が生まれたのだと思います。2人が24年ぶりにニューヨークの公園で再会し、ハグをするシーンがありますが、観客が目にするのは、僕たちが本当に初めてお互いに触れた瞬間なんです(笑)。最初にニューヨークのシーンを撮影して、2人が若い頃にオンラインで話すシーンは後から撮影したのですが、すでに感情的な関係が確立できていたので演じやすかったです」
――ノラ役のグレタ・リーとの間には、素晴らしい化学反応がありましたね。
ユ・テオ「マーケティングの観点からすると、映画では誰もがロマンスを売りたがるものなので、あのような感情を表現するのは本当に難しいんです。“特別な恋だった”とか“一生に一度の恋だった”とか、そういうフレーズが多用されがちで。でも、本作の現場では毎日、みんなで“イニョン”について話していました。グレタと僕やセリーヌとジョン(・マガロ/ノラの夫アーサー役)だけでなく、撮影監督のシャビアー・カークナーや照明のスタッフまで、誰もが話していたんです。撮影が行われた2021年の夏、現場にいた全員がこのような映画で何かを表現したいと感じていたのだと思います。僕はアメリカの作品で自分のか弱さやメランコリーを表現できるものを見つけたいと思っていましたし、グレタもそのか弱さを見せたがっていました。誰もが人生において、さまざまなものを手放し、本当の自分を見せられる時期にあると感じていたのです。
それは、まるですべてが運命のように一つになった瞬間でした。だからこそ、あのような化学反応がスクリーンに映しだされ、観客にも感じてもらえたのだと思います。あれはカメラのテクニックや編集のトリックで作れるものではありません。そもそも本作では長回しのテイクが多く、編集自体が少ないので、クルーやキャストが共有した感情が観客に伝わったのだと感じています。撮影から2年半が経っても、こうして皆さんに反応してもらえて、時の試練に耐えられる作品となったことをありがたく思っています」
――ドイツで生まれ育ったそうですが、イニョンという概念に親しみはありましたか?
ユ・テオ「韓国人が日常的に使う言葉なので、理解はしていました。でも、ヘソンを演じるにあたって、イニョンという概念の裏にある仏教の哲学も、きちんと理解して消化する必要があると感じたんです。それにより、人生観や作品へのアプローチが変わったので、人としても俳優としても大きな影響を受けたように思います」
――劇中でノラが、「ヘソンと一緒にいると自分がより韓国人らしく感じると同時に、韓国人らしくないようにも感じる」と夫のアーサーに語るシーンが印象的でした。ご自身も複数の文化を背景に育ったとのことですが、彼女のあのセリフをどのように受け止めましたか?
ユ・テオ「ノラは長い間、韓国から離れていた人物です。ヘソンに会った後、自分の気持ちを振り返り、それを夫に話す彼女を見て、僕たち観客は複数の文化的アイデンティティを持つことが生み出す皮肉とほろ甘さを発見することになります。それは混乱を生み出すかもしれないし、フラストレーションを感じる人もいるでしょう。興味深いことに、(アメリカで生まれ育った)グレタ自身も同じように、(撮影中に)自分のか弱さを感じた期間があったそうです。なぜなら、僕はヘソンを演じる上で、意識的に韓国人らしく振る舞っていたから。僕はヘソンがノラのことを、韓国系カナダ人の女性としては見ていないことを強調しました。それにより、その部分の文化的なレイヤーは取り除かれます。そして彼は彼女を大人の女性としても見ていないので、その部分のレイヤーも取り除かれます。残されたのは、彼らが子どもの頃にお互いに対して抱いていた感情のエッセンスだけなんです。
あのようなプロセスをグレタと一緒に経験できたのは、大変興味深いことでした。本作では、一般的な男性の女性に対する目線だけでなく、西洋文化の中で、あるいはアジア的な文脈の中でのそれを探求し、話し合う余地がたくさんありましたから。それは逆に、僕が男性についてどう感じているかということでもあり、男性としてではなく、被写体としてでもなく、あらゆる文化的レイヤーを抜きにして、一人の存在として自分を見つめるということでもありました。登場人物の混乱を表現するためにも、リハーサルに入る前に話しておく必要があったんです」
――ノラの夫アーサー役のジョン・マガロとの共演はいかがでしたか? 初対面のシーンは、2人の間に漂う緊張感が伝わってくるようでした。
ユ・テオ「実は初対面のシーンを撮影するまで、セリーヌは僕とジョンを会わせなかったんです。グレタはそれぞれと別々にリハーサルをしていたので、セリーヌとグレタは僕の前でジョンの素晴らしさを語り、ジョンの前では僕の素晴らしさを語ることで、僕らの間に張り詰めた空気を作ろうとしていました。ある意味、とてもサディスティックな演出方法ですよね(笑)。ヘソンとアーサーの初対面のシーンは、実際に僕らが初めて会った瞬間が使われています」
――セリーヌ・ソン監督は、初の監督作にしてアカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされています。ご自身も英国アカデミー賞(BAFTA)の主演男優賞にノミネートされていますが、現在の心境は?(※このインタビューは各賞の授賞式より前に行われた)
ユ・テオ「とても圧倒されていますし、感謝しています。俳優として、ずっと願ってきたことですし、アカデミー賞の作品賞やBAFTAの俳優賞の候補に挙げられたなんて……恐ろしいです(笑)。どうなるかわからないですが、今後は自分がインスピレーションを得られる作品や、才能を発揮できる作品、心から伝えたいと思える物語などに、もっと出会えるようになったらうれしいです。以前と違って、今は作品を選ぶことができるようになったので、とても感謝していますし、謙虚な気持ちになります」
――本作はキャリアにおける大きなターニングポイントとなったのではないでしょうか。この経験から得た最も大切なことは何だと思いますか?
ユ・テオ「この作品の経験や過程自体がためになりましたし、イニョンやアイデンティティについて語り合ったことも忘れられません。それに、イニョンは人間だけでなく、物や無生物にも当てはまる概念なので、俳優として仕事へのアプローチが変わったことも大きかったです。僕の場合は、イニョンの哲学を自分が演じる役にも感じるようになりました。自分は役とイニョンで結ばれているので、役になろうとすることがなくなったんです。イニョンを信じているので、自分はその人物として別の人生を生きていたのだと思える。それにより、仕事へのアプローチにもっと自信が持てるようになりました」
――最後に、映画の公開を楽しみにしている日本のファンに伝えておきたいことはありますか?
ユ・テオ「本作を観ると、立ち止まって人生について考えたり、さまざまな人間関係について話したりしたくなるはずです。親や兄弟について、もう少しよく理解することができるかもしれないので、家族と一緒に観るのもいいかもしれません。また、この映画は35ミリフィルムで撮影されました。それによって生まれた美しさを、ぜひ劇場で体験していただけたらうれしいです」
text nao machida
『パスト ライブス/再会』3日間限定先行上映
日程:3月22日(金)、23日(土)、24日(日)各一回上映
上映劇場:TOHO シネマズ 日比谷、TOHO シネマズ 梅田
鑑賞料金:通常料金
チケット販売:各劇場HPをご確認ください
『パスト ライブス/再会』
2024年4月5日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開
公式サイト:https://happinet-phantom.com/pastlives
【STORY】
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とはーー。
監督/脚本:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
2023年/アメリカ・韓国/カラー/ビスタ/5.1ch/英語、韓国語/字幕翻訳:松浦美奈/原題:Past Lives/106 分/G
提供:ハピネットファントム・スタジオ、KDDI 配給:ハピネットファントム・スタジオ
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