映画『Winny』の“画面”を作った男「本物に近しいWinnyのソースコードを使えて幸いでした」
20年前に登場し、画期的な技術を用いてファイル共有が簡単に行えることを可能にしたソフト「Winny」。その“破壊力”は、最終的に政府を巻き込んだほど。
このソフトの開発者をとりまくドラマを描いた映画『Winny』が絶賛公開中となっています。
【STORY】
2002年、開発者・金子勇(東出昌大)は、簡単にファイルを共有できる革新的なソフト「Winny」を開発、試用版を「2ちゃんねる」に公開をする。彗星のごとく現れた「Winny」は、本人同士が直接データのやりとりができるシステムで、瞬く間にシェアを伸ばしていく。しかし、その裏で大量の映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、ダウンロードする若者も続出、次第に社会問題へ発展していく。
次々に違法アップロードした者たちが逮捕されていく中、開発者の金子も著作権法違反幇助の容疑をかけられ、2004年に逮捕されてしまう。
サイバー犯罪に詳しい弁護士・壇俊光(三浦貴大)は、「開発者が逮捕されたら弁護します」と話していた矢先、開発者金子氏逮捕の報道を受けて、急遽弁護を引き受けることになり、弁護団を結成。金子と共に裁判で警察の逮捕の不当性を主張するも、第一審では有罪判決を下されてしまう…。しかし、運命の糸が交差し、世界をも揺るがす事件へと発展する――。
その壮絶な物語はもちろん、当時のデジタル的なバックボーンをも丁寧に再現した本作は、既にSNSでも多くの話題を呼んでいます。
今回は、映画『Winny』にて当時の画面・ソフトウェア描写などの監修を行った桂大介さんにお話を伺いました。
桂大介さん
1985年生まれ。2006年に早稲田大学在学中に株式会社リブセンスを共同創業。一般社団法人 新しい贈与論の代表理事を務めるとともに、寄付プラットフォームを目的とする株式会社SOLIOの運営にも携わっている。
──桂さんは映画『Winny』で、画面やプログラムの再現などに携わられたと聞いております
桂大介さん(以下桂):基本的には画面の中ですね。たとえば『2ちゃんねる』の画面ですとか、プログラミングしてる画面ですとか、固定で映すソフトウェアの画面です。
──桂さんのところにお話が行ったいきさつは?
桂:本当にたまたまで、プロデューサーされてる藤井(宏二)さんとはまさに2000年代当時にインターネットで知り合った仲なんです。今回はその繋がりでお手伝いさせていただきました。
──僕は71年生まれなので、Winnyのカルチャーは30代で出会っているんですが、桂さんは世代的にはまだお若いですよね
桂:僕は85年生まれなので、あのころは多分高校生ですね。僕、結構インターネットにどっぷり漬かってて、中学入ってもうテレホーダイっていう感じだったので、割とリアルタイムで見てた世代です。
──じゃあ、WinMXからWinnyに至るところの流れも眺めておられた
桂:そういう流れとか、まさに見ていましたね。
──今回桂さんは画面表現を中心に携わられたとのことですが、我々が知るあの時代の空気感みたいなものを表現するにあたり、気を使われた部分ってどのあたりですか?
