岡山の不動産屋さん母娘、障がい者の住宅確保に奔走! 住まい探しの難しさに挑む責任と覚悟
社会生活に困難を抱える人たちに対し、住まいや暮らしのサポートをする不動産会社として全国的にも注目されている会社があります。創業者である母・阪井ひとみさんと、娘の永松千恵さんが共に運営する、阪井土地開発(岡山県岡山市)です。障がいがある人をはじめ、住宅確保に配慮が必要な人たちの住まい探しの難しさ、住まいにかかわる者が担うべき責任や覚悟について、娘の千恵さんに話を聞きました。
みんなに“住む家”を。困難を抱える人へ住まいを提供してきた母・ひとみ
岡山駅前の中心部からほど近い場所にある、阪井土地開発。母の阪井ひとみさんを代表として、娘の永松千恵さんとともに、少人数で営んでいます。主に市内のマンションやアパート、一戸建ての仲介や管理をする創業32年の不動産会社で、社会的に住宅の確保が難しいとされる人に、住宅のあっせんや賃貸提供をしています。
(画像提供/阪井土地開発)
ひとみさんが住宅困窮者のサポートを始めることになったきっかけは、26年前。管理をしている物件に長く入居していた人がアルコール依存症を患ったことに始まります。その人をサポートする精神科医と接するようになり、社会的に生活が困難な人たちの住宅確保問題を知ったそうです。
「健康で仕事に恵まれた人は稼ぎがあって、連帯保証人の確保ができる。けれども、社会生活に困難を抱える人たちには連帯保証人の確保が難しい人が多い。そうなると住宅を借りること自体が一気に難しくなるということを母は知ったそうです」(千恵さん、以下同)
そこでひとみさんは、自社で管理する賃貸物件をあっせんして、住宅確保に困難を抱える人たちが段階的に自立した生活ができるようにサポートし始めます。しかし入居できる物件を探すなかで、オーナーさんの理解を得ることにハードルの高さを感じ、とうとう自社で1棟のマンションを購入し、貸主となって賃貸する決断をします。
「社会的に困窮している人たちに入居してもらい、自分たちが日々のくらしをサポートすることで、彼らの社会復帰につなげたい。自分らしく人生を生きた末に、自分の布団の上で最後の幕引きができるように、という母の使命感でした」
阪井土地開発が所有する、住まいの確保に困難を抱える人たちが入居するマンション「サクラソウ」(画像提供/阪井土地開発)
当初は精神障がいのある人のサポートから始まりましたが、現在、入居する人たちの幅は広くなっています。高齢者、避難先を必要としているDV被害者などの入居も受け入れるようになりました。
しかし、ひとみさんたちは不動産会社であるため、できることにも限界があります。例えば、当事者の権利擁護や、お金の工面法などについては弁護士さんや福祉事務所と連携してサポートをしているそう。さまざまな困難を抱える人たちを支えるために、相談支援専門員やケースワーカー、ケアマネジャーなどさまざまな人がかかわり、互いに協業をしているのです。
阪井土地開発をはじめとした、社会的困窮にある当事者の暮らしを支えるネットワーク(画像提供/阪井土地開発)
「その人の抱える課題の背景や程度に応じて、かかわる専門家や支援員が変わってきます。多くの方の支援をしていくなかで “住宅確保要配慮者”とひと言にいっても、それぞれのニーズがあり、一概には括ることができない、と感じました」
住まいに限らない、当事者たちを包括的に支えるネットワークをつくりたい
そのことに気づいたひとみさんは、住まいに直接関係する支援だけではなく、より包括的な支援を行うため、2015年にNPO法人「おかやまUFE(ウーフェ)」を立ち上げました。疾患や障がいがある人びとが安心して暮らせる地域づくりを目指し、障がいなどがある人や家族のためのカフェ「よるカフェうてんて」の運営や、シェルター事業などを始めます。
現在「よるカフェうてんて」は「うてんて」と名を変え、障がいのある人や生活困窮者などがサポーターとともに自ら運営する拠点となった。フードバンク拠点事業や「おかず」配布事業などを行っている(画像提供/NPO法人おかやまUFE)
さらに、2017年には岡山県内にある空き家の活用と、住宅確保要配慮者を支援する機能を担う「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」の運営を始めました。
「社会生活に困難を抱える人たちは住まいを確保するだけではなく、自分らしく生きていくためにも、自立した生活をしていかなければなりません。そのために働く場所、地域の人たちと交流する場所が必要です。NPOではこの場所や機能を提供しています」
