「仕事の報酬は仕事」優秀なプロフェッショナルは自分を高められる場所に定着する

「石の上にも3年」説が、雇用の流動化が進む現代では、どうやらフィットしなくなってきていることは火を見るよりも明らかです。日経新聞での報道でも、「3年内離職率が10年で最高」との記事が出ており、特に若年層の雇用の流動化が活性化しています。

個人視点で考えた場合、叫ばれる「キャリア自律」の重要性から、社会的な市場価値を高めていく動きは非常に前向きである一方、企業側視点に立った場合、すべてが喜ばしいことではないかもしれません。

人材の流動化が進み、企業は生き残りをかけて人材定着に向けた施策を考える必要がありますが、まだ試行錯誤段階というのが実情ではないでしょうか。

そこで今回は、「人間の本質(Human Nature)」をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUの代表取締役・黒澤伶氏に、「『仕事の報酬は仕事』ビズリーチから学んだ人材定着の秘訣」というテーマでご寄稿いただきました。

「人材定着」は大きな経営課題

特に中小企業で顕著な人材不足の状況の中、人材確保と同様に大きな経営課題の一つが「人材定着」です。令和2年度に厚生労働省が発表した雇用動向調査結果によると、離職率は15.6%となっており、前年より1%増加し、人材の流動性は高まっている傾向です。

人材が社外に流出することで、採用や教育にかかるコストの増加、スキルの流出、職場のモチベーション低下など、様々なマイナスの影響が考えられます。

特に経営幹部やこれからの次世代のリーダー人材の離職となると、企業にとっては大きな損失です。また、変化の激しいこの時代に、人材が入れ替わることによる生産性低下も、大きなリスクです。

企業の持続的成長や組織力向上のためにも、人材の定着率を狙った積極的なリテンション・マネジメントを行って優秀な人材の定着を図ることが重要です。

しかし、人材の定着率を向上させようと職場環境改善を実施しているが、なぜか離職が止まらない企業、なぜ定着率が向上しないかわからない企業もあるのではないでしょうか。

一般的なイメージとして、「働きやすい環境が整備されている」、「コミュニケーションが良好」、「能力や成果に応じた公平な人事評価がある」など、「働きやすさ」と「働きがい」へのバランスが適度に配分され、業績や財務状況が著しい伸びを示す企業では人材の定着率が高いとされているのではないでしょうか。

今回は、私の前職であるビズリーチ社(現:ビジョナル株式会社)を例に取り、どのような考えのもと人材、特に優秀な人材の定着を図ってきたのか考察します。

外的報酬の動機付けでプロフェッショナル人材は定着するのか

下記の図は、中小企業・小規模事業者が人材定着のために行っている取組を見たものです。

「賃金の向上」(70.8%)や「雇用の安定化」(63.7%)が高い割合となっており、次に資格取得支援、一つ飛ばして、休暇制度の徹底などを行っているとのことです。「外的な報酬」を軸とした施策を行っていることが窺えます。

確かに、福利厚生が整っていないと、もしかしたら離職率は上がるかもしれません。
確かに、労働環境や条件が厳しいと、もしかしたら離職率は上がるかもしれません。
確かに、教育制度が整っていないと、もしかしたら離職率は上がるかもしれません。
確かに、評価制度が整っていないと、もしかしたら離職率は上がるかもしれません。

本当にそうなのでしょうか。「一般的な人材」はそうなのかもしれません。しかし、「プロフェッショナルな人材」はこの考え方で本当に定着するのでしょうか。

これらの「外的報酬」を軸としたものと、まさに、私がビズリーチ社で経験した、組織・人材への考え方は真逆とも言えるものでした。

驚異のカルチャー「仕事の報酬は仕事」

私がビズリーチ社に入社したのは、当時22歳の時です。外資系企業のデル社からキャリアを始めました。デル社の、顧客に高品質の製品やサービスを競争的価格で提供する、顧客に最適化されたまさに「オペレーション・エクセレンス」には大きな学びがありましたが、離職しました。

人材を扱うという点で、変数が大きく真逆と言えるほど異なるカルチャーの企業に興味を抱き、ビズリーチ社に第2新卒として入社しました。

ビズリーチ社は当時、月々30人〜40人近くの中途採用を進めており、まさに事業も組織も急成長をしている真っ只中でした。全従業員と言っても過言ではないほどに多くの人々にとって内的報酬のみが働く理由でした。

組織の根底に根付いていたのは、まさに「仕事の報酬は仕事」という考え。

何か良い仕事を遂行することができたら、報酬としてより責任の重い、難易度の高い仕事が与えられていました。役員陣全員が「従業員を成長させる機会と環境の用意は約束する」と口を揃えて言っていたことを覚えています。

さて、ここで考えたいのが、「人々を仕事に駆り立るものは何か」ということです。

人を仕事に駆り立てる心理とは?

