不死者の欲望と葛藤〜森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』
貴重なアンソロジー。1820〜30年代にドイツ語圏で書かれたヴァンパイア小説を集めている。なんともニッチに思える企画だが、ただの物好きではない。怪奇小説史のメルクマールであるジョン・ポリドリ「ヴァンパイア」発表が1819年であり、その当時、この作品がどのように影響したかを、実作品を通して検証しているのだ。
収録されているのは七篇。ほとんどの作品に共通しているのは、死からの復活というヴァンパイア本来のモチーフ、そして人間側にある子孫を存続させる強迫観念的な欲望と、メロドラマ的な三角関係が構成されることだ。つまり物語内容としては、扇情的なパターンがはっきりしている。
そのいっぽうで、語りの形式は作品それぞれに特徴的だ。筆まかせな奔放さがあったり、どこか実験的にも感じられたり。現代的な整ったエンターテインメントを読みなれた目で読むと、それがかえって新鮮味がある。
J・E・H「ヴァンパイア アルスキルトの伝説」は、古から伝わる戦斧で父の頭を割った戦士アルスキルトの因果が、時代を超えてめぐる伝奇小説。バルト海の恐ろしい嵐の晩、亡霊が遺体に取り憑いて甦る怪異、幸せな恋人たちのあいだに割りこむヴァンパイア、催眠効果を持つまなざし……と、戦慄的な道具立てがこれでもかとばかりに盛りこまれている。
イジドーア「狂想曲—-ヴァンパイア」は、実際にあるオペラ『ヴァンパイア』について批評的に語りあう友人同士の会話が枠物語をなし、そのうちのひとりフェーリクスという青年が書いた短篇小説「ヴァンパイア 霊視譚」が嵌めこまれる構成だ。枠物語でフェーリクスは奇妙な失恋して姿をくらましており、「ヴァンパイア 霊視譚」はあくまで純然な創作だが、その物語がフェーリクスの失恋/失踪の背景をあぶり出しにする仕掛けになっている。内部短篇で超自然的要素が明示的に描かれるが、はたしてそれが枠組である現実にも存在するのかどうか。そうした戸惑いが残るところが、なんとも絶妙だ。
ヒルシュとヴィーザー(共作)「ヴァンパイアとの駆け落ち」は、バイロン卿「ヴァンパイア」を愛読する娘マリーが主人公だ。ご存知のとおりポリドリ「ヴァンパイア」は当初、バイロンの筆によるものとして発表されて話題をまいた。この作品はそれを踏まえている。マリーはフィクションと現実とを混同する、いま風に言えば中二病的なところがあった。語り手である私に対しては、「こいつがヴァンパイアではないと、どうしてわかる?」という警戒感を露わにする反面で、上演されたオペラでヴァンパイアを演じた俳優にはのぼせあがるのだ。思春期にありがちの自分勝手な両極端である。マリーの恋は意外な方向へと転がっていく……。本書のなかでは珍しいユーモアタッチの作品。
巻末には、ヴァンパイア学者をもって自認する編訳者による詳しい解説「ヴァンパイア文学のネットワーク」を収録。幻想文学ファンには嬉しい資料である。
(牧眞司)
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