笑顔全開のダイナミック古代世界〜町田康『口訳 古事記』
町田康氏が、あの「古事記」を口語訳。特に「古事記」に関心があったというわけではないのだが、これは期待せずにはいられない。笑顔全開で読み始めたが、予想をはるかに超える衝撃的な面白さの一冊だった。ニヤニヤとドキドキが、もう止まらない!
内容は、バッチリ古事記なのである。伊耶那岐命と伊耶那美命が登場して、国土が生まれ、神がポコポコ誕生する。須佐之男命は、大暴れして姉の天照大神を困らせ追放され、八岐大蛇を退治する。大国主神は兄たちにいじめられた白うさぎを助けてやるが、嫉妬されて大変な目にあい、いろいろ頑張って須佐之男命に気に入られてパワーを得て、どんどん国を作り……という具合である。古典文学に造詣があるわけではない私も、なんやかんやと子どもの頃から親しんでいた物語である。神々の計画的とは言い難い国作りの様子、ワガママ勝手な無軌道ぶりや抑えの効かない乱暴ぶり、直情的な行動……。町田氏の文体はそれを恐ろしいほど生き生きと描き出していく。
深く愛し合っていたはずの伊耶那岐命と伊耶那美命の壮絶な別れがすごい。伊耶那岐命は、死んだ伊耶那美命を黄泉国に迎えに行くが、「頭、胸、腹、女陰、左右の手、左右の足に八種類の気持ち悪いキャラクターが蠢いている」姿をうっかり見てしまい、「っていうか、怖い」と言って逃げるのである。その気持ち悪いキャラクターたち、気になるわー。見たいと思ってしまいすみません。
八十神たちは弟の大国主神を真っ赤に焼けた岩石で焼き殺し、「おもろ。焼け死んでまいよった。おもろ」「アホのくせにえらそうにするからじゃ」と笑い転げるのである。あなたたち、人間の心がないんですか?(あ、神だったっけ。)
兄が食事に出てこないのを注意してこいと親に言われ、「どつき倒して、踏み潰して、手ぇと足、切って、動かれへんようにして」しまうって……。怖っ。やりすぎってことがわからないのかねえ。最近の若者は…じゃなくて日本武尊さまだよ!
古代の世界のダイナミックさと、町田氏パンチ力のある文体の魅力の見事な融合にすっかり魅入られてしまった。乱暴で勝手な男なんて絶対好きになれないはずなのに、気がつくと須佐之男やら日本武尊のことを考えている。長い歴史の中で、多くの人を惹きこんできた「古事記」という沼。その底の見えない深いよどみに、私も引きずり込まれそうになっている。
(高頭佐和子)
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