「東京ビエンナーレ」で市民全員がアーティスト! ゴミ分別をアート化、道路も交流の舞台に、街にもたらしたものとは?
東京ビエンナーレとは、千代田区、中央区、文京区、台東区を中心とする、東京の街を舞台にした芸術祭。国内外からクリエイターが集結し、街に深く入り込み、地域住民の方々と一緒に作り上げていく芸術祭だ。本格的な開催は今年で2回目となり、テーマは「リンケージ つながりをつくる」。東京ビエンナーレの総合ディレクターを務める、東京藝術大学絵画科教授の中村政人さんに、アートが地域にできることは何なのか、お話を伺った。
街で偶然出合うアートで心のスイッチがオンになる
最近は日本各地で芸術祭が開催され、その土地ならではの自然、景色、歴史を活かした著名な作家によるアート作品が置かれている。国内外の観客がアート目的で訪れ、その経済効果は計り知れない。街の活性化にもつながっている。
「それもとても意義のあることだと思いますが、もともと人の多い、東京ビエンナーレは少し目的が違うのかもしれません。もっと日常的で、もっと偶発的です」と、総合ディレクターの中村政人さん。
東京ビエンナーレ総合ディレクターの中村政人さん。アートを介してコミュニティと産業を繋げ、文化や社会を更新する都市創造のしくみをつくる社会派アーティスト。東京藝術大学絵画科教授でもある(写真撮影/片山貴博)
というのも、東京ビエンナーレでは、街のあちこちで、アートな仕掛けがあるからだ。
飲食店で出されたおしぼり。広げてみると刺繍がある。実はこれ、日本の文化「おしぼり」を白いキャンパスに見立てて、アーティストの作品を刺繍にしたもの。思わぬ場面でアートに出合うとともに、リユースする「おしぼり」のおもてなし文化を再確認するきっかけになるものだ。
会田誠氏、マイケル・アムターなど25組のアーティストが描いた原画をもとに刺繍を施した。レストランで無地のおしぼりに混ざってランダムに提供され、期間中にいろんな人と出会い、戻ってくる。同じ絵柄の左側の少し小さくなったおしぼりが、何度も洗いを繰り返し、旅をしてきたもの(写真撮影/片山貴博)
「アートを美術館で観賞するものと考えている方は多いでしょう。でも、それはあくまでの他人の創作物を見ている。距離があるんです。でも街の中で偶然出会って、『なんだろう? 面白そう』とワクワクする。そんな感情のスイッチが押される。そんな仕掛けが街のいろんな場所にあればいいと思うんです。そうした感情は、大人でも子どもでも内在しているはず。自分自身がアートの当事者になることで、自分の日常に変化が生まれるはずです。東京は不特定多数の多くの人が行き交い、そんな偶然性が期待できる場所じゃないでしょうか」
そのため東京ビエンナーレの会場は、商業施設やホテル、寺院のほか、緑道の仮囲いの中、地下鉄出口からの通路、電車の高架下と、あらゆる場所が舞台だ。
例えば丸の内周辺のストリートやビルのすき間で行われる「Slow Art Collective」によるプロジェクトは、カラフルなロープや紐が結びつき、有機的に広がる作品。これは道行く人が「つくって参加」するもの。
「平日はランチや休憩の合間、仕事帰りに、丸の内で働く会社員が立ち寄ってつくっています。“無心になれるのがいいみたいです。休日は親子連れが多く、特別なイベントもあります」
オーストラリア・メルボルン在住の加藤チャコとディラン・マートレルが主宰する芸術グループ「Slow Art Collective」によるもの。竹やロープなどの自然素材、街で拾い集めた素材を用いた市民参加型のアートプロジェクトだ。写真は東京サンケイビルにて(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
丸の内の新国際ビルの裏手、オフォスビルの「すき間」でも展開。近くを通勤している人でも気づかない、都会の中の路地を、アートで誘い込み、アートを目にすることになる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
訪れる人が自由に編み込み、自分の作業がそのままアートの一部になる。リリアン編みが得意という近所に暮らす女性が緻密な作品を残して行ったり、たまたま通った男子学生がボランティアスタッフに教えてもらいながら「生まれて初めての三つ編み」に挑戦したり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
3日間のみ丸の内仲通りで出張型ワークショップが開催され、コンテンポラリーダンスなども披露された。撮影時は土曜日で、小さな子どものいる家族連れも多い。次回開催は10月28日予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
海外アーティストが東京に暮らしながら制作
東京ビエンナーレでは、プロセスも重視している。立ち上げた構想段階から、当時、千代田区のアート拠点だった「3331 Arts Chiyoda」で、2018年は構想展、2019年は計画展として一般公開されていた。2020年にはコロナ禍に遭い、2020年ー21年として開催をスタート。今年は2回目だ。
海外からもアーティストを公募。街に暮らしながらリサーチ・作品制作をする「アーティスト・イン・レジデンス」を実施した。一定期間、東京で暮らしたからこそのインスピレーション、魅力を自分の作品に投影している。外からアーティストの視点で東京を切り取ることで、地元で暮らす人々が魅力に気づく効果もある。
