心を揺らす穏やかな作品集〜田沼朝『四十九日のお終いに』

読み切りの短編集は楽しい。特に、作品数がまだ少ない描き手のそれは、限られたページからあふれ出る熱量と著者の「原色」がくっきりと表れているような気がして、つい手を伸ばしてしまう。

そんなわけで、書店の店頭で表紙に惹かれて購入した本書も、9本の読み切り短編を収録した作品集だ。その内3本は漫画誌『ハルタ』で、5本は同人誌で発表されており、残りの1本は表題作の後日談を描き下ろしたもの。そうして生まれた本書は、著者の初連載作『いやはや熱海くん1』(KADOKAWA)と、日を合わせて発売された。新人のデビュー時に2冊を同時刊行というのは、わりと珍しい。担当者や出版社が著者の力を見込んでのことと思ったが、両作ともにひょうひょうとした佇まいで、それがなんだか心地よい。

表題作は、幼なじみの男子二人のお話。病を得てあっけなく亡くなった父の葬儀で、司は20年来の友人・秋の姿を見つける。幼い頃は厳格な父に従うしかなかった司だが、長じて社会人となり家を出て以降、父とは会話も情も薄い関係のままだった。そんな様子を見てきた司の母は、葬儀が終わった夜、ねぎらいの言葉とともに司へ思いがけない告白をする。

一方、母子家庭で育った秋は、職に就いた後も実家で暮らし、母の代わりに家事もこなしていた。そんな秋の元にかかってきた電話は、体調を崩した司からのSOS。幼い頃から自然と司の面倒を見ていた秋は、呆れながらも彼に救いの手を差し伸べる。

葬儀や法事の場は、意外な過去と事実が交錯しがちだ。わかっていたつもりでも実は知らなかった家族の一面や、見えていたつもりで初めて目に入るつながり。そして気づかなかった自分の気持ちが、突然言葉になって浮かび上がってくる場でもある。だからだろうか、母の言葉を受けた司の心情は、淡々と描かれているにも関わらず、どこか生々しさをもって沁みてくる。

互いに踏み込みすぎない司と母や、司と秋の会話に、特別な事件は起きない。それでも、交わされる言葉の間と空気は雄弁だ。説明されない/描かれない向こう側にも、感情の機微と物語が静かに存在し、確かに伝わる柔らかな温度がある。

巻頭に収録された「海はいかない」も良い。代わり映えのない日々を過ごす会社員の女性・高森は、ある日、職場に来ていた社外の人間に会釈をされる。その顔に見覚えがあるようでないような高森が、思いがけずその人と再会したのは、彼女がいつも一人で昼食を摂っていた屋外の休憩所でのことだった。

業務と直接関係のない縁が職場で発生する機会は、意外と少ない。それが、気の合う人との出会いとなればなおのこと。ふしぎと馬が合った二人は、休憩所で他愛ない会話を楽しみながら夏を迎える。ゆるやかな二人のやり取りは微笑ましくも他に代えがたく、それがなんとも羨ましかった。

自分の気持ちを言葉にしたくない時。もしくは、ちょっと肩の力を抜きたい時にぴったりな一冊。そういう気分になることがあったら、思い出して手に取ってみてほしい。穏やかな短編たちが、あなたをきっとそっと揺らすだろう。

(田中香織)

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