56篇の詩が心に入り込む――詩集『神さまのいない場所で』が描く、優しく仄暗い世界
言葉の響きやリズムを通じて感情や思考を表現する「詩」。短い文章で読む人の感性を刺激するその魅力は、長い文章を得意としない現代人にもスッと入り込みやすく、読む人の心を揺さぶります。2023年6月8日(木)に発売されたばかりの伊東友香さん著『神さまのいない場所で』にも、現代を生きるわたしたちの心にしみる、美しく憂いをおびた56篇の詩が収められています。
伊東さんは学生時代から詩・エッセイ・童話を書きはじめ、現在はテレビ・ラジオ番組への出演、音楽アーティストへの詞・詩の提供などをおこなっている詩人です。主な著書には、絵本『おなかがすいた』(創藝社)や詩集『クロネコを撃ち殺したくなったら』(学びリンク)などがあります。
伊東さんは同書に「どうでもいいことばかりの日常の中で、少しだけどうでもよくないことを詩にした」と記しています。息子さんとの日々を描いた詩は非常にあたたかく、読むと情景が頭にぽっと浮かんできます。
「”庭”
綺麗なものを見たくて
アジサイを買ってきた
庭に捨て置かれた壺に入れてみたら
よく似合う
雨を受けて笑っているように見える
小さな花弁たち
昨晩読んだ絵本では「森がお家なの」と木が言っていた
アジサイを見た子供が「おんなじだ」と言う
植物みたいに生きたいなと思う
植物みたいに生きてほしいと願う
それがなかなかに難しいと知っていて
最近、プランターがどんどん増えていく
ジャングルみたいな庭で
息子と潜んでいよう
雨があがれば公園に行きたいと
きっと言うけど」(同書より)
そのいっぽうで同書には”死”という言葉を使ったり連想させたりする詩も多く収められています。
「”本当は”
心の声に耳を澄ます
何もやりたくないと言っている
夢中になっている振りでもするか
あっという間に死ねるように」(同書より)
伊東さんには兄がおり、酔うと「神さまなんかいるわけないだろ」とよく言っていたのだそうです。伊東さんはあとがきに「死にたいと思うのも、生きたいと思うのも難しい人がいる。兄が死んでからも、神さまが現れることはなかった」(同書より)と記しており、タイトルを『神さまのいない場所で』とした伊東さんの想いはどのようなところにあるのか、読む人でさまざまな解釈が生まれそうです。
リリー・フランキーさんは同書に「ここにある言葉は、歩いてやってくる。そして気がつけば、心の椅子の隅っこにひざを抱えて、座ってる」という推薦文を寄せています。同書は読めばすぐに心が救われるような特効薬ではありません。しかしふとしたときに同書の詩がふわりと頭をかすめることがあります。そのときに、自分では言葉にできないようなささやかで不確かな感情を伊東さんが言葉にしてくれたのだと感じます。詩の世界は無限であり、その魅力に触れることでわたしたちは豊かな感性を育むことができます。それが心の救いになる瞬間がどこかであらわれるのではないでしょうか。
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