桂:僕は一部しかやってないんですが、雰囲気作りに関しては、たとえば美術の方とかのほうが苦労されたと思うんです。時代的にすごい昔だとみんな忘れてたり経験してなかったり、完全にもうフィクションぽくなっていくと思うんですけど、それと比較するとこの『Winny』の頃は微妙な時代だと思うんですね。
2002年とかって、みんななんか微妙に記憶に残ってるし、モノも微妙に残ってるし(笑)。そういう意味では難しいですよね。例えば画面の中とかも、すごく昔のいわゆる真っ黒い画面だったら誰も何とも思わないでしょう。けどWindows XPとかの時代かな? そのあたりだとやっぱり、今でもみんなの中に微妙に残ってるものがあると思うんです。ただ逆に言うと、そこさえきちんと再現できれば、あの当時の雰囲気も一緒に出てくるんじゃないかなってのはあるんですよね。
──“古典”にはならないけど、地続きで「なんか僕らの知ってる時代」という
桂:そうですね。でもだからこそ、よく逆にあの小道具も準備されたなと思います。あのディスプレイとか、昔のThinkPadとか。
──動くのを探すのはなかなか大変そうだな、って観た後に思いました
桂:そうそう(笑)。ちょっと難しかったのは、僕が手元でまず先に画面を作る時は今の最新のパソコンで作るわけですけど、僕は当時の実機は持ってない。そうすると、作ったものが当時の機械で想定通りに表示されるか、やってみないとわからないんです。
例えば『2ch』の画面ひとつとっても、その通りに表示されると限らなくて。その辺が苦労しましたね。
──例えばですが、当時ネスケ(Netscape Navigator)で見てた時のあのフォント、ピッチの感じとか、そういうことですよね
桂:そういうことです(笑)。今のブラウザとはやっぱり全然違ってきちゃうんで。
──当時の画面をエミュレートするにあたって他に苦労した部分とかありますか
桂:金子さんがプログラミングする場面が出てきます。それは予告とかでも使われていて、彼のプログラマとしての象徴的なシーンなんですけど、やっぱりその場面って実際に見たことないわけですよね、僕らは。
金子さんがプログラミングしてる場面って、ほとんど多分、誰も見たことない。そういうシーン─特にWinnyに関しては、自宅で1人で開発されていたので、それはもうできる限り調べて、どういうソフトで開発してたのか、といったことを調べた上で進めました。で、調べたんだけど、そのソフトが既に手に入らなかったりして(笑)。昔の開発ソフトなのでもう出回ってないんですよね、市場に。
──ちなみに具体的には何で開発されたんですか?
桂:金子さん自身は『Visual Studio(ビジュアルスタジオ)』というマイクロソフトの開発環境とボーランドの『C++ Builder』を途中でスイッチして、両方使われてたみたいですね。
それらは結局、当時のバージョンはどっちも手に入らず今回は似ている別のものを使っています。最新の『VSCode(Visual Studio Code)』みたいなのを入れちゃうと、画面が全然変わっちゃうんで……。やっぱり当時の雰囲気に近いものを探して入れてっていうのはちょっと大変でしたね。
──知ってる人が見てもおかしくないよう、できるだけ忠実に
桂:そうですね。できるだけ「あっ!」とならないように、知ってる人が見ても引っかからないようにっていう感じですね。なんか引っかかられたらダメだなっていう。別にそこが見せ場じゃないので。自然に見れるようにしたいなってのはありましたね。
──すごい。黙ってたら誰も気づかないでスッと通るほうがいい、と
桂:理想ですよね。なんか「このソフトを知ってる」とかになると、ちょっと厄介かな。
──僕みたいに、ちょっとかじった程度で当時を知ってる人間だと、逆にそういう「引っかかり」をついつい出そうとする想像をしちゃいました……。そこは“空気”として通すほうに力を入れられたわけですね
桂:幸いだったのはWinnyのソースコードは本物に近しいものを使えたことですね。Winnyのソースコードは再現されたものがあって、本物に近いソースコードを使えるということが僕の中ではすごく幸いでした。そこに全部託せるし、変に飾り立てせずに、周りはそれに即したものを作れればいい。
