“不利益顔”の人材を採用する!?〜石田夏穂『黄金比の縁』

 工場の設計を請け負う企業を舞台にした小説である。主人公は入社12年目で人事部勤務の女性社員で……、というと、さまざまな部署の社員が一丸となって奮闘する人間ドラマを想像する方もいると思うが、そういう展開にはならない。同僚とランチタイムや夜の居酒屋でわちゃわちゃしたり、最初はいがみ合ってた相手との間に恋心だの友情だの信頼関係が生まれたり、家族や親友の言葉からヒントを得て飛躍したり、不正を働いている偉い人をチームワークで糾弾……、というようなことも起こらない。胸キュンも胸熱も全くないところが、この小説の魅力なのである。 

 花形部署に配属され、エンジニアとして活躍するはずだった主人公の小野だが、ある騒動に巻き込まれ、入社2年ほどで人事部に異動を命じられてしまう。この騒動というのが、フィクションと思えばめちゃめちゃ笑える(が自分事だったらやり切れない)すっとこどっこいな出来事なのだが、ここでは説明しないのでぜひ書店で冒頭20ページを試し読みしていただきたい。会社に恨みを抱いた小野は、あえて組織にとって不利益な人材を採用して会社にダメージを与えようと決意する。経験と思考を重ねた結果、顔のパーツの「黄金比」を持つ人物が有益でない行動をするということに気がつく。話し方、表情、熱意、清潔感など、面接で通常はチェックするはずのことを一切考慮せず、顔のパーツの位置関係だけを基準に採用をするようになるが……。

 ピシッとアイロンのかかった白いシャツのようにスキのない主人公のキャラクターと、細かい心理描写を排除したような淡々とした文体が良い。上司や同僚など周囲の人物を、悪意のある言葉ではなく、小野の目に映るものをユニークな目の付け所と的確な比喩表現で描写していく。その冷静な辛辣さがクセになりそうだ。

 合理的で感情に流されず目的を見失わない小野は、会社員として能力が高い。人事のプロである上司も同僚も、「なんだそれ」とツッコみたくなるような評価軸で採用をしているので、小野が顔の黄金比で採用を決めていることには誰も気がつかない。それどころか、不利益顔の人材は上司のウケもよく、「人を見る目がある」とされ評価が高まっていく。

 痛快なはずのに、なんかモヤモヤする。きっと私自身も含めたほとんどの人が、そうやって選別したりされたりしてきたのだろうと、考えずにはいられないからなのだろう。小野は、揺るがない採用基準と観察眼により、ある秘密に気がつく。小野の決断を、ぜひご自身の目で確認していただきたい。

(高頭佐和子)

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