「“いいこと”をしているとわかっていても」葛藤する娘の気持ち
ここまで紹介したように、これまでひとみさんが行ってきたことは、社会生活に困難を抱える人たちの人生にかかわることであり、並大抵の想いや覚悟でできることではないでしょう。さらにいえば、ひとみさんが住宅確保要配慮者のサポートを始めた30年近く前の日本は、“普通”から外れた人に社会がもっと厳しかった時代。多様性を謳うここ数年の社会と比較すると、ひとみさんの取り組みはいっそう理解されにくかったことが想像できます。
幼いころからひとみさんの活動を目の当たりにしてきた千恵さんは、当時の日本で“普通”とされてきたことから離れた想いや行動に、娘として葛藤を感じていたといいます。
「知り合いの不動産屋さんに『お前のオカン、大丈夫なんか』って心配されるのです。そのことで、母にとっての当たり前は普通じゃないんだって知りました。不動産屋ならば、いわゆる“普通”のお客さんだけを入居させればいいのに何で?という思いでしたね」(千恵さん)
時には「やりすぎ」と感じた母・ひとみさんの取り組みを今は「やりたいならやればいいよ、と一歩引いて見ながら一緒に活動している」と語る千恵さん(写真撮影/SUUMO編集部)
やがて千恵さんは社会人となり、さまざまな経験と社会の実情を知ることで、なぜ母が熱意を込めて住宅確保に配慮が必要な人たちのサポートをしてきたのか、理解を深めていきます。そして”母の取り組みは社会に必要なことなんだ”と感じて、ひとみさんの手伝いをするようになりました。
「一緒に活動をする弁護士や社会福祉士、行政組織などから『ひとみさんの活動は、さまざまなところで必要なんだよ』と言ってもらえることも多く、社会的に間違ってないんだなと理解しました」
“誰か”の突出した取り組みではなく、“誰でも”できるように展開する
今後、ひとみさんの情熱的な思いはどのように受け継がれていくのか。千恵さんはまだ先のことはわからないといいます。ただ一つだけはっきりと話してくれたことがありました。
「私たちの取り組みは、“ひとみさんだからできる”で終わりにしちゃダメなんです。岡山に限らず、全国にはたくさんの社会的困窮者がいて、住まいの確保に悩んでいます。さらに多様な時代になり、高齢化が進むなかで、困難を抱える人の数は増えています。多くの要配慮者への支援を継続していくためには、支援の選択肢を増やすべきであり、私たちの活動をもっと伝えていく必要があると思っています」
こうした思いから、現在千恵さんはこれまでの事例や自社の取り組みをより多くの人たちに知ってもらうため、全国で講演を行っています。また、入居者が家賃を支払えなくなった際に、保証会社が一定の家賃を立て替える「家賃債務保証」。住宅確保要配慮者の契約においても、多くの不動産会社がこの仕組みを導入できるよう保証の“平準化”を期待しながら具体的な活用例を伝えているといいます。
住宅確保要配慮者の入居までに必要な支援において、家賃債務保証の果たす役割は大きい(画像提供/NPO法人おかやまUFE)
なにより、居住後の入居者支援やコミュニケーションにおいては「手を出さないで、目をかける」を合言葉に、管理会社として携わることの距離感を探っているそうです。
「のちのち大事にならないよう、入居する人たちのシグナルを初期の段階でキャッチするためのコミュニケーションは大切です。しかしながら、全てに手を出していては当事者の自立を妨げてしまいます。より多くの人・企業にサポートの輪を展開していくためにも、不動産会社が本当にやるべきことのラインを見極め、支援する度合いのベストな位置を探っていくことは大切だと思います」
住宅の確保が困難な人への居住支援を継続していくことは簡単なことではありません。収益や利回りを確保する視点だけでは行えない事業であることは確かです。
「いま、住宅確保要配慮者への支援に乗り出したいと考える会社からお声掛けいただく機会が増えています。私たちが提供できる情報やノウハウを必要とされる方にお伝えします。その人の生活を支える覚悟を持って取り組んでほしいです。住宅供給の担い手である不動産会社は、住まいを求めるすべての人がお客さんであり、すべての人が住まいを確保できるようにサポートしていく必要があると思います」
●取材協力
・阪井土地開発株式会社
・NPO法人おかやまUFE
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