もちろんそれはね、ふつうの人が見ても本物のソースコードかわかんないと思うんですけども、やっぱりそれがすごくなんてのかな……この“再現”という意味では力になってるな、ってのは感じますね。
──主張はしないけど、裏の作り込みはしっかりやったっていう
桂:はい。で、裁判中に出てくるソフトウェアの『ネコファイト』も本物ですし、ソフトウェアとソースコードはリアルなものを使ってます。開発環境とかとかパソコンとかは、ストーリーに合わせて似せたものを使ったりしてるんですけども、やっぱり本丸である金子さんが手掛けたものについて、本物を使えるのはすごく頼もしかったですね。
──僕、『ネコファイト』知らなかったんですが、当時の汎用的なラップトップPCのスペックでポリゴンの対戦ゲームを動かすのってめちゃめちゃヤバい、って驚きました
桂:びっくりしましたね。3DCGで重力シミュレーションしたものが、あんなヌルヌル動くというのは……。まあもともとね、3D関係の得意な方でいらっしゃったというのはあるのですが。
──そうなんですか! 知らなかった……。ちょっとあれは、その(裁判による)7年のブランクがものすごく悔やまれる象徴みたいにも映る技術だなって感じました。
桂さんが今回のお仕事を通して作品をご覧になったとき、プログラマー金子さん、そして人間である金子さんてどういう風に感じられましたか
桂:こういう人って確かに居たよなと思う一方で、すごく減ったなっていう感じはありますよね。
今やっぱり、なんてのかな……みんなの興味の中心が「技術を使って何をするか」っていうことに移ってると思うんです。対して、このWinny─金子さんとWinnyの関係は「こういうことができるんじゃないか?」って方向だと思うんです。
金子さんはあまりにその結果に対して無頓着であったからこそ、ある種の悲劇的な事態を招いてしまったわけですけれども、逆に言うとみんな、何て言うのかな? 賢くなりすぎたというか、「できることをやる」って感じなんですかね。
技術というものは、ある種の目論見を持って道具のように使うものでもあるとは思うんですけど、金子さんのように新しい技術の可能性を開いていく人が減ったのかなってのは感じますね。
──例えばプログラムでハードウェアを徹底的に叩いて(制御して)限界に挑戦するみたいな、そういう職人みたいな人たちは昔にたくさんいたような印象ですよね。一方で、プログラマを職業プログラマーと趣味のプログラマーとで分けるとしたら、金子さんは趣味に振り切ってる感じがしますね
桂:まさにWinny自体も趣味のプロジェクトだったわけですし。昔、日曜プログラマなんて言葉もありましたが、そこから考えると、プログラミングの敷居が上がったという言い方になるかもしれません。
──桂さんがプログラミングに触れるきっかけは?
桂:中学入ってインターネット始めてからHTMLを触るようになりました。そのあとプログラミングするようになったという流れですね。
──HTMLを入口にウェブサービスの方に没頭していったと
桂:はい。昔の人って割となんか、作る人と使う人がすごく近くて地続きだったな、って感覚があります。ホームページ作るってなったら、まずHTMLタグを打つ人が多かった。それがブログサービスができてSNSができると、もう誰もHTMLタグを、ある意味で打つ必要がなくなった。だから、そこからどんどん「作る人」と「使う人」の距離が大きくなっていった感じがします。
逆に、ある種のプログラマエンジニアの一流の人たちはすごく希少な価値をはっきり示していますね。それは成熟の中での必然的な移行だったのかもしれないですけどね。昔はあまりにアマチュアとプロの間が曖昧だったとは思います。
僕は高校1年ぐらいからプログラミングの仕事を始めて、フリーランスで受託の仕事を受けるようになってるんですけど、高校生とかが仕事できたぐらい、当時は全体が未熟だったんですよね。
──使う人と作る人の分離というか、ちょっとした断絶みたいなものが起きてる?
