ポストヒューマンSF「タコですがなにか」〜伊野隆之『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ』
ロールプレイングゲーム発祥のシェアワールド〈エクリプス・フェイズ〉の世界設定に基づいて書かれた連作集。
伊野隆之は2009年に『樹環惑星 –ダイビング・オパリア–』で第十一回日本SF新人賞を受賞してデビュー。現在は日本SF作家クラブのウェブマガジン「SF Prologue Wave」の編集委員を務めている。本書に収められたうちの幾篇かは同誌に発表されたものだ(こうして一冊にまとまる際に加筆をおこなっている由)。
舞台となるのは二十三世紀。人類は太陽系の各所に進出して、多彩な社会・産業を営んでいる。主人公のザイオンはかつて事業で財産をなしたが、住んでいた地球が軍用AIに侵略され、その混乱のなか身体を捨てて精神だけで脱出することを選択した。
しかし、覚醒は期待したものとまったく違っていた。タコ型の擬体に入れられ、苛酷な環境の金星で、マデラという男の私有物になっていたのだ。マデラは金属資源開発をおこなう公社の実権を握る立場で、出資元である太陽系最大の金融企業複合体ソラリスコーポレーションの威光を笠に着て、ほしいままに私腹を肥やしている。
ザイオンは隙を突いてマデラの元から逃亡(タコ型擬体の機能が役立った)。差別・格差・搾取が当たり前の金星社会において、底辺からのしあがるべく知略をめぐらせていく。当面の目標は、覚醒前に築いた財産にアクセスするための金星脱出だが、そのためには身分認証システムの裏をかく必要がある。陰険なマデラと、その手下である知性化カラスのインドラルの追跡もかわさなければならない。
怪物的に発展する太陽系経済、身体改造や精神のアップロードが日常化したポストヒューマンの価値観、そのなかで遍歴を重ねていく主人公。こうした設定を見ると、ブルース・スターリング『スキズマトリックス』に近い(さらに遡ればジョン・ヴァーリイの《八世界》シリーズ)。サイバーパンクの意匠や小道具も、当たり前のようにちりばめられている。
ただし、ソリッドな雰囲気のスターリング作品に対し、『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ』はかなりズッコケた展開、トボけたやりとりがあって、それが独特の味を醸している。なにしろ、主人公がタコで、敵役のカラスに突っつきまわされたりするのだ。漫才かよと笑ってしまうシーンがいくつもある。
(牧眞司)
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