メガトン級の怪獣エンターテインメント
TVの町歩き番組で、食べ物屋を訪れた出演者が名物メニューを前に、「これ、絶対旨いやつ!」と大喜びをする演出がよくある。台詞としてはじつに紋切り型だけど、画面に映しだされた現物を見てしまえば、うーん、実際に美味なのだろうと視聴者も頷いてしまう。
その紋切り型をあえて真似よう。
「これ、絶対面白いやつ!」
なにしろ『怪獣保護協会』には以下の条件が揃っているのだから。
(1)正面切っての怪獣小説である。原題がThe Kaiju Preservation Society。
(2)新型コロナの流行、ドナルド・トランプによる混乱など執筆当時(2021年1~3月)の世相がくっきり反映されている。
(3)主人公がSFや特撮の濃いオタクである。
(4)随所に仕掛けられたユーモアとジョーク。
(5)なんといってもエンタメでは定評のあるスコルジーの新作だ。
フードデリバリー企業の本部社員として腕を振るうはずだった若手ジェイミー・グレイは、CEOロブ・サンダースの恣意的人事により解雇の憂き目に遭い、デリバリースタッフとしての契約を余儀なくされる。コロナ感染症が蔓延するニューヨークでは仕事がないため、選り好みはできないのだ。ジェイミーの境遇について、ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』が繰り返し言及されるあたり、この作品特有の雰囲気というか、わかっている読者に対するくすぐりだ。
ジェイミーは配達先で偶然、旧知のトム・スティーヴンスと再会し、彼に新しい就職先を紹介される。世間には明かされていない動物保護組織の仕事だ。トムは「物を持ちあげる単純労働」だというが、蓋を開けてみればジェイミーが想像していたのと大違い。動物保護といっても対象は、パラレルワールドに棲息する怪獣たちであり、物を持ちあげる仕事には大変なリスクがともなう。
そもそものはじまりは、第二次世界大戦後の核実験によって、私たちの地球と怪獣たちが独自の進化をとげたパラレル地球とのあいだの壁が揺らいだことだった。核爆発は怪獣にとって餌であり、それに惹きつけられ、次元の壁を越えてこちらへ出現してしまう。日本の映画『ゴジラ』も、じつはパラレル地球から越境してきた怪獣に触発されて製作されたのである。1955年に核保有国のあいだで話し合いが持たれ、怪獣が越境しないように監視する組織が極秘裏につくられ、それがのちに〈怪獣保護協会〉となる。ジェイミーがリクルートされたのはこの団体だ。
パラレル地球に設けられた前哨基地に赴いたジェイミーは、一緒に働くチームのメンバーに紹介される。出自や専門はそれぞれだが、いずれおとらぬ個性的な面々で、彼らのあいだの愉快なやりとりと、怪獣をめぐるスリル満点の作戦が、この物語のメインとなる。明朗快活な娯楽SFなので、わかりやすい悪役も登場する。怪獣を自分の欲得のために利用しようと画策するクズ中のクズだ。
スコルジーらしい、少し凝ったSF設定も楽しめる。登場人物のひとりは「怪獣を動物と考えてはいけない」と言う。システムや生態系であって、怪獣の寄生体を含めて物質とエネルギーの代謝を行っている。その代謝がメガトン級のスペクタクルを生みだす。
(牧眞司)
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