コロナ禍にのまれた人々の短編集〜一穂ミチ『ツミデミック』
コロナ禍をきっかけに、人生がうまくいかなくなった人々が登場する短編集である。読み始めた時は、怖い小説なのだと思った。だが、一篇ずつ読み進めていくうちに、その印象は変化していった。
「違う羽の鳥」の主人公は、大学を中退し居酒屋の客引きをしている青年だ。感染症が流行り始めたせいで客足が鈍り、不安な日々を過ごしている。自分と同じ大阪出身という派手な若い女に声をかけられ、誘われるまま一緒に飲みに行くが、女は亡くなった中学の同級生の名前を名乗り、主人公しか知らないはずのエピソードを口にする。
「ロマンス☆」の主人公は、4歳の子供がいる主婦だ。求職中だがコロナ禍の影響で見つからず、仕事がうまくいっていない夫との仲も険悪になっている。ある時、娘と公園から帰る途中で、現実離れした美貌のフードデリバリーサービスの男を見かける。一度でいいから間近で見てみたという思いから、深みにはまっていく。
「憐光」の主人公は、豪雨災害のため命を落とした女子高校生だ。15年ぶりに遺骨が発見され、自分が死んでいることに気がつく。親友と恩師が帰郷し、主人公の母の住む家を訪れるが、全員が何かを隠しているようだ。
最後に掲載される『さざなみドライブ』は、ネット上で出会い、ある目的で集まった5人の人々の物語だ。全員がパンデミックに人生を壊されるという経験をしている。それぞれが自分に起きた出来事を語り始めるが……。
目の前にいるその人物は、生者なのか、死者なのか、幻なのか。発された言葉にこめられているのは、善意なのか、悪意なのか。わからなくなって混乱したり、封印したはずの過去に怯えたり、立ち上がる力を失ってしまう登場人物たちは、すぐ近くに暮らしている人たちのようにリアルだ。どこにたどり着くのか分からない道を歩いていて、不安にならない人はいないだろう。先が見えず、ままならないことばかりが起きる人生は、誰だって怖い。怖い上に、悲しかったり、苦しかったり、全てを投げ出したくもなったり……、それでも生きていることはなぜだか愛おしい。そんな気持ちになる短編集だった。
(高頭佐和子)
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