19世紀”花の都パリ”の象徴「オスマニアン建築」のアパルトマンに暮らす。ファッショニスタ川合陸太郎さん パリの暮らしとインテリア[17]
自分のこだわりを集めた住まいは、自分の夢を具現化した場所。フランス・パリのファッション業界で働く日本人、川合陸太郎さんが暮らすパリ9区のアパルトマンを訪問すると、帰るころにはそう納得している自分に気付かされるのでした。同時にそれは、誰にとっても実現したい、ライフスタイルの到達地点です。川合さんはどのようにして、自分のこだわりを形にすることができたのでしょうか? 古いものが好きで収集が趣味という川合さんに、夢の暮らしを具現化するコツを聞きながら、お宅を案内していただきました。
物件を購入し、自分の思うように工事できる楽しさに開眼
テキスタイルエージェント。川合陸太郎さんの職業を聞いても、専門的すぎて馴染みがなく、ピンとこない人が多いかもしれません。
「簡単にいうと、日本の生地を扱う商社の窓口のような存在で、フリーランサーとして仕事をしています。パリで働き始めたのは1999年。ジャンポール・ゴルチエ社からのオファーを受けたのが最初で、以来ずっとパリで、そしてファッション業界で仕事をしています」
こう語る川合さんは、妥協のないオーラを感じさせる装い。そして彼の背後に広がるお住まいも同じように、細部にまでこだわってつくり上げた完成度が一目瞭然です。高い天井にはレリーフ状の装飾があり、床はそれと対照をなすレトロモダンなタイル張り、その隣のフロアの床はヘリンボーン張りの19世紀オリジナル……。
好きなものが集まったリビング(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「このアパルトマンに引越す前は、パリの東端にある20区に住んでいました。それは初めて購入した物件で、自分の気に入ったように改装し10年間暮らしましたが、次第に商材を置くスペースが必要になり、引越すことに。せっかくなら立地の良さや便利性を求めて中心部に移ろう、とここを選んだのです。住んで1年ちょっとになりますが、オペラ座とモンマルトルの丘のちょうど中間なのでどこへ行くにも近く、近所には美味しいパン屋もたくさんあります。今のこの環境をとても気に入っています」
人気パティシエやショコラティエの商品を集めた、スイーツのセレクトショップ「FOU DE PATISSERIE (フ・ド・パティスリー)」はよく行くお店(写真撮影/Manabu Matsunaga)
人気の食材店が集まるマルティール通りもすぐそば(写真撮影/Manabu Matsunaga)
広さを求めて引越しただけあり、現在の住まいは82平米。さらに、建物の最上階に「女中部屋」と呼ばれる7平米の屋根裏部屋がついています。これにプラス、川合さんは同じ建物内でちょうど売りに出ていた18.5平米のワンルームも合わせて購入し、商材を置くスペースに充てることにしました。3箇所の合計は107.5平米。これだけあれば、スペースは十分過ぎるくらいでしょう。
川合さんにとって2度目の購入物件となったこの82平米は、オスマニアンスタイルと呼ばれる19世紀パリ改造時代を代表する建築の、フランスでいう3階、日本でいう4階にあたります。オスマニアン建築の特徴は、石造りのファサード、凝った鉄細工を施したバルコニー、ヘリンボーン張りの床、暖炉など。最上階の屋根裏に女中部屋があることも、19世紀当時のライフスタイルを反映したオスマニアン建築の特徴ですが、最近では女中部屋の人気も高く、単独で売買されています。立地も抜群ですし、将来女中部屋だけ手放すことになっても高く売れるはず、とつい余計な気を回してしまいます。
「オスマニアン建築、ヘリンボーン床、そして暖炉は、物件探しをエージェントに依頼したときの希望であり条件でした。実はエッフェル塔が見えるバルコニーがあることも挙げていたのですが、残念ながらこちらは叶わず」と、川合さんは言いますが、パリの中心部にありながら静かな環境であることや、通り側と中庭側に窓があって住まいの両サイドから自然光が入ること、そして人気の女中部屋があることなど、購入を決断する際の大きなアドバンテージであったことは間違いありません。
では順を追って、このこだわりの詰まったお住まいを見せていただきましょう。
