現実を突きつけて来る短編集〜桐野夏生『もっと悪い妻』
「悪妻」を描いた短編集だ。現実を突きつけて来るラストに、モヤモヤしたり、ビクッとしたり、共感したり、呆れたり……、さまざまな感情が味わえる。人の心って、どうしてこんなにかみ合わないのだろうかと、考えさせられる1冊でもある。
最初に掲載される「悪い妻」の主人公・千夏は、販売の仕事をしている。登場してすぐに、甘えてくる2歳の娘を悪鬼のような形相で怒鳴り、イラついて小鍋を投げる。
うーん。これはよくない。誰もがそう思うだろうけれど、千夏自身もそれはわかっているのだ。ワンオペ育児は限界に達している。娘を可愛がってくれる隣家の老夫婦も、虐待を疑っているようだ。
千夏の夫は牛丼屋でバイトをしながらロックバンドのヴォーカルをしている。そこそこヒットした曲もあり、女の子のファンもいるが、家ではただの木偶の坊である。何もしないくせに要求は高く、都合の悪い話は聞こえないふりだ。おまけに夫のバンド仲間は、変なエピソードを捏造して千夏を悪妻扱いし、ライブで笑いのネタにしているらしい。
これはムカつく。まずは誰かこの使えない男にガッツリ説教をして、根性を叩き直してやってほしい……と思ったところで、千夏はある行動に出る。緊張感あふれるラストの心理描写に、背筋がヒヤっと凍った。その後の展開を何パターンも妄想してしまう私は、悪趣味なのだろうか?
年下の女性店員につきまとっているタクシー運転手が、元妻の父親のそっくりの老人の幽霊(?)を見る「武蔵野線」と、単身赴任中の夫を事故で亡くし、長く一人暮らしをしている女性が過去を回想する「オールドボーイズ」では、孤独という感情を持て余す男性たちが描かれる。意表をつく結末に一瞬顔がひきつり、その後苦い笑いが込み上げてきた。
最後に掲載されているのは、元カレと会っていることを夫に隠さない妻が主人公の「もっと悪い妻」である。これを読んだときには、「悪妻」という言葉の印象が、自分の中で変わっていることに気がついた。彼女たちは「悪い」のだろうか。「悪い」かどうかを決めるのって、いったい誰なんだろう?
(高頭佐和子)
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