それは、アメリカの心理学者ハーズバーグ氏の研究「二要因論」からも明らかなように、「外的な動機付け」によるものではなく、仕事そのものへの没頭感、またその過程の中で感じられる達成感や成長感であると考えています。

あるいは仲間と共に承認し合い、お互いが切磋琢磨している人間関係といった、人間的要素を多分に含んでいる「内発的な動機付け」こそ、やはり本質的な活性化につながる要因であると考えています。

参考記事:給与、労働環境から働きがいは生まれない? 仕事へのやりがいをどのように創っていくのか

また、内発的動機付けの有名な研究として、「職務設計の中核五次元」があります。心理学者であるハックマン氏と経営学者オルダム氏が、「仕事の特性」が人の「心理的な状態」に関連すると考え、その研究内容を「職務特性モデル」として理論化したものです。

第1の次元は、「技能多様性」です。これはその仕事を行うにあたって、どの程度様々な能力を求められるかという観点です。

単調な仕事ではなく、自分が持つ多様なスキルや才能が活かせる複雑性のある、あるいは高度な仕事であればあるほど仕事を有意義で価値があり、重要だと感じる傾向にあります。

第2の次元は、「タスク完結性」です。自分の仕事が大きな歯車の単に一部分にしかすぎないのか、始めから終わりまでの全体性を理解した上で、関われる仕事であるかが重要になります。

第3の次元は、「仕事の有意義性」です。自分の仕事にはどれほどの意味があるものなのか、他者の生活や社会に影響をもたらす、なくてはならない重要な仕事であるかが重要になります。当然ながら、自分の仕事は価値があり、重要だと感じるほど内発的な動機付けが高まります。

第4の次元は、「自律性」です。これは、自分の仕事がどの程度自らの裁量によって行えるかということです。一つひとつ上司からあれこれ細かい指示が必要なのか、それとも自分で計画を立てたり目標設定したり、自分の意志で進められる自由度の高い仕事なのかという観点です。

当然、自由裁量が大きければ、自ずと責任が感じられ、内発的な動機付けが高まります。

第5の次元は、「フィードバック」です。行った仕事が、どの程度うまくいっているのか都度知ることができるかという観点です。

言われた仕事をただこなすだけで、結果について何も知らされない場合と上司や周囲からリアルタイムに仕事の成果を知ることができる環境とでは、やはり後者の方が内発的な動機付けが高まります。

当時在籍していたビズリーチ社は、個々人のスキルと自由な裁量を与え、さらには良い仕事をすれば様々なプロジェクトにアサインされ、従来の経験や枠を超えたマルチプルな仕事に挑戦できる環境が意図的に創られていました。

ハーズバーグ氏の動機付け理論やハックマン氏とオルダム氏の職務次元モデルからも明らかなように、このことにより、大袈裟な話ではなく、1ヶ月毎に自らの成長が実感できる風土がありました。

さらに、「全員が創業メンバー」という当時、私の最も好きだったクレド(企業理念)のもと、個人と個人の関係性という見えない空気さえ活気に満ちていたことを覚えています。

優秀なプロフェッショナルは自分を高められる場所に定着する

「いつでも転職できる。しかし、この環境が自分を高め続けられるから辞める必要がない」というのがやはり本質的なリテンションであり、優秀なプロフェッショナルこそ、仕事自体の内的な報酬を自ら生み出せ、さらには磨ける環境だからこそ、定着するはずです。

では、このようなビズリーチ社のような風土はすべての組織に応用できるのでしょうか。

ポイントは2つあります。

まず1点目として、ビズリーチ社では「内発的な動機付けに喜びを見出す」プロフェッショナルを採用できていたということです。当たり前ですが、内発的な動機付けによってすべての人が活躍、行動するとは限りません。

2点目として、「内発的な動機付けに喜びを見出す」プロフェッショナルを社内で発掘し、タフアサインメントすることです。この方法はどの組織でも、すぐに応用できるので、詳しくご紹介いたします。

組織のエネルギーを高めるのは、要の人材

組織だけでなく、地球全体や社会全体、自然も含めてあらゆるものには「要」が存在します。「要」と、力やエネルギーの発生源になりやすい箇所、循環の中心となる場所などです。

力やエネルギーは「均一」ではなく、ムラや濃度の違いがあり、その違いによって、エネルギーは流れ、循環します。海流や風を思い浮かべていただくとわかりやすいと思います。

組織においても、全体の組織循環や流れ、動きを司るためには、その要所を押さえないといけません。組織における最初の「要所」となるのは、「要となるべき人」です。意図せずとも、「要となるべき人」を中心として組織の循環は起こり続けます。

人の集まりである組織においては、その要となる人は、以下のような感情を持っている人です。

①その人自身の先天的エネルギーが高く、内発的な動機付けに喜びを見出せる人
②他の人のストレスやネガティブな感情を受けても揺るがない人
③自らが発生源、中心点となる在り方に喜びを感じられる人

すべての人を要となりうる人として育成することはできますが、やはり育ちやすい人とそうでない人の差は存在します。人材を社内でしっかりを見極め、成長のために投資をし続けることはとても大切ですし、人材の成長は周りの人や組織風土に直接的に影響を与えます。

同時に、組織風土のエネルギーが高まることで、それについて行けない人、もしくはついて行く意志のない人が自然と離れていきます。さらに、組織風土のエネルギーが高まり続けることで、それに共感・共振する人が自然に集まるはずです。

この連続が、従業員一人ひとりの内発的な動機付けを促進し、いきいきとした職場へと結びつき、さらには人材の定着につながります。

<著者プロフィール>

黒澤伶
株式会社ITSUDATSU
代表取締役

早稲田大学人間科学部卒。デル株式会社(現:デル・テクノロジーズ株式会社)、株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)、コーチングファーム取締役を経て、株式会社ITSUDATSUを創業。「ITSUDATSU(非直線的な現象)を再現性の高い世の中にする」という大義の下、要人材を起点とした独自の組織活性方法で累計300以上のプロジェクトを推進。現在、複数社の取締役CHRO(非常勤)を歴任。

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Techable

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