まちまちな三人の下町散歩〜かつしかけいた『東東京区区』

空が広くて、坂がない。いわゆる「下町」と呼ばれる東京23区の東部に引っ越して、何より体感したのはその二つだった。特に川のほとりを歩いた時の「みはるかす」感じには、越してから時間の経った今でも圧倒される。同じ東京でも23区からさらに西、私が生まれ育った北多摩地域は坂も多ければ川幅も狭く、土地自体が不規則に隆起しているのが当たり前。ひと口に「東京」と言っても、大きな違いがあることを実感した。

本書に惹かれたのも、物語の舞台が一因だ。読めそうで読めないタイトルは、『ひがしとうきょうまちまち』。そう、まさに下町である。1巻に登場するのは葛飾区に墨田区、江戸川区に江東区に荒川区と、この地に越してからすっかり馴染みとなった場所ばかり。ページをめくるたび、少しくすぐったいような、どこか嬉しい気持ちが湧いてくる。

足立区在住の大学生・サラは、インドネシア人と日本人の両親を持つムスリムで、社会学を学んでいる。ある日、葛飾区・立石の図書館でレポートを書いていた彼女は、ランチタイムに近くのカフェへと入った。店を切り盛りするエチオピア人の女性には、同じくエチオピア人の夫との間に、小学生の娘・セラムがいる。その後、ひょんなことからサラはセラムとともに、彼女の父の元まで忘れ物を届けることになって──。

本作が連載中の「路草(みちくさ)」は、2021年7月にスタートしたWEBコミックメディアだ。2015年に設立された出版社・トゥーヴァージンズが運営しており、比較的新しい媒体といえる。著者は葛飾出身・在住の漫画家兼イラストレーターで、本作が初単行本ながら、そうとは思えぬ完成度。お話はもとより、丁寧に描かれた風景や効果的な一枚絵と見開き、トーンの使い方まで、いずれもスタイリッシュで読みやすい。

さてサラとセラムは、目的地の最寄り駅・押上に到着する。アプリの地図を頼りに、寄り道を楽しむ二人だったが、ある所で道に迷っていることに気づく。焦る二人の前に現れたのは、中学生の春太。葛飾区・亀有生まれの彼は地理に詳しく、新たな道案内人を得た二人は、セラムの父の元へと無事たどり着く。

そうして、ふしぎな縁で繋がった三人の下町散歩は始まった。だが本作は、単なる街紹介のガイドブックとはならない。それぞれ異なる生い立ちと生活をはじめ、彼女らが出会う人々との触れ合いを通して、日本で暮らすことの難しさや違和感にも光を当てる。たとえば春太は、地理と歴史の知識を豊富に持つが、学校には通っていない。そう告白する彼に対し、サラは理解を示した上でこう語る。「自分が社会の想定する『普通』には含まれてないってよく感じる」「ただそもそも周りが思う『普通』ってなんだろうってことも考えてるよ」と。

ふだん何気なしに見ている風景も、彼女らのフィルターを通すと、また違って見えてくる。登場人物たちのユーモアあふれるやり取りや、お互いへのリスペクトも心地よい。譲れない部分は真剣に、でもまずは好奇心を持って、まちまちな街と人に向き合う。三人の散歩の続きが待ち遠しい。

(田中香織)

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