ゆるくて鋭い社内政治小説〜津村記久子『うどん陣営の受難』

 社内政治がテーマ、と言われると心が熱くなる企業小説を思い浮かべる方もいるかもしれないが、そういう作品ではない。不気味さと奇妙なゆるさとが共存している小説だ、それでいて、無意識な部分を刺激するような鋭さがある。

 主人公が勤務する社之杜社は、二十年前に現在の場所に移転し、地元企業である野乃花社を吸収合併した会社である。会社には、四年ごとに会社の代表を決める社員全員による投票がある。第一回投票で票数が上位だった二名を候補として、第二回目の投票が行われるという仕組みだ。さぞ民主的な会社なのだろうと思う人もいるかもしれないが、そういうわけでもない。

 主人公が応援する緑山さんは、第一回投票で惜しくも三位となり、現在代表である藍井戸候補と黄島候補の二人で二回目の投票が行われることになった。緑山さんはリストラや給料の引き下げに反対するというスタンスで、支持しているのは元野乃花社の社員や現地採用の社員が多い。主人公はこの地域の出身ではないが、リストラや減給は嫌なので緑山さんを応援している。実は、もう一つ理由がある。夜型の人が多い地元出身の社員に合わせて23時から開催される会合で、美味しいうどんが振る舞われるのである。うどんなら私も好きだけど……、なんなんだ、その変な集会は!

 会社の業績は悪い。藍井戸は減給を匂わせているし、黄島は吸収した野乃花社出身の社員のリストラをしたがっている。主人公は、どちらも「クソ」だと思ってはいるが、緑山陣営に頼れるタイプの社員がいないことも気になってはいる。二回目の投票は棄権をしたいと思っていたが、そうもできないムードになってきた。緑山支持だった社員の票を取り込むために、運動員たちはさまざまな手段で近づいてくる。仕事上の便宜を図ることで、自分達の陣営に取り込もうとしてくる者もいる。どこか人間味が感じられない不気味さで迫ってくるのが怖い。そんな中、緑山陣営の人々はうどんを通じて絆を深めていくが、告発のメールや音声データも出回って……。

 めんどくさい会社だなあ。もっといい候補者はいないものなわけ? エネルギーの使い方が間違ってるって。この会社、未来は明るくないだろうなあ。

 そんなことを考えつつ読んでいると、社之杜社の滑稽さが、自分の生きる現実と嫌なくらい被ってきて、ハッとさせられた。ふわふわした気分で散歩していたら、足の裏がチクッとする何かを踏んでしまい、我にかえるような感じ、と言えば良いのか。どんよりした気持ちは、ページを閉じた後も私自身の日常に続いていくのだ。

(高頭佐和子)

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