有吉佐和子『挿絵の女 単行本未収録作品集』に興奮!
有吉佐和子氏と言えば、『非色』(河出文庫)が昨年ニュース番組で紹介されてヒットしたことが記憶に新しい。亡くなってから四十年近く経つが、数年おきに話題になっては文庫が平積みにされ、今も新しい読者を増やし続けている偉大な作家である。私自身、10代の頃から愛読しているのだが、作家が亡くなった年齢に近づくに連れ、ますます尊敬の念が深くなっている。今になって単行本未収録の短編に出会えるということに興奮しつつ、恩師に再会するような緊張感を持って読んだ。
伝統や継承される文化芸術に生涯をかける人々の生き方。矜持を持って人生の荒波を乗り越えていく女たちの逞しさ。大人たちが笑顔の下に潜ませる冷徹な感情。そういうものの存在を、私は有吉佐和子氏の小説で知ったのだということを、思い出させられる一冊だった。
表題作「挿絵の女」(1959年)の主人公は、雑誌の編集部で働く女性である。取材で出会った記憶喪失のポスター職人の描く絵に惹かれ、新人小説家の連載の挿絵を依頼したところ、その組み合わせが評判となりそれぞれに仕事が舞い込むようになる。画家と主人公は恋愛関係になり、いい感じに行くように思えたが、主人公に執着する小説家の行動により、思わぬ事態に陥ってしまう。嫉妬心が招く悲劇と、戦争によって受けたダメージから立ち直ろうとする人間の強さが交錯するラストが印象的だ。
推理番組にレギュラー出演している小説家(その名も有吉佐和子)が探偵役の「指輪」(1958年)も面白い。謎解きが苦手なのに、推理小説の執筆を依頼され困っているという設定なのだが、そんな姿を自虐的かつちょっぴりユーモラスに描いているところに、大作家の素顔が見えるようでニヤニヤしてしまう。とは言え、起こる事件はかなりシリアスである。日本舞踏家の妻である親友が、主人公にエンゲージリングを預けたまま急死してしまうのだ。その行動にどんな意味があったのかを、主人公は確かめようとする。戦争の記憶が濃い時代ならではの謎解きが興味深く、欲望のために躊躇いなく他者を利用し陥れる大人の逞しさに驚愕させられる。
そして私が最も好きなのは、「秋扇抄」(1966年)である。呉服屋の主人・三松は、ある日支払いが滞っている芸者の菊弥に呼ばれる。旦那の仕事がうまく行かず、しばらく節約生活(と言ってもそれなりにゴージャス)を送っていた菊弥だが、事業が上手くいき経済状況が好転したのだと言う。日本画の大家が彼女をモデルに作品を製作することになったので、最高の衣装を作りたいという希望を叶えるため、三松は奔走する。情の深さと姿のよさを合わせ持ち、贅沢な装いにプライドをかける芸者と、自分のセンスと力量を最大限に発揮した着物を美しい顧客のために作ることに、無上の喜びを覚える熟練の呉服屋の執念が描かれる。豪華絢爛な着物と一流の芸者の匂い立つような艶やかさが、細かく描写されていきゾクゾクさせられるが、それを楽しむだけの小説ではない。価値観が大きく変わってゆく世の中で、矜持を保ちながら生きることの難しさには、半世紀以上経った今も共感できる普遍性がある。ラスト数ページは、深く苦い。
もっと長く生きて、移り変わる時代をバシバシと書いていただきたかったなあ。今さらだけれど、そんなことを思ってしまった。
(高頭佐和子)
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