”障がい者も入居可”ではなく”入居したい”部屋の選択肢を。賃貸の負に挑む小さな不動産屋さん エステートイノウエ・岡山県倉敷市
家とは、生活の拠点であり、自分の心と体を休める場所。誰にでも住まい探しにはいろいろな要望があります。住まい探しに苦労が多い住宅確保要配慮者と呼ばれる人たちのサポートに積極的に取り組む岡山県倉敷の街の小さな不動産屋さん、LIXIL不動産ショップエステートイノウエでは、住まい探しに加え、自立・社会復帰のサポートにも力を入れています。支援を必要とする人に「入居できる」という最低限の選択肢ではなく「入居したいと思える」ような部屋を(複数の選択肢の中から)紹介する取り組みとその意義とは? 同店の曽我敬子さんに、話を聞きました。
「入居できる」ではなく、「入居したい」家に至ったきっかけとは
LIXIL不動産ショップエステートイノウエは、桃や白壁が多い街としても知られる岡山県倉敷市にある、従業員4名の小さな不動産屋さん。そして住まい探しに困っている人たちに賃貸物件を紹介して、地域社会に貢献している会社でもあります。
きっかけは、およそ10年前に地域の生活支援センターから依頼を受け、住まい探しに困っている人のお部屋探しをサポートしたことでした。住宅確保要配慮者とは、障がい者や高齢者、一人親世帯、外国人など、住まい探しで不当な偏見や差別を受けたり、住宅そのものに特別な配慮が必要だったりと、一般の人に比べ、住まい探しに大変な思いをすることが多いのです。担当の曽我さんは月に約60件以上の相談をほぼ一人で対応しているそう。そして、2012年以来、住宅の確保に配慮が必要な人たちに住まいを仲介した実績は600件以上に上ります。
(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
LIXIL不動産ショップエステートイノウエで居住支援を担当している曽我さんが、何人もの入居希望者と話していて感じたのは、「あなたに貸せる部屋はここしかない」と言われるのと、いくつかの選択肢の中から自分が選んだ部屋に住むのでは、入居した後の暮らし方が全然違うということです。
「住まい探しに困って相談にいらっしゃる人が希望されることは、例えば『職場に近い部屋が良い』だったり『ウォシュレット付きのトイレがある物件が良い』だったり。一般の人と変わりはありません。自分で気に入って選んだ部屋ならば、そこに長く住みたいと思うので、近隣とのトラブルは起きにくくなります。ですから、希望の部屋を選べるよう、少なくとも2件以上の物件をご紹介することを心掛けています」(LIXIL不動産ショップエステートイノウエ 曽我さん、以下同)
2023年には、地域の協力者とともに行うLIXIL不動産ショップエステートイノウエの居住支援スキームが高く評価され、国土交通省の「第1回 地域価値を共創する不動産業アワード」で優秀賞を受賞しました。住みたいと思える部屋の提供を目指すとともに、生活の立ち上がりの支援なども行って入居者の負担を軽減することが、高い入居率やトラブル発生防止につながると、曽我さんは話しています。
国土交通省の第1回地域価値を共創する不動産業アワードの居住・生活支援部門で優秀賞を獲得したLIXIL不動産ショップエステートイノウエの曽我さん(右から二人目)(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
低家賃でも「住みたい部屋」を叶えるための支援
多くの場合、住まい探しに困っている人たちが払える家賃には上限があります。その中で入居したいと思えるような、設備が充実した部屋を紹介するのは、なかなか困難です。
「倉敷市では、築浅の賃貸物件はハウスメーカー施工・管理のものが多いのですが、生活保護を受けている人の入居がOKなものがほとんどありません。オーナーさんがOKだとしても、入居後のトラブルを懸念する管理会社の判断でNGとなってしまうケースがあるのです。オーナーさんや管理会社に対して、支援者によるサポート体制があることやトラブルのリスクが一般の入居者と変わらないことを何度も説明し、お願いしていますが、どうしても受け入れてもらえないことがあります」
そのような人たちも入居でき、さらに快適に暮らせるよう、同社では自社で物件を購入してリフォームを施し、入居を希望する人に選択肢をつくる取り組みもしているとのこと。所有している物件は現在では9棟になるそうです。
