月面での不条理劇、歩くスパムの扱いかた
倉田タカシは「ネタもコードも書く絵描き」として活躍をつづける才人。ツイッターで呟いた短文をまとめた同人誌が円城塔に見出され、その推薦を受けて大森望が創元SF文庫の『量子回廊 年刊日本SF傑作選』(2010)に収録。14年には、ハヤカワSFコンテストに投じた長篇『母になる、石の礫で』が最終候補作に残り、単行本デビューに至った。
本書は、倉田タカシ初の短篇集だ。九篇を収録。
表題作は、「あなた」が主人公の二人称小説。宇宙服を着て月面に横たわっているところからはじまる。自分が誰なのかわからないし、どうしてこんな境遇になったのかの記憶もない。切迫感に襲われていると、何者ともわからない声が聞こえる。声はまず矢継ぎ早に質問を浴びせかけ、あなたが応対に窮していると、つぎは地球の歴史や宇宙の謎についての情報を語りだす。立て板に水の勢いだ。
月面に孤独で倒れている状況や、謎めいた存在とのコミュニケーションというところから、読んでいてジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』やアーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』といった名作が頭をよぎる。しかし、読み進むうち、身体の芯を押さえられながらいたずらに回転ばかりをつづけているかのごとき展開に、不条理感がせりあがってくる。声が伝えてくることは情報量こそ多いが、突飛で脈絡がなく、きわめてノイジーだ。「産業革命以降、人類はおよそ二八六回の〈ファーストコンタクト〉を経験しています」などとも言う。トマス・M・ディッシュ「リスの檻」を異常に饒舌化した感じである。
「二本の足で」は、スパム広告が高度化し、人型ロボット〈シリーウォーカー〉として物理的に押しよせてくるようになった近未来の物語。メインプロットは〈シリーウォーカー〉をめぐる青年たちのちぐはぐなやりとりだが、背景として移民に対する不公正な待遇の問題、排外的な愛国政党の異様な主張などが見えてくる。AIと人間性のゆくえを扱ったディストピアSFだ。
「トーキョーを食べて育った」も移民問題が俎上にあがるが、こちらは日本に限った状況ではなく、全地球規模で人間が移動したのちの混沌とした社会が舞台だ。何十年か前に、核戦争で多くの都市が壊滅してしまった。いま一応の平和のなか、子供たちがパワードスーツを着てサルベージしながら、無邪気に会話している。その会話の向こう側に歪んだ世界が垣間見える。
そのほか、軌道から大気圏へとさまざまなものを燃え落とすことが芸術となる「再突入」、人間が本源的に備える排他性を真っ正面から検討する「天国にも雨は降る」(本書のための書き下ろし作品)、超絶タイポグラフィ作品「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」など、バラエティに富んだ一冊。
(牧眞司)
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