桂:そうですね。良く言えばインターネットが広まったっていうことだと思うんですけど、やっぱり昔ってインターネットってすごく怪しい物でしたよね?(笑)それの最たるものであり、もしかしたら最後のものがWinnyだったのかもしれない。
──本当、象徴的ですね。でも、一方で今ってプログラムをする子供たちも増えてるじゃないですか。そうなってくるとプログラマを志す人ってのはおのずととまたこれから増えてくるんじゃないかなと思うんですけど、桂さんがそういったプログラムを志す人たちに対して、「こうした方がいいよ」とかあるいは「こうあって欲しいな」というメッセージとかありますか
桂:そうですね。ほとんどの子供たちは普通にプログラミングを勉強して、プログラムができるようになったり、プログラミング的な思考を普通に学んでいったら良いと思うんですけど、やっぱりその中にこう……、ほんの数パーセント、いや1%でいいんですけど、やっぱり昔のhacker(ハッカー※)精神みたいなものが芽生えてくるといいなと思いますよね。
──(cracker※ではなく)正しい意味でのhackerですよね
※hacker:コンピューターの豊富な知識を使い、ソフトやハード、システムの安全性や限界などを検証する人。善悪の区別はない
※cracker:悪意を持って不法にコンピューターシステムやセキュリティの破壊や犯罪を行う人
桂:はい。でもそれはやっぱり、すごく難しいですよね。Winnyなんかまさにそういうものだと思うんですけど、結果的に著作権侵害を産んでしまったわけですし、そういうものとハッカー精神ってのは確かに隣り合わせにはなっている。そのスレスレのところで何か新しい価値を生むことはできるし、何か新しい、少し今の体系から価値や規則や法の体系から逃れた物を作るということがハッカー精神だと思うんで、そういう人たちが出てくるといいな、と思います。
──限界に挑む気持ちですよね。まあ、そういう意味では金子さんがずっと裁判で戦ったのはそういう崖っぷちのところを守る戦いでもあったのかなと
桂:そうだと思います。結果的にはあの無罪を勝ち取ってることがすごく大きいですよね。
──作品を全部通してご覧になっていかがでした?
桂:いやーやっぱり、いいですよね。当時、金子さんがメディアに出て何か喋るってほとんどなかったし、動いて喋っているっていうのを見た人って多分ほとんどいなくて。僕らの界隈の人間は金子さんの人間像を伝え聞いてはいたかもしれないけれども、それでも「Winny」「47」「金子」っていう、無機質な情報が単純に並んでるだけだったんです。
でも今回それがすごく立体的に、雰囲気とか当時の状況を伴って“記録”されたっていうのはとても価値のあることだと思いました。まあもちろん、再現なんですけども。
──同感です
桂:やっぱり当時のことに関しては、あまりに知る手段がなくなってきていましたから。本作はエンタメである一方で、記録としてもすごく良質な作品かなって思います。
──ありがとうございます
『Winny』
監督・脚本:松本優作
出演:東出昌大 三浦貴大
皆川猿時 和田正人 木竜麻生 池田大
金子大地 阿部進之介 渋川清彦 田村泰二郎
渡辺いっけい / 吉田羊 吹越満
吉岡秀隆企画: 古橋智史 and pictures
プロデューサー:伊藤主税 藤井宏二 金山
撮影・脚本:岸建太朗 照明:玉川直人
録音:伊藤裕規 ラインプロデューサー:中島裕作
助監督:杉岡知哉
衣裳:川本誠子 梶原夏帆 ヘアメイク:板垣実和 装飾:有村謙志
制作担当:今井尚道 原田博志 キャスティング:伊藤尚哉
編集:田巻源太 音響効果:岡瀬晶彦 音楽プロデューサー:田井モトヨシ
音楽:Teje×田井千里
制作プロダクション:Libertas 制作協力:and pictures
配給:KDDI ナカチカ 宣伝:ナカチカ FINOR
製作:映画「Winny」製作委員会(KDDI Libertas オールドブリッジスタジオ TIME ナカチカ ライツキューブ)
原案: 朝日新聞 2020年3月8日記事 記者:渡辺淳基
2023 │ 127min │ color │ CinemaScope │ 5.1ch
(C)2023映画「Winny」製作委員会
公式HP:winny-movie.com Instagram:winny_movie Twitter: @winny_movie
3月10日(金) TOHOシネマズほか全国公開
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