「正直、生活コストの高い東京なので、条件は厳しかったのに、たくさんの応募をいただきました。最長1カ間暮らしながら、東京の街を歩き、交流し、東京をテーマに創作や活動をしてくれました」
例えば、海外作家ペドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」なる作品は、へッドフォンをつけると、その人だけに向けた音楽をその場で奏でてくれるというもの。
「偶然居合わせた人の心の中まで入り込み、その場でしか起こらない感情を共創するようなプロジェクトです。私も体験しましたが、その街の環境音と電子ピアノの音色が体に入り込んでくるのがわかり、何故か目の前の都心の風景に郷里の原風景が脳裏に見えてきたんです。感情がこみ上げてきてきました。サイトスペシフィック(その場所の特性を活かした)な音が他者によって自分の心の中だけに生まれます。アーティスト自身が東京に滞在制作したからこそ実現できたプロジェクトかと思います」
ドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」。中央区京橋のアーティゾン美術館前にて(画像提供/東京ビエンナーレ)
長い期間、多くの人が関わる、そのプロセスこそが重要
プロセスを重視するため、長い期間に及ぶプロジェクトもある。「超分別ゴミ箱2023」はその代表例だ。テーマは「プラスティックのゴミの分別を極端に進めていったらどうなるか」で、東京都立工芸高等学校の学生やPTAの協力を得て、ゴミの収集、記録を実施。さらにコンビニ3社と、プラスティック容器を製造する企業の協力を得て、商品パッケージを一挙並べた展示は圧巻だ。来場者はここにゴミを持ち込み、分別することもできる。自分が普段利用している商品があちこちに見つかり、「生きることはゴミを出すこと」と否応なく実感することになる。
メイン会場であるエトワール海渡リビング館の1階に展示されている「藤幡正樹:超分別ゴミ箱 2023 プロジェクト」のひとつ。自分たちが普段使いしている商品パッケージがずらりと並んでいることで、「自分が食べた後にでたゴミはどうなる?」と当事者にならざるをえない (写真撮影/片山貴博)
東京都立工芸高等学校でのワークショップ自体は夏から開始(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
市民がアーティストともに当事者になる
「アート×コミュニティ」も東京ビエンナーレの主な目的だ。
例えば賛助会員は、さまざまな会議やイベントに参加でき、クリエイター、研究者や専門家など、普段接点のない人々との交流も得られる。
ほか、会場の受付、広報やイベントなどサポートのほか、アーティストの作品制作やプロジェクト準備の手伝いもボランティアの手によるものだ。
ボランティアの年齢層は幅広く、さまざまなバックグラウンドを持つ人たち。美術鑑賞が趣味という会社員、街のコミュニティに興味のある社会学を学ぶ学生、まったく縁のない世界だからこそ覗いてみたかったという公務員など。「気分転換、癒されたいという方、経験を通してアートを楽しみたいという方たちがほとんどです。しかしなかには、何度も、それこそ毎週のように参加される方もいて、そうなってくると、もう当事者なんですよね。アーティストや主催者と同じモチベーションに近くなります。協働制作者のような関係なんです」
「Slow Art Collective」のワークショップに参加する正則学園の高校生(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
なかでも天馬船プロジェクトは、最も規模の大きく、関わり方もさまざまだ。
ミニの天馬船一万艘で、常盤橋→日本橋まで日本橋川を流すタイムトライアルのイベントだ。1艘1口1000円の寄付金でミニ天馬船に好きな名前を登録してみるのものも良し、日本橋川を流れるミニ天馬船の眺めを愛でるのもよし、ボランティアとして準備、当日の運営、後片付けなどに関わるのもあり。
「天馬船プロジェクトは、実行委員会から日々の作業まで全てがボランティアの方によって支えられているといっても過言ではありません」
NPO法人、町内会、デベロッパーの担当者――同じ街づくりという同じ分野で違う立場で活動するメンバーがまるで文化祭のようにプロジェクトを盛り上げる経験は、今後の街の未来にも大きな強みになるだろう。参加費用は活動費の助成とともに、河辺の活性化、浄化活動を行う団体への寄付に活用している。
今年の開催は10月29日(日)8時から。写真は去年のプロジェクトの様子。1万のミニチュア和船が流れる様子に、道行く人も足を止める。水運や物流の要だった日本橋川が注目されるきっかけにもなる(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
「このミニ天馬船にタグを付ける手作業は、地域に暮らす女性たちが手伝いにくれているのですが、おしゃべりしたり、すごく楽しそうですよ」(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
アートとコミュニティで、社会的課題にアプローチする
