鴨崎暖炉『密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック』が楽しい!

 なんでもありのおもしろさというのはこういうのを言うんだな。

 鴨崎暖炉『密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック』(宝島社文庫)を非常に楽しく読んだのでその興奮のままみなさんにもお薦めする次第である。他のことを投げだしても読みたくなる小説というのはあまりない。これはそういう本なので用心したほうがいい。金曜日の夜とかに読み始めたほうがいいんじゃないか。

 宝島社が主催する「このミステリーがすごい!」大賞は隠し玉作品を出版する。惜しくも賞は逃したが、そのままにしておくのはもったいないから本にするわけである。鴨崎のデビュー作『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(宝島社文庫)もそのようにして世に出た。読んでみて驚いた。これが大賞を獲っていてもおかしくないという出来栄えだったからだ。すごい新人が出てきたな、と思って第二作を楽しみにしていた。それが本書である。題名で判るとおり前作の続篇に当たる。

 東京地方裁判所で、ある事件を巡り文字通り世界を変えてしまうような判決が下された。それは密室状況下で起きた殺人事件だったのだが、裁判官はこう断じたのである。「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある。だから現場が密室である限り、犯人は必ず無罪になる」と。そのときから日本では密室殺人事件が一気に増加した。密室黄金時代の到来である。専門の探偵が成立し、密室状況下で起きた事件を支持する熱狂的なマニアまで現れる。そうした風潮の中、有名な密室消失事件の舞台となった館で新たに連続殺人が起きる、というのが前作のあらすじであった。密室トリックは研究家の手によって細かく分類されている。その実践版というべき内容で、種類の違ったトリックが六つも使われていたのである。六つでもびっくりしたのに、今度は七つなのだ。攻めてるぞ、作者は。

 大富ヶ原蒼大依という日本有数の大富豪がいる。ミステリー作家リチャード・ムーアが所有していた金網島を買い取り、閉じこもって暮らしている。彼女の所有になる前、島では二件の密室殺人事件が起きたのだという。高校生の葛白香澄は、ある日大富ヶ原が島で開催する〈密室トリックゲーム〉に招待される。高名な探偵ばかりを参加させて推理ゲームが行われるのだ。葛白も、前年に起きた連続密室殺人事件を解決したとして一部で有名になっていたのである。十億円の賞金につられて彼はのこのこ出かけていってしまうが、というのが話の発端である。

 推理ゲームが始まったあと、大方の読者が予想したとおり本当の殺人事件が起きる。もちろん密室状況下である。一度始まると弾薬庫に火花が飛んだかのように止まらなくなり、あれよあれよという間に犠牲者が出てしまう。ちなみに第四章の題名は「密室殺人が多すぎる」である。多すぎる、と言いたくなろうというものだ。読者も、そして殺される登場人物たちも。謎を解くほうだって大変だろうと思う。

 前回の事件で謎を解いたのは葛白ではなく、友人の蜜村漆璃であった。彼女にはかつて、殺人事件裁判の被告として法廷に引き出され、それが解決不能な密室であったから、という理由で無罪になったという過去がある。もちろん今回のゲームに参加するため、金網島に来ている。そのとき蜜村を無罪にした裁判官である黒川ちよりもゲーム参加者の一人なのだ。つまり、密室黄金時代の幕開けを担った二人がライバルとしているわけで、そのへんの人間関係も読みどころである。ただしこの作者、絶妙にツボをずらすのが上手く、蜜村と黒川のやりとりもどこか緊張感の抜けたものになっている。前回に続いて登場するのが葛白の四歳上の友人・朝比奈夜月で、彼女の抜けっぷりも物語のいいアクセントになっている。南米が棲息地であるはずのUMA・チュパカブラが金網島にいるよ、と言い張ってやって来て事件に巻き込まれてしまうのだから迂闊にもほどがある。このあたりのユーモアセンスが合う人にとっては、鴨崎暖炉作品はなんとも楽しい読み物になるはずである。

 肝腎のことを書かなければなるまい。密室トリックである。前作は密室図鑑の実践版とでも言うべき賑やかな作品であった。もちろん同じ内容にしてさらなる密室トリックを並べればそれだけで読者は喜ぶだろうが、口の悪い者から二番煎じとそしられる危険はある。どうするか、と思って読んでいたが、中盤を過ぎたあたりで、なるほど、そうくるか、と得心した。同じだけどまったく同じじゃないんですよ、と作者が主張しているのがわかったからである。そうだね、同じじゃないね。

 ネタばらしにならないように思い切りぼかして書く。『密室黄金時代』で用いられているのは、一つの部屋を密室として閉じるためにどうすればいいかというトリックである。それに対して『密室狂乱時代』で使われているのはいかにすればその部屋が密室であることが可能であるか、というアイデアだ。ベクトルの方向が違う、という言い方をしてもいいだろう。向きってどんな、と聞かれるともう答えが危なくなるのでこれ以上は書かない。とんでもない方向に補助線を引いたりするよ、とだけ言っておきたい。そう、前作には出てこないタイプの密室トリックがたくさん使われていて、私は楽しかった。おなかいっぱいだ。

 果たして第三作が書かれるのかどうか、そうなったらトリックはいくつになるのか、などといろいろ気になることはあるが、まずは素晴らしい才能の持ち主が無事に第二作を上梓できたことを寿ぎたい。この続きでもまったく別の作品でもどっちだっていい。私はとにかく次の鴨崎暖炉が読みたいのである。

(杉江松恋)

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