女性作家のみのSFアンソロジー
オリジナル・アンソロジー・シリーズ《NOVA》の最新刊。こんかいは女性作家特集で、ベテランから新人まで十三人がそれぞれの持ち味を発揮した作品を寄せている。
とくに印象に残ったのは、ゲンロンSF創作講座出身の俊英、吉羽善のロボットSF「犬魂の箱」。ロボットSFといってもガジェット的な扱いではなく、時代小説的な世界を舞台に、「使機神(しきがみ)と呼ばれる犬型の子守用からくりが活躍する。自律的に機能はするが、自意識はなく言葉を発するわけでもない。ただひたすら、子どもを守ることに特化している。SFのアイデアとしては古典的だが、背景となる世界の風情が素直な物語とマッチし、じんわりと沁みてくる。文章がたいへんに上手い。
斜線堂有紀「ヒュブリスの船」は特殊設定のミステリ。航行中の小型客船という閉鎖空間を舞台に、八人の登場人物の葛藤が描かれる。開幕時点ですでに殺人事件が起こっており、名探偵役のキャラクターが犯人を特定したところで、タイムスリップが発生する。時間は一日巻き戻るが、八人の記憶は消去されない。つまり、犯人はわかっているが殺人そのものはなされていない、罪が宙ぶらりんになった状況だ。そこで、元の過去とは別の殺人が発生してしまう。時間は何度もループし、そのたびに誰かが死ぬ。死の要因はさまざまだが、ループする前の経緯がすべてつながっている。ロジックの展開が秀逸だ。
溝渕久美子「プレーリードッグタウンの奇跡」は、ファーストコンタクト・テーマ。ただし、地球側はプレーリードッグで、その視点でコンタクトの推移が綴られていく。リチャード・アダムス『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』のような、その動物の生態に沿ったプロット展開が面白い。
以下、そのほかの収録作品について収録順に簡単に。
池澤春菜「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」は、ダイエットをテーマにしたユーモアSF。
高山羽根子「セミの鳴く五月の部屋」は、日常がそのまま謎解きゲームのようなものに横滑りしていく。
芦沢央「ゲーマーのGlitch」は、未来のホラーアドベンチャーゲーム大会を描く。
最果タヒ「さっき、誰かがぼくにさようならと言った」は、言葉の作用をめぐる思弁小説。
揚羽はな「シルエ」は、人間とアンドロイドの違いをテーマとした家族の物語。
斧田小夜「デュ先生なら右心房にいる」は、グルーミーな雰囲気の開拓惑星小説。
勝山海百合「ビスケット・エフェクト」は、風変わりなファーストコンタクトを青春小説の味わいで描く。
新川帆立「刑事第一審訴訟事件記録 玲和五年(わ)第四二七号」は、死刑執行公開制度ができたことで、その隙をつく事件が発生する。
菅浩江「異世界転生してみたら」は、SFのベテランが、チート能力を備えて異世界転生するという王道パターンに挑戦した快作。主人公がオタクというのがポイントだ。
トリをつとめる藍銅ツバメ「ぬっぺっぽうに愛をこめて」は、不思議な雰囲気の妖怪小説。主人公の少女は駄菓子屋で薬を売っている謎の人物から、見たことのないぷるぷるした動物をもらう。
巻末の「編集後記」は、日本における女性SF史をコンパクトにまとめたもの。重宝な資料だ。
(牧眞司)
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