サウナ付き賃貸・築100年超は当たり前!? 念願のフィンランドに移住した『北欧こじらせ日記』作者chikaさんが語る異文化住宅事情
「週末北欧部」として、ブログやSNSで北欧への愛を長年発信し続けてきたchikaさん。フィンランドで働くため日本で寿司職人になり、実際に移住するまでの道のりをつづっているコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』(世界文化社)は、2022年秋にドラマ化している。
昨年4月、ついに念願のフィンランド生活をスタートしたchikaさんに、フィンランドの居住環境や暮らしについてお聞きした。
週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
週末北欧部 chikaさん
フィンランドが好き過ぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修行を始め、ついに2022年春に移住。モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、猫、酒、一人旅。著書に『マイフィンランドルーティン100』(ワニブックス)、『北欧こじらせ日記』(世界文化社)、『世界ともだち部』(講談社)など。
自分らしく働くための「寿司職人」という選択肢
北欧やフィンランドへの愛を漫画で描き、インターネットで発信する週末北欧部・chikaさん。これまで北欧の魅力を多くの人に届けてきた。フィンランドとの出合いのきっかけは何だったのだろう。
「私の誕生日がクリスマスであることからずっと憧れていたサンタさんに会うため、20歳のときに一人旅で初めてフィンランドを訪れたんです。そこで『いつかこの国に住みたい!』と強烈な一目惚れをし、以来1年に1回は必ずフィンランドに通うようになりました」
週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
大学卒業後は北欧音楽に関連する会社で働き、その後日本で北欧カフェを開くことを目指して、会社員をしながら休日にカフェでアルバイトをしていた。そんな生活を続けるうちに、「どうせ苦労するなら一番好きな場所で苦労しよう」とフィンランドで生活する方法を探し始めた。
見つけたのは、日本人歓迎の寿司職人の求人だった。会社員をしながら寿司学校やお店で約2年間修行したのち、2022年4月、13年越しの思いとともにフィンランドへ移住した。
日本での修行時代にchikaさんが握ったお寿司(画像提供/週末北欧部chika)
「寿司はフィンランドの人たちにもよく食べられていて、日本人シェフは本場の味を知っていることから重宝されているようです。寿司職人は、私らしさを活かして喜んでもらえる仕事だと思いました。フィンランドのレストランとはビデオ通話で面接を行い、採用されたことで就労ビザが得られることになり移住が決定、フィンランドに渡った3日後あたりには仕事が始まりました」
フィンランドに住むために寿司職人になる。一見奇抜な決断だが、「好きな場所で自分らしく働きたい」と考え続けたchikaさんにとっては必然的な選択だったのだと思えた。そんなchikaさんに、フィンランドの住宅事情や現地での暮らしづくりの過程を話してもらった。
都心でも自然が身近なヘルシンキ
ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)
「私が住んでいるのは首都のヘルシンキで、日本から来た人はここに居住することが多いと思います。フィンランド南部の海に面する都市で、森や湖などの自然も身近にあり心地良い街です。公用語はフィンランド語ですが9割以上の人が英語も話せるので、私も英語を使って生活しています。北部に行くほどフィンランド語しか通じない場面が増えますね」
正規でアパートを借りるには、現地の銀行口座が必要。口座開設に時間がかかるため、最初はAirbnbで小さなワンルームを借りて1カ月ほど過ごしたという。ただ、長期滞在向けの部屋ではないため、家具や光熱費などを含めても1泊7,000円とどうしても割高になってしまう。
「このアパートに居続けることは金額的に難しいと考えていたところ、10年来のフィンランド人の友達がちょうどワーケーションで空けることになった家を3カ月ほど貸してもらえることになりました。かつて年1回のフィンランド通いをしていたころにも滞在したことがあり、フィンランドにある『第二の家』だと思っていたので、すごくありがたいタイミングです。その家で暮らしているときにやっと口座が開設でき、ついに物件探しがスタートしました」
パーソナルサウナや都心部と家賃の関係、一人暮らしの新居に求めた条件とは
ヘルシンキの水辺。フィンランドには湖が多い(画像提供/週末北欧部chika)
「ヘルシンキの中心部で水辺に近い好きなエリアがあったので、そこに住むことは決めていました。物件は、休日も料理ができるようにキッチンが広いところで、家賃はお給料の30%を目安に。フィンランドではほとんどのアパートに住民共用のサウナが付いているのですが、理想をいえば部屋にパーソナルサウナがあればいいなと思っていました」
そういえばフィンランドはサウナ発祥の地だった。パーソナルサウナがある物件は主に築浅だったり家賃がその分高くなったりと条件は厳しくなるらしいが、それでもアパートにサウナが標準装備されているのはさすが本場だ。