現代の若いパリっ子たちは、開放感が増し、スペースも有効活用できるので、玄関スペースを住空間に取り入れることをいといません。川合さんは、エントランスとキッチンの間の壁を取り除き、カフェのカウンターを設置し、外と中の空間にワンクッション、住まいの高級感をアップさせました(写真撮影/Manabu Matsunaga)
玄関のドアを押して中に入ると、目の前に広がる廊下スペースの突き当たりがトイレとシャワールーム、右側がカウンターのあるキッチンと、左側にダイニングテーブルを置いたリビングとゲストルーム、右側奥に寝室2つ、というレイアウト。2LDK で購入した物件でしたが、もともとの建設当時にあった壁を復活させて3LDKに戻し、反対にキッチンの壁を取り除いてカウンターを設置しました。
「キッチンは“カフェ”がテーマです。実際にパリのカフェで使われているメーカーの椅子やカウンターを選びました。見た目重視なのですが、さすがに業務用だけあって、実際に使ってみると確かに使いやすく丈夫だと感じます」
テーマに沿って、食器棚もカフェ仕様。食器棚はカウンターのメーカーにオーダーしたスズの支柱。前の家で使用していたものを取り外して持ってきたものです。板の部分は、本当は大理石を使いたかったのですが、サイズの合うものが見つからなかったので、改装工事の際に出た古い床材を転用、ほぞの出っ張りがそのまま装飾になっています。使い込んだ床材をあえて採用するという発想に、本当に細部にまでこだわりぬいていることがわかります。
古いカフェの棚の支柱に、床材を合わせた食器棚。上の扉のある棚は、見えないケースの部分はIKEAで扉はSuperfront のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)
料理好きなので、ガス台は5口以上あるものにこだわった。こまめに掃除をして清潔さをキープしているが、汚したくないから料理を控える、ということはない。揚げ物もつくってしまう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「でもIKEAのものもたくさんありますよ。特に見えないところはIKEAが多いです。扉付きの棚のベースはIKEAのもので、扉だけ別のメーカーのものを取り付けました。こういうカスタマイズのようなサービスを専門に行う会社がいくつかあるので、要所要所で活用しています。換気扇もIKEAです」
こだわるところは徹底してこだわり、見えないところはあえて力みすぎない。この力加減の配分は、そのまま予算配分に反映されます。川合さんのお話を伺いながら、このあんばいはぜひ参考にしたいと思いました。
欲しいものは探す! ひらめいたらつくる!
キッチンのお隣のリビングでは、5m近くもある飾り棚にまず、目を奪われます。これは川合さんの思い入れの結晶ともいえる存在で、白いお皿で有名なアスティエ・ド・ヴィラットのショップにある棚と同じものが欲しい、と思って探していたところ、縁があってそれを製造する職人さんにお願いできることになりました。土台となる引き出しのたくさん付いたアンティーク家具はネットオークションで購入、マルセイユからトラックで運ばれてきました。
本を探す川合さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)
棚の下の部分は全て引き出しになっており、飾る収納としまう収納の両方が実現できます。見た目の美しさはもちろん、収納力も抜群です。
「収納の少ない住まいなので、この引き出しの中には工具や取扱説明書、ナフキンやカトラリーなど、見せたくないもの全てを入れています」
3つのシャンデリアの下の大テーブルは、川合さんが自作した180cmの大作。日本のビールの木製ケースを分解して1枚1枚の板にし、スーツケースに入れて、フランスまで運んだものを転用しています。
「以前パリのビストロで、ワインの木箱をパッチワークにしたテーブルを見たことがあり、これを日本風にアレンジできたら面白いなと思ったことから着想を得ました。このテーブルも、以前の家で使っていました」
写真中央が大テーブル(写真撮影/Manabu Matsunaga)
暖炉の上はお気に入りの品々を集めたコーナーです。シチリア島まで行って購入したアーティストの作品や、フローリストがアレンジしたブーケ、日本で購入した昭和な佇まいのショーケースなど。年代も、購入した場所も、スタイルも、さまざまなオブジェや家具が集まっていて、その共通点は川合さんが好きなものという1点だけ。そしてそんないろいろを、ランダムに配した3つのシャンデリアの灯りが、柔らかく、感じよく包んでいます。