自社でオーナーとなってリフォームを行い、外壁塗装など手を加え、見た目もキレイに(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
「私たちのような小さな会社が自社で物件を購入して保有し続けるには、多額のお金も必要になるため勇気のいることです。しかし、これだけ理解を得られるよう頑張って説明しても入居が難しい人たちに住まいを提供するには、もう私たちがオーナーになるしかないと社長が決断しました。
低所得の人が多く、家賃を低く設定せざるを得ない分、利益は少なくなるかもしれませんが、気に入っていただければ長期で借りていただけることが多いので、事業として成立しています」
実際、購入時は30室中10室が空室だった中古の1棟物件が3カ月で満室に。そして全9棟(計80室)のうち、現在、空室はわずか2室のみだとか。その2部屋も、急きょ入居が必要な人が現れたときのための戦略的空室なのだそうです。
家賃を抑えつつ、住宅確保要配慮者が住みたいと思える部屋を実現。選択肢を増やす取り組みを行っている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
家財道具を持たない人にも設備の充実した住まいを。その仕組みとは
支援を必要としている人たちは、さまざまな事情を抱えています。なかには家財道具を一切持たず、着の身着のままで部屋を探す人も。そのような状況でも入居者が安心して暮らせるよう、曽我さんたちはいろいろな工夫をしながら支援を充実させています。
その一つが、家財道具の提供です。入居する物件によっては、カーテンや照明器具がついていない部屋もあります。同社では、事業の一環で残置物(※)をそのままの状態で家ごと買取をすることがあり、ある一定の手順を踏んで、有用なものを社会福祉法人に声掛けをして、使えるものを渡したり、生活支援を必要とする入居者に提供したりしているそうです。
※入居者が貸主の許可のもと自らの負担で設置した設備や、家を売却する際に家具など使用していたものをそのまま撤去せず残していったもの
リユース可能な残置物や不要品は、社会福祉施設への寄付や生活保護者への再販のほか、社内で保管をして、必要な入居者に提供することもあるという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
その手順とは、以下のとおり。
1. 残置物のうち売主(物件のオーナー)や親族が引き取れるものは引き取ってもらう
2. 古物店やリサイクルショップを紹介して買い取ってもらう
3. 最終的に誰もいらないとなったものを支援団体に渡す
この方法は、それぞれの関係者によってニーズが異なることがポイントです。支援で必要としているのは、カーテンやタオル、石鹸など日々の生活で使うもので、売主や親族が必要とする貴金属類などではありません。また、古物店はアンティークのものを探していて、リサイクルショップは使用年数が約3年以内の比較的新しい中古品のみを引き取ってくれます。それ以外の中古品は引き取ってくれないので、結果的に残ったもののなかに支援に使えるものがあるというわけです。
オーナーや売主から不要なものを引き取り、活用していく仕組み。電気店や古物店など、協力者の存在も大きい(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
「例えば、中古のエアコンを素人が取り外すのは大変です。そこで、協力してくれる電気店に依頼して取り外してもらって、必要とする人に提供します。基本的に現在ご協力いただいている電気店さんはその作業を無償でやってくださるのですが、生活保護を受けている人は家具什器(じゅうき)代が倉敷市から支給されます。そのため、必要とする人に安く再販売することで、そこから電気店にわずかでも費用を支払うことができるという仕組みです」
支援が必要な人とオーナー、両面からのアプローチが必要
曽我さんのところには、社会生活に困難を抱えている人たち(生活困窮者やひきこもりなど)の相談窓口である倉敷市の「生活自立相談支援センター」や、一時的避難施設であるシェルターを運営する「倉敷基幹相談センター」のほか、数々のNPO法人や同業の不動産会社からも入居できる物件がないか、相談が寄せられるそう。
居住支援では、支援が必要な人の不安を取り除くことと、オーナーや管理会社の不安を取り除くことの両面からのアプローチが必要だと、曽我さんは話します。