アートに触れることで、今直面する社会的課題に気づく契機にもなる。
「コミュニティ・アートやソーシャリー・エンゲイジド・アートと呼んでいますが、美術館という場を飛び出して、観客を巻き込みインタラクティヴな実践を行うことで、社会的な課題に感じることができるはず。見る人が一方的に鑑賞するのではなく、参加者が心を開いて受け止める、その一連のプロセスがアートなんです」
前述の「超分別ゴミ箱2023」では当然、そのゴミの量に圧倒されるだろうし、「天馬船プロジェクト」では、川の汚れ、ゴミの多さに衝撃を受けるだろう。
単発のワークショップだけでなく、それ以前の準備段階からもそれは始まっている。
「そもそも、コミュニティの形成をプロジェクトの主眼とする場合、アイディアや活動そのものを、アートは専門外の参加者が決めていく場合もあります。アーティストが全ての意思決定になるわけではありません。
主導する意思を大切にファシリテートするのがアーティストの役割なんです」
2023年11月3日に神田の路上で開催される「なんだかんだ」。神田錦町の路上を封鎖して道路全面に畳を敷き、「縁日」に。畳があると、のんびり寛いでしまうもの。ワークショップや演劇も開催され、通常では行えないコトが可能になった空間で、普段あまり設定のない人たちとの交流が体験できる。写真は昨年の様子(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)
街の歴史をアートで刻み、街の文化を保存する
「歴史と未来」もテーマのひとつ。東京の「記憶」を呼び覚ますことは、未来の可能性を考えることに不可欠だからだ。その舞台となるのが、再開発がどんどん進む東京において、歴史を感じさせてくれる建造物だ。
例えば、もともとは紳士服のディーラーだった海老原商店は関東大震災後の復旧時期に建てられた建物。今年の展示のテーマは「パブローブ:100年分の服」。関東大震災から現在まで100年の間に着られた服を募集し、見るだけでなく「着ることができる」体験型の展示だ。1930年代から2000年代までの服がずらりと並び、本人だけでなく、母や祖母が大切に保管していた服もある。
そして、服にはそれぞれ、その服にまつわる逸話が記されている。その文章をひとつひとつ読むだけで、その服の時代性と、個人個人の物語が浮かび上がってくる。男女雇用機会均等法の黎明期に働きだした女性のスーツ、祖母が祖父のために縫った浴衣、晴れのシーンに特別に誂えたワンピース、曾祖父が戦中に着ていた国民服……。
美術館に飾られているのではなく、実際に袖に手を通すことで、その物語がずっとリアルに感じられる。
職人によって丁寧に縫製されたワンピースは50年以上たった今も現役。ファストファッション中心の廃棄の多いファッション業界を少しだけ見直すきっかけにもなるかもしれない。
一部の展示のみの服を除けば、実際に着ることができる。着たまま街に出かけることもできるので、レトロな街並みと一緒に撮影をする若い世代が多いそうだ(写真撮影/片山貴博)
提供してくださった方の祖母が子どものころ、1920年代に着ていた着物、戦中の国民服から、1980年代に大流行していたブルゾンまで(写真撮影/片山貴博)
千代田区が指定した景観重要建造物である海老原商店(写真撮影/片山貴博)
スクラップ&ビルドで変化し続ける東京の街並みのなか、かろうじて残っている歴史的建築物を舞台に、「記憶をつなげる」アートも展開している。
例えば、巨大な顔看板が目立つ「顔のYシャツ」。元は紳士服のオーダー店だが、この看板は60年以上も前から、この神田の街にあるもの。ただ、実はすでに解体が決まっている。
オフィスビルの多い神田の街に突如現れる看板。初代店主の青年時代の似顔絵が元だとか(写真撮影/片山貴博)
「目立つでしょう。ここに昔から住んでいる人にとっては、あって当たり前の存在なんですよね。子どものころの思い出に強力に結びついているんです」。取り壊しまでの期間、こうして「誰でも訪れることができる」ギャラリーに。Tシャツやワッペンなどグッズも販売している。実際に使っていた包装紙をモチーフにしたアイテムもおしゃれだ。
古い建物が壊されてしまう流れは止めようもない。しかし、いきなり解体、瓦礫の山になるのではなく、ゆっくり時間をかけて、お別れを言う。そんな猶予を与える役目もあるだろう。
室内は、自分の人生を振り返るような、ひとつずつ言葉を巡るギャラリーに(写真撮影/片山貴博)
この「顔」をモチーフにしたTシャツやステッカーなどグッズ化するほか、そっくりコンテストやお面をつけたパーティなども企画(写真撮影/片山貴博)
「とはいえ、“アートに興味がある”人が限定されているのも事実です。ただ、前回ボランティアで参加した方の多くが今回も参加していることから、少しずつ広がっていくんじゃないでしょうか。当初は懐疑的だった協賛企業の方も、実際に利用者の反響を聞いたことで、ぐっと今年は前向きに参加してくださっているケースもあります」
アートは、言葉や年齢を超える力があり、ただ鑑賞する、だけではなく、体験する、参加する行為は、より能動的だ。これらの活動が継続されれば、それだけ街の文化として定着し、アートを媒体としたコミュニティは街の魅力になるだろう。
●取材協力
東京ビエンナーレ
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