好きなものが集まったこのリビングで、お気に入りのナポリのコーヒーを飲む時間は最上のひとときだ、と、川合さんは教えてくれました。
フィレンツエで見た照明のレイアウトに感化されて、3つ重ねるように配したシャンデリア。手前から、ナポリの骨董屋で購入したもの、ロンドン在住のイタリア人の友人が作成したもの、フィレンツェのオークションで購入したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)
王様と女王様? ユーモラスな顔の鉢カバーは、シチリア島のアーティストのもとまで買いに行った。生花はお客様をお招きするときには必ず用意(写真撮影/Manabu Matsunaga)
暖炉脇にはゆったりとくつろげる大きなサイズのソファを。ここで飲むお気に入りのコーヒーは格別!(写真撮影/Manabu Matsunaga)
アスティエ・ド・ヴィラットの食器と、ディプティックのアロマキャンドルを集めたコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)
テーマを決めて、アレンジを楽しんで
玄関部分の廊下は、キッチンと同じタイルがそのままトイレ・シャワールームの入り口まで続きます。
「このタイルは前の住まいにも採用していたもので、気に入っていましたから今回も同じメーカーに注文しました。前の住まいから持ってきた家具も多いので、よく友達からは『前の住まいと共通のディテールが多いから初めて来た気がしない』と言われます」と、川合さん。
それだけ自分のスタイルがある、ということです。インテリアデザイナーの取材などで、よく「自分の好みを尊重することが、インテリアを成功させるコツだ」と言われるものですが、川合さんの住まいを見ながら本人のお話を伺っていると、確かにそうだと思わされます。
オーヴェルニュ地方を旅行中、衝動買いした古い暖房器。電車の旅ではあったが連れて帰ってきた。旅先でいつも衝動買いできるように、IKEAの大きいバッグを常に持参している。が、この暖房機はIKEAバッグにも入りません!(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「この廊下部分は“メトロ”がテーマになっていて、1930年代のパリのメトロで実際に使用されていた扉や網棚付きの椅子などを集めました。ネットオークションや中古サイトなどを細かくチェックして見つけたものばかりです。トイレ・シャワールームの入り口の引き戸は、本来は2枚が1組になったメトロ車両の扉。1枚だけ販売していた人がいたので購入し、こんなふうに使うことにしました」
シャワールームの大理石の洗面台は、イタリアのトスカーナで購入して運んできたものです。古い映画で見るキャバレーのバックステージをイメージして、鏡の両サイドに設置したランプはIKEAのもの。IKEAも使いよう、と言っては申し訳ないですが、改めて使い勝手のいい家具メーカーであることがわかりました。
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
セメント素材の分厚い六角タイルは、トスカーナで購入。柄タイルはパリで購入した。古いメトロドアに印してあるエンブレムは、当時のメトロの会社ロゴ。実に優美で、まるでラグジュアリーホテルのよう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
トスカーナから持ち帰った大理石の洗面台を中心に、キャバレーのバックステージをイメージしてつくったシャワールームのコーナー。電球がたくさんついたドレッサーは、大学時代に60・70年代のフランス映画にのめり込んだころからの憧れ(写真撮影/Manabu Matsunaga)
バスルームの壁のペンキは、セメント風に仕上がるものを採用。内装のプロに教えてもらった業務用メーカーのもので、良心的価格だった。スイッチやコンセントは陶器製に統一(写真撮影/Manabu Matsunaga)
家具を求めて海をも渡り
ゲストルームには、猫足のバスタブが剥き出しのままポンと置かれています。ロンドンまで買いに行った思い入れのあるバスタブ。これも前の住まいで使っていたものを、引き続き使用しています。トイレ・シャワールームの陶器製のトイレも然り。苦労して手に入れたものを長く使うというのは、実はとてもエコですから、そういう意味でも川合さんのやり方はお手本といえます。
