SFの設定・アイデアで現代韓国の問題に焦点をあてる
韓国SF界にあって2004年より活躍をはじめ、数々の賞を獲得したうえ、後続の世代にも影響を与えているキム・ボヨン。すでに英訳短篇集も刊行され、国際的にも注目株だ。本書には、彼女が2009年から2020年にかけて発表した十作品が収録されている。
「0と1の間」はタイムマシンの実現によって、過去と現在がはなはだしく混乱した世界を描く。アイデア面では、過去の時間SFが扱ってきたさまざまな時間論を再検討するような展開をみせつつ、物語を動かすテーマはあくまで現実の韓国においての社会問題にフォーカスしている。激しい学歴社会がもたらす実存的とさえ言える苦悩や後悔、世代間の意識のズレなどだ。
「赤ずきんのお嬢さん」が描くのは、構造的な男女格差である。精巧な合成身体の実現により、サーバ経由で自由に身体を選べるようになった。開発した企業側では女性型義体のほうが売れると考えていたが、実際に買われたのは男性型ばかりだった……。男性型義体が急速に普及したことで、生身の女性として生きることの意味が大きく変わってしまう。本人がどういう価値観を持っているかにかかわらず、社会的に色眼鏡で見られてしまうのだ。
「この世でいちばん速い人」は、普通の人間に混じって、さまざまな超能力を持った人間が存在する世界の物語。中核にあるのは「超人が心の病にかかったら国家的規模の厄災を招きかねない」というリスクである。悪党と化した超人に対抗できるのは超人しかいない。しかし、超人とはいえあくまで個人だ。なかには、この世界には救うだけの価値があるのかと、懊悩する者も出るだろう。スーパーヒーローという枠組を外してしまえば、そこにあるのは現代社会に生きる青年が抱く疑問と相似形である。
「鍾路のログズギャラリー」は、「この世でいちばん速い人」の続篇。バス停に掲げられた塾の広告に、「あなたのお子さんが超人だったらどうしますか?」というキャッチコピーがついている。DCコミックスを思わせる現代的なスーパーヒーローをめぐる状況だ。
表題作「どれほど似ているか」では、航行中の宇宙船のなかで目覚めた主人公(私)が、自分がAIであることを知らされる。ほかの乗員たちは、なぜか私に対して暴力的だ。閉ざされた環境を舞台として、AIの意識問題と併せて、人間が他人に向ける感情の問題が浮上する。結末に仕掛けられたミステリ的どんでんがえしが、なんとも鮮やかだ。
どの作品も際立ったSFの設定を用いながら、現実の社会そのままの不信や憂鬱が生々しく扱われる。巻末の解説で、池澤春菜さんが「韓国SFにはフェミニズムや分断、差別をテーマにしたものが少なくない」と指摘する。キム・ボヨンは、そうした潮流の代表作家なのだろう。
(牧眞司)
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