死と意識をめぐるサイバーパンク
題名の『アブソルート・コールド』とは、作中に登場するガジェット「アブソルート・ブラック・インターフェイス・デバイス(ABID)」と、舞台となる都市の非情なたたずまいを示しているのだろう。ウィリアム・ギブスン直系のサイバーパンクである。
ABIDは、ハイテク大企業、佐久間種苗が開発し、極秘裏に見幸(ミユキ)市の警察へ提供されたばかりの技術で、遺体の心象空間を走査することができる。その走査をおこなう適性を備えた一員として、来未由(クルミヨシ)は、刑事課に新設された鑑識微細走査係に抜擢された。それまで彼が所属していたのは、見幸市へ不法に入りこむ者を排除する市境警備隊(武装)である。見幸市は孤立政策を取っており、その統治は佐久間種苗の高度AIが担っているのだ。佐久間種苗は遺伝操作による種苗事業から出発した企業で、いまでは機械制御技術、ネットワーク、ソフトウェア開発においても先端を走っている。
市境警備隊、孤立政策、AIによる統治……と、この物語はディストピア的な未来の雰囲気が濃厚に立ちこめている。近ごろも、佐久間種苗のビルがボツリヌス菌変種によるテロに見舞われ、百二十一人が死んだばかりだ。
来未由の走査官としての適性試験は、このテロで死亡した遺体を対象におこなわれた。
テロ絡みで、運命の歯車が動きだす主要登場人物があとふたり。
ひとりは、尾藤(ビトー)という不治の病の娘を抱えた男。彼は元刑事でいまは興信所を営んでおり、見幸署の昔馴染みから個人的に依頼され、佐久間種苗の内情を探りはじめる。
もうひとりは、ビル屋上に間借りして暮らす準市民の少女コチ。彼女は仕事を世話してもらっている電気連合組合に命じられ、テロで命を落とした組合員が持っていた記憶装置の回収に赴く。
物語の大部分は来未、尾藤、コチの視点から交互に語られ、佐久間種苗が抱えた秘密――死と意識にかかわる計画――を焦点として、三人の運命が交錯していく。
ハイテクとジャンクが混然となった世界設定、謎解きミステリとしての伏線と起伏に加え、アクションやサスペンスの見せ場づくりが抜群に上手い。たとえば、来未由が都市の高い場所を走る単軌鉄道(モノレール)上で、見幸市の外から侵入した改造人間(サイボーグ)とやりあうシーンなど、画像的ハイスピードである。
(牧眞司)
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