ベッドヘッドにかけた刺繍の飾りも、旅先で購入したもの。購入時にはどこに飾るかわからなかったものでも、それが自分の惹かれたものであれば、ご覧の通りぴったりの居場所が見つかる(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「前の家のバスルームは広かったのですが、ここにはバスタブを置けるスペースがありませんでした。じゃあゲストルームに置いてみよう、という発想でしたが、鉄製のバスタブは重く、板張りの床を一部剥がして下にコンクリートを流し補強する必要がありました。靴箱も、置き場所がなかったのでここに置いています」
あえて計算して探した家具配置ではない、ということが信じられないくらい、ゲストルームの内装もシックに、そして個性的に調和しています。やはり、「自分の好みを尊重することが、インテリアを成功させるコツ」なのかもしれません。
ベッドルームに剥き出しのバスタブがあるのはイギリスっぽくていいかな、と思い、実際にそのアイデアを採用した(写真撮影/Manabu Matsunaga)
どこかの工場で使用されていたと思われる古い工具入れを靴箱として使用している(写真撮影/Manabu Matsunaga)
シャネルのボックスの横にはオイルヒーター。暖房器具までもが現代アートのように美しい(写真撮影/Manabu Matsunaga)
素敵なインテリアは1日にしてならず!
一番奥の部屋のテーマは「大人っぽい子ども部屋」で、唯一壁紙が張られている部屋でもあります。照明からクッションまで、ここにある全てのものが厳選されていることは一目瞭然ですが、特に日本のインテリアファンの皆さんに注目していただきたいのはカーテンのサイズです。天井から床までたっぷりととったカーテン、見た目が優美なことに加えて断熱や防音の効果もあり、フランスではこれが基本サイズです。川合さんも、床に引きずる長さにこだわりオーダーしたのでした。
カーテンはたっぷりと、床を引きずる長さで。つんつるてんではせっかくのおしゃれな住まいがかわいそうです(写真撮影/Manabu Matsunaga)
気球柄の壁紙と好相性な、遊び心ある照明。壁紙はフォルナセッティのもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)
フランスの地図を刺繍したクッションと、日本の地図を刺繍したクッションを重ね使い(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ひと通りお住まいを拝見し、川合さんのキーワードは「こだわり」に尽きると言わざるを得ません。そのディテールや、厳選したものたちがここにやってくるまでのストーリーは、出合った土地の色や香りも連想させるほどに豊か。ここで全てをお伝えできないのが残念です。しかし、川合さんが常々心がけていることは、しっかり書き留めておかなくてはなりません。なぜならそれは、自分らしいインテリアづくりを成功させるヒントだから。
「今まで見たものの記憶や、ここにこれを置いたらどうかなという想像力が、部屋づくりには不可欠だと思います。そのために、好きなものをコツコツ集めたり、頭の中にイメージをためたりすることを、日常的にしています。旅行もそうです。そしてiPhoneにイメージフォルダをつくって、見て気に入ったものやインテリアの写真を保存して。写真があると、工事を担当する職人さんにもこちらのイメージが伝わりやすく便利です。大きな部分を頭の中で組み立てて、あとはものの配置で調整する。そんなやり方で、この住まいは誕生しました」
こだわりが詰まった川合さんの住まいの完成度を、いきなり自分のものにすることは無理だとしても、コツコツと好きなものを集めることや、頭の中にイメージを貯めることならできそうです。ローマは1日にしてならず。川合さんの住まいの写真を参考にしながら、楽しくインテリアづくりをしたいものですね。
(文)
Keiko Sumino-Leblanc
●取材協力
川合陸太郎さん
インスタグラム
#ChezNepoja (パリの住まい)
#CasaNepoja (トスカーナの住まい)
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