「日本のように一人暮らし用の賃貸物件は多いです。金銭的な理由でルームシェアをする人もいますが、フィンランド人はパーソナルスペースを大切にする人が多いので、独身の場合は一人暮らしが基本ですね。家賃は都心の人気エリアだと10~15万円で、都心から電車で30分ほど離れると半額ぐらいになります。日本だと東京駅から30分離れた程度では家賃が半分になることはないと思いますが、そこで差が出やすいのはヘルシンキの特徴かもしれません」
ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)
「私が物件を探し始めた秋ごろは、フィンランドでちょうど学校の新年度が始まるシーズンでした。入学を控えた学生たちが部屋を探す時期だから、条件の良い物件はすぐに埋まってしまい……。そんなときに、友達のご家族が代々管理しているアパートに空きが出て、借りられることになったんです。パーソナルサウナがないこと以外は全て私の求める条件が叶っていました」
再び友達を通じた物件との出合いだ。こう聞くとたまたま運に救われているように思えるかもしれないが、chikaさんは日本で生活しながらフィンランドを愛する日々の中で、インターネットを使って幅広い交友関係を築いてきた。「大好きなフィンランドで生活したい」という気持ちがたくさんの人に伝わっていたからこそ、このような出合いが巡ってきたのだろうと感じる。
雪国としての暖房設備やシャワールームの工夫
chikaさんのお部屋の写真とともに、フィンランドの住宅のポイントを教えてもらった。まず注目したいのは、1年を通して気温がマイナス6度~17度という寒冷地ならではの暖房機能だ。
大きい湯たんぽのような「セントラルヒーティング」。料金は家賃に含まれる(画像提供/週末北欧部chika)
二重窓と、その間に設置されているブラインド。かつてフィンランドはカーテン文化だったが、今はほとんどの家がブラインドを採用しているという(画像提供/週末北欧部chika)
「セントラルヒーティングという、アパートのボイラーで沸かしたお湯を循環させる設備で部屋を暖めます。触ってもやけどしないくらいの温度で、タオルなどを置いて乾かすこともできるんですよ。シャワー室とトイレは床暖房になっていて、それ以外の暖房設備はこのセントラルヒーティングだけですが、外がマイナス気温だとしても室温は常に20~22度を保てています。断熱性を高めるための二重窓は間にブラインドが入っていて、窓を開けずに操作できます」
内部にお湯が流れているポール。シャワー室は床暖房になっており、使用後はすぐに水気を切れる(画像提供/週末北欧部chika)
「シャワー室にもセントラルヒーティングと同じくお湯が循環しているポールがあって、タオルやシーツを干せます。でもこれに掛けなくても、フィンランドは湿度がとても低いので部屋干しだけでパリパリに乾くんです。アパート共用のサウナは予約制で、申請しておいた時間にプライベートで使えます」
雪国らしい設備の数々。いつでも部屋干しができるのはうらやましいと思っていたら、「冬のフィンランドで外干しをすると凍っちゃいます」とのことだった。それぞれの気候に応じた生活スタイルがある。
築100年以上、リノベーションで長く住まう
水切りを兼ねた食器棚。「フィンランドのイノベーションとも称されますが、発祥については諸説あるようです」とchikaさん(画像提供/週末北欧部chika)
リノベーションされたばかりの広いキッチンには、洗濯機・食洗機・オーブンが並ぶ。フィンランドの住宅はオール電化が一般的(画像提供/週末北欧部chika)
「食器棚は収納と水切りを兼ねる構造になっていて、共働きの多いフィンランドではこのような家事の効率化も文化の一つになっています。また、多くの賃貸では冷蔵庫・オーブン・食洗機・洗濯機が備え付けで、大型家電を運ぶ必要がないので、引越しの際にはレンタカーを借りて家族や友達同士で手伝います」
そんなchikaさんの住むアパートは、築100年を超えているという。
「日本だと築100年はすごいと感じるかもしれませんが、周りはほとんど築100年の家ばかりです。ヨーロッパには『古いものほど価値がある』という考え方があって、取り壊さずに適宜リノベーションしつつ使っていく文化があります。私のアパートも1年前にリノベーションしたばかりなので、キッチンやシャワールームがきれいで、玄関の鍵もカードでタッチすれば開くようなものになっています」
リノベーションされている古い物件でも水道管は動かしづらく、昔の文化の名残で洗濯機が地下室に置かれている場合も多いという。地下にあるタイプの洗濯機は予約制で、「仕事休みの朝6時にしか洗濯機の予約が空いていないこともあって不便」とのこと。室内に洗濯機が備え付けの物件は人気になりやすく、chikaさんも物件選びで重視したポイントだった。
玄関にはマットを敷いて靴を脱ぐためのスペースをつくる(画像提供/週末北欧部chika)
「日本との共通点として、フィンランドでも室内では靴を脱ぎます。ただ、玄関の境はないので、マットを自分で設置して玄関っぽい空間をつくるのが少し違うところですね。郵便物は薄いものしか家に届けられなくて、荷物類は近くの郵便局まで取りに行きます。雪がある季節はソリを使えば楽ですが、雪がない季節は少し大変です」
