異星文化とテレパシーを扱ったSFミステリ

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異星文化とテレパシーを扱ったSFミステリ

 人類が接触した異星種族ロジ人は独自の文字文化を有するいっぽうで、会話はテレパシーでおこなう種族だった。主人公のリディアはマンチェスターの貧しい家庭で育ったが、教育機会を得てロジ語の通訳となり、いまはマンハッタンでロジ人の文化担当官フィッツの専属として働いている。通訳の職務は大変だが、フィッツは彼女を評価してくれているようで、やりがいは大きい。ひとつ問題があるのは、ロジ語の通訳をつづけていると酩酊に似た状態に陥ることだ。集中力を切らさぬように少量のドラッグ(許可されてはいないものの社会的害悪というほどではない)を使っているが、その効果は限定的だ。

 ある国際会議の翌日、フィッツが何者かに殺害されてしまう。会議が終わってから就寝するまでリディアの記憶がない。例の酩酊状態に陥っていたからだ。また、犯行時刻前後のセキュリティ・データがすべて消えている。重要容疑者になったリディアは、自らの身の潔白を証明すべく手探りで捜査をはじめる。

 まもなく不思議なことが起きる。死んだはずのフィッツの声が、リディアに語りかけてくるのだ。これは幻覚だろうか? それともロジ人は死後に思念が残るのだろうか? フィッツの声がリディアに伝えたのは、彼自身は殺人犯の顔を見ていないこと、そして、事件解明につながりそうな糸口(フィッツしか知らない情報や人脈)だ。しかし、これを鵜呑みにして良いのだろうか?

 物語の要素として面白いのは、書籍文化・出版業界に関する設定だ。地球の対ロジ人貿易の根幹を占めるのが、地球産の図書なのである。ロジ人はデジタルよりも圧倒的にアナログを好むが、彼らの惑星において紙は貴重品だ。かくして、ロジ語の書籍印刷は地球の一大産業となり、地球の出版社もこぞって自社刊行の作品がロジ語に翻訳されるように働きかける。その売り込み先というのが、駐地球の文化担当官フィッツだったのだ。リディアが事件捜査を進める過程で、ロジ人向け出版ビジネスにまつわる葛藤が浮かびあがり、そのなかには排外的な陰謀論さえある。

 この作品は言語を題材にしたSFだが、物語としての大筋はあくまで不可解な殺人をめぐる謎解きだ。SFのアイデアや登場人物間の人間関係などが、謎を構成する要素として巧みに用いられている。いくつもの伏線が回収されていく終盤がみごとだ。

(牧眞司)

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