「支援が必要な人の不安を取り除くためには『気持ちに配慮した距離感』が必要です。住まいのご希望や転居理由などについては詳しくヒアリングしますが、住まいのマッチングに必要のないことにはできるだけ触れないようにしています。ヒアリングでは必ず各センターの支援員さんを通して話すようにし、直接相談者さんに連絡することはありませんし、お申し込みに至るまで、私から相談者のお名前や障がいの内容、借金の有無などを聞くこともありません」
親身に住まいの希望を聞くが、プライベートな話には立ち入らないように配慮して、相談者の不安を和らげることが大切(画像/PIXTA)
「一方、入居後の近隣とのトラブルや滞納などを不安視するオーナーさんや管理会社に対しては、きちんと説明をしないと、後からだまされたと感じてしまわれたり、一度でもトラブルなどの対処で失敗してしまったりすると、二度と協力していただけない可能性があります。安心して任せていただくためにも、家賃保証会社の利用は必須です。そして、Face to Faceのコミュニケーションを大事にしています」
正しい知識を持ってより詳細な情報を伝えられるよう、曽我さん自身、FP(ファイナンシャルプランナー)や不動産コンサルティングマスターの資格を取得して知識向上にも努めてきたそうです。
「私がやらなければ困る人がいる」10年以上にわたる支援で見えてきた成果
街の小さな不動産会社が住まいだけでなく、家財道具やメンタル面にも踏み込んだ居住支援を行うのは簡単なことではないでしょう。曽我さんは「私がやらなければ、誰もやる人がいない。私がやらなければ、困る人たちがいる」という思いに突き動かされ、気がつけば10年以上が過ぎていたと言います。そして、曽我さんの周りの支援環境は少しずつ変わってきているようです。
「ここ数年で大きな支援団体だけでなく、大小さまざまな団体や、市の職員の方から直接お問い合わせをいただくことが多くなっています。支援は私一人ではとてもできることではありません。行政や地域の企業、オーナーさんなどさまざまな方たちとの連携によって、住宅確保が困難な人たちにも住み心地に配慮した住まいの提供が持続的に可能となったのです」
支援者やオーナーと密に連絡を取り、要支援者の暮らしをサポートしている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
さらに、ほかにもいろいろな成果があると曽我さんは話します。
「オーナーさんへの説得や不安解消にと勉強したことが、今とても役立っていると思います。
建築の知識が身につき、お部屋を見に伺ったときにアドバイスなどもするようになった結果、自社管理物件以外の物件のオーナーさんにも顔を覚えていただき、直接、外壁塗装やリフォーム工事の依頼を受けるようになりました。2022年にはリフォームだけでおよそ1000万円を売り上げています。不動産売買のご相談も増え、自社所有物件については、ほぼ満室が続く状態です」
居住支援を継続していくには、収益についても考えていかなくてはなりません。
「そこが本当に大変なのですが、これら居住支援以外の事業収益とトータルでなんとかバランスをとっている」そうです。
「私がやらなかったら誰もやる人がいない、私がやらなければ困る人たちがいる」という想いに突き動かされて、10年以上居住支援に携わってきたという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)
2012年に生活困窮者への住まい斡旋(あっせん)を始め、2019年には家財道具の提供や自社物件への入居と居住支援に幅を持たせてきたLIXIL不動産ショップエステートイノウエ。街の不動産屋さんや電気屋さん、古物商など、私たちの近くにもありそうな普通のお店がタッグを組むことで「ここまでできるんだ」ということを見せられた気がします。
そもそも、入居できる部屋がなかなか見つからないからといって、どんな部屋でもいいわけではないのは当然のこと。入居を検討する人の希望が叶う「住みたいと思える部屋」は長期入居につながり、空室の解消や近隣とのトラブル回避だけでなく、入居する人の前向きな気持ちを引き出すことにも大きく貢献できるのだと感じました。
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