「やばい」のルーツは江戸時代!? 辞書編集者が見た日本語の”変化”

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「やばい」のルーツは江戸時代!? 辞書編集者が見た日本語の”変化”

 ”言葉は生き物”という表現を見聞きしたことのある人も多いだろう。同じ言葉でも、時代や世代によって意味が微妙に異なるケースは珍しくない。今回紹介する書籍『悩ましい国語辞典』(KADOKAWA)にも、さまざまな形で”変化”してきた言葉が満載だ。同書を読めば、普段何気なく使っている日本語の新たな面白さに気づけるかもしれない。

 同書の著者・神永 曉氏は、36年にわたり辞書の編集者として出版社に勤めてきた。辞書こそ言葉そのものに大きく関わる書物だといえるだろう。しかし彼曰く、言葉の”変化”を記すことは辞書の性質上難しいという。

「確かにことばの変化を観察していくのは辞書編集者の主な仕事のひとつである。だが、残念なことに辞書では変化の結果だけしか記載できないことが多く、一番スリリングな変化の過程を記述することは難しい」(同書より)

 言葉の変化として多く挙げられる例は、誤った意味や使い方が浸透するケースだ。同書のタイトルにも使われている「悩ましい」という表現も、もともとは”官能が刺激され心が乱される”といったニュアンスで使われていた。しかし近年では、漢字のとおり”悩んでいる”ような意味合いの言葉とされることが増えたのだ。ただ神永氏によれば、「悩ましい」を後者の表現として扱う用例は古くからあったとのこと。つまり”官能”にまつわる意味のほうが、実は新しくできた使い方だった。

 さらに私たちがポジティブな意味で使うことの多い「すばらしい」という形容詞も、上記のような変遷をたどった言葉のひとつだ。「すばらしい」自体は古くから使われていた言葉のようだが、かつてはネガティブな表現として扱われていた過去がある。たとえば江戸時代に流行した通俗小説『当世穴噺』には、以下の一節がある。

「浪々の身となり、かかるすばらしき店に面をさらすは」

 上記を現代的な「すばらしい」の感覚で解釈しようとすると、うまく意味が通らない。

「『浪々の身』、つまり仕える主人のいないさすらいの身となって『面をさらす』店が、いい店であるはずがない。ここで使われている『すばらしき』は、今とは違う、ひどいとかあきれるとかいった意味なのである。

今でこそ、好ましい、見事であるというプラスの意味で使われる『すばらしい』だが、古くは、程度のはなはだしいさまをいうことばで、このように悪い意味でも使われていたのである」(同書より)

 また、かつてはマイナスな表現だったにもかかわらずプラスの意味を持ちはじめた言葉が存在する。現代日本では広く使われるようになった形容詞「やばい」も、その一例だ。「やばい」は、本来「やば」という形容動詞から派生したもの。「やば」とは”法に触れて不都合なこと””危ないこと”といった意味を表す語で、江戸時代に書かれた滑稽本『東海道中膝栗毛』にも登場する言い回しなのだそう。

「危ないことをなぜ『やば』というのかよくわからないのだが、のちに『やばい』という形容詞も生まれる。

前後関係は不明ながら、明治時代の隠語辞典を見ると、てきや・盗人などが官憲のことを『やば』と呼んでいたらしく、また、そのような世界の人が官憲などの追及がきびしくて身辺が危ういときにも『やばい』と言っていたらしい。それがのちに一般化したと考えるのが妥当と思われる」(同書より)

 「やばい」は現代でもネガティブな意味合いで使われる一方で、程度がすさまじく良いさまなどを表す際にも用いられる。現段階で「やばい」のポジティブな用法を認めるか否かについては、まだ辞書によって対応が異なるようだ。だが「やばい」という言葉は今まさに、新たに生まれた意味がひとつの定義として認定されるまでの過渡期にあるといえるだろう。

 変わるのは意味だけではない。語句の読み方もまた、時代や世代によって変化しているのだ。たとえば、「雰囲気」という名詞の正しい読みは「ふんいき」である。しかし近年の調査では、誤って「ふいんき」と発音されることが増えたとの結果が。過去には読みを「ふいんき」だと勘違いしたのか、辞書に「雰囲気」が掲載されていないと神永氏のもとにクレームを入れた人もいたほどだ。

 現在「ふいんき」という読みは明確に間違いとされているため、辞書にも載っていない。しかし今後、誤った読みが一般的になった場合、新たな見出しとして「ふいんき」が辞書へ追加される可能性も考えられると神永氏は語っている。

 今回紹介したもののほかにも、同書ではさまざまな言葉の変化を解説。時代の変遷によって意味・読みが揺れている語句はもちろん、方言や伝統的な表現にルーツを持つ現代語など、日本人にとって興味深い内容ばかりだ。ぜひ同書を読んで、生きた言葉の面白さに触れてみてほしい。

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