佐川恭一『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言 新感覚文豪ゲームブック』に熱くなる!

 芥川賞がほしい。なんとしても受賞したい。決してあきらめない!!

 そんな野望に、心が熱くなっている。3日前までの私にとって、芥川賞は受賞したいものではなかった。読むものであり、売るものであり……、無責任に予想するものだった。なのに、なぜこんな気持ちになってしまったのか。全てはこのゲームブックのせいだ。

 主人公の「君」が小説を書き始めたのは大学生の時である。好きになった女子(美人読書家)を振り向かせたいというのがその理由だ。彼女のまわりには読書好きでインテリ風の男たちがたくさんおり、読書習慣がなく、ビジュアルもインテリ風でなく、トークも面白くない「君」に勝ち目はなさそうだ。

 高嶺の花はムリだと思うよ。自分に相応しい相手を探したほうがいいんじゃないか? そういう女子がいればだけどね……。

 読者である私はそんな意地悪目線で見てしまうが、「君」はあきらめない。名作を書く大作家になれば振り向いてもらえるのではという思いから、小説を書き新人賞に応募したところ、なんと一次審査を通過してしまう。

 才能あるかも。芥川賞も夢ではないのではないか。そう考えて新人賞への応募を続ける君に、数少ない友人の一人から就活イベントへの誘いがある。誘いにのるべきか、断るべきか。さあ、最初の選択だ!

 私がこの本を購入してから3日が経ったが、すでに3回ほど失意のうちに小説家の道をあきらめ、1回は別の方向で人生に喜びを見出し、2回は芥川賞とは違う有名で権威のある文学賞を受賞した。このゲームブック、思ってた以上に難しいのだ。チャンスもトラップも、予想通りに仕掛けられてはいない。十分楽しんだし、すごい賞だって獲ったし、もういいじゃん!という気もするが、やり直しが効く人生ならば目的(=芥川賞を受賞して美人読書家といい仲になること)を達成してみたいのだ。

「君」は無駄にプライドが高く、自意識過剰気味だ。キレやすく小狡いかと思えば、気が小さい。美女たちを前にすると、自分を大きく見せようとする姿が痛々しい。ツッコミどころだらけの「君」の滑稽さを、著者はいい感じのディテールで描く。芥川賞?ムリムリ……と半笑いで読んでいくうちに、「君」と私の境界が次第にブレていく。編集者にひどいことを言われても、美女に高額商品を売りつけられても案外めげてない「君」に、芥川賞を受賞してほしいという気持ちになってくる。

 エクセルを使うか、ワードを使うか。編集者に返事を催促するか、しないか。怒るか、我慢するか。ひらかたパークに行くか、ディズニーランドに行くか。そういう小さな選択で人生は大きく変わる。ある地点までくると、どっちを選んでも苦いゲームオーバーが待っていたりもしてへこむ。一体どこで間違えたのか、と考えながらページをパラパラさせていると、かつて私自身が行った人生の選択のことを思い出してしまう。

 あの時、あの発言をしなければどうなっていたのか。あの本を読まなかったら、全く別の仕事をしていたのではないか。

 変えられない過去のことはとりあえず忘れて、今は「君」としてさわやかなエンディングを迎えることに集中したい。

 まだ、芥川賞受賞あきらめてません。皆さんもぜひ、お試しください。

(高頭佐和子)

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