このほかにも、「各住民に個別の倉庫が用意されている」「古い物件ほど天井が高い(理由は不明)」などの特徴を教えていただいた。古い建物をリノベーションしていくからこそ、住宅としての機能がかなり整備された形になっているのがフィンランドの賃貸物件の特徴なのかもしれないと感じた。
お気に入りポイントは、北欧ならではの大きな窓
フィンランド人もお墨付きの明るさをもたらしてくれる窓(画像提供/週末北欧部chika)
「一番のお気に入りは、明るく光を取り込める窓です。フィンランドは日照時間が短いため日差しの入り具合が重視されていて、遊びに来た友達もみんな『明るいね!』と言ってくれます」
設定した時間に流せるラジオ。コマーシャルの入らない国営放送を聞くことが多いという(画像提供/週末北欧部chika)
「大通り沿いは交通量やお店も多くにぎやかですが、私の家は表通りからは少し外れて静かで、都心でありながら自然も近い場所です。朝はコーヒーを淹れて、窓から入る日を浴びながら飲むのがルーティーンになっています。最近は友達の勧めでラジオを買って、目覚まし代わりに流れてくるラジオを聞きながら、しばらくはスマホを見ずに過ごすのがすごく良いんです」
想像するだけでうっとりするような時間の過ごし方である。そんなアパートに住む住民同士での交流などはあるのだろうか。
「交流といえるほどのものはなく、会ったらあいさつをする、という感じですね。フィンランドで暮らす人はシャイなところも日本人と結構似ていて、例えば『同じ階の誰かがエレベーターに乗ろうとしているから、その人がいなくなるまで玄関で待っていよう』とか、『一緒にエレベーターに乗った人が同じ階に降りようとしていると気まずい』みたいな考え方をするんです。もちろん人によっては社交的に生活していて、ご近所同士で仲良くなってホームパーティーをしている友人もいます(笑)」
エレベーターの話は痛いほど共感できる「あるある」で驚いた。あの意味のない時間をフィンランドの人も経験していると思うと、なんだか親近感が湧いてくる。
大好きな場所で暮らすようになっても、サードプレイスは必要だった
chikaさんのお気に入りの島。「カフェもあって、夏場は毎週のように通うサードプレイスとなっています。冬は図書館に行くことが多いです」とchikaさん。夏のヘルシンキは23時まで太陽が沈まないため、20時ころまで日向ぼっこできるという。(画像提供/週末北欧部chika)
念願のフィンランド生活を全力で楽しんでいるchikaさんだが、日本からの単身移住生活を成り立たせるのはそう簡単なことではなかったようだ。未知の生活をうまく楽しむための心持ちやコツを聞いてみた。
「気持ちの面では、『準備はネガティブに、やるときはポジティブに』をモットーに、大好きな国に行くけど期待はしないということを大切にしていました。何かが起こったとしても『予想よりは大丈夫だった』と思える意識は忘れないようにしています」
「テクニックとしては、気持ちを切り替えられるサードプレイス(第三の居場所)を持つことが大事です。日本にいたころは職場と家以外のサードプレイスをいくつか持っていて、フィンランドもその一つでしたが、実際に暮らすようになってからは『フィンランドという好きな場所の中でもサードプレイスを持つ必要があるんだ』と気づきました。ヘルシンキは歩ける距離に小さい島が点在していて、その中のお気に入りの島を夏のサードプレイスとしています。休みの日のお昼過ぎに出かけて、屋台でソフトクリームとコーヒーを買い、お気に入りの木陰にピクニックシートを敷いて気が済むまで滞在します。本を読んだり、日記を書いたり、少し寝たり。時間を気にしないで過ごせる場所です」
大好きでも期待しすぎず、暮らしの中の居場所を増やすこと。フィンランド、ひいては海外への移住に限らず、新たな環境で生活するために必要な心構えだと感じた。
憧れの地で探し求める理想の生活
入居当時のchikaさん宅(画像提供/週末北欧部chika)
最後に、今後のフィンランド生活での抱負を聞いてみた。
「今の家も当初は『ここは誰の家なんだろう』という感覚で落ち着けなかったのですが、最近は帰ってきたらほっとできる『自分の家』になってきました。私は『いつかフィンランドに移住する』と思い続けていたので、日本にいるときからずっと仮住まいのような気持ちで、大きな買い物ができなかったり猫を飼いたくても飼えなかったりして。自分が本当に欲しいものも分からなくなっていると感じていました。これからは寿司職人の仕事と描く仕事とのワークライフバランスも含めて暮らしを整えながら、自分がどんな生活をしていきたいのかを見つめていけたらいいなと思っています」
自分の住みたい場所に住む、という目標を叶えるためにじっくりと時間をかけてきたchikaさん。「フィンランドの生活がいつまでも続くとは思わないで、まずは3年間を区切りに頑張ってみるつもりです。がむしゃらに過ごした1年目を踏まえて、2年目、3年目をより濃く過ごせたら」とも話してくれた。
chikaさんにとってのフィンランドのような場所とは、きっとそう簡単に出合えるものではない。だからこそ、「ここに住みたい」という思いが生まれたときには、自分の気持ちを信じて行動する必要があると感じた。